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執筆者の写真Hidetoshi Shinohara

悟りの窓、迷いの窓

オフィスにアートギャラリーを併設して、9ヶ月が経った。長年、広告デザインの仕事をやってきてアートに触れてきたけれど、いまだ暗中模索中。出張に行ったついでに京都へ立ち寄った。目的は、アートディレクターの元祖、本阿弥光悦の光悦寺に行くことであった。この話は次回にするとして、先に近くにある源光庵を見た。


悟りの窓を実際に見てみたかったからである。あの「そうだ京都、いこう。」の広告で誰もが見たことのある、ま〜るい窓である。歴史的なうんちくは、WEB上で多くの方がたくさん書かれているので、ここでは敢えて触れないことにする。


なぜ、悟りの窓は丸くて、迷いの窓は四角いのか?円形は、禅と円道、大宇宙を表しているそうだ。四角い窓は、生老病死四苦八苦を表しているという。ここへ来て思ったことは、迷っている暇があるなら行動に移せ!ということだった。四苦八苦しながら、そりゃあもう、楽ではありません。でも、とりあえず行動に移すことによって問題点や課題が見えてきて、迷いながらゴールに近づいていくような気がする。世の中の多くの人は、「とりあえずビール!」と注文するけれど、とりあえずチャレンジということには、なかなか二の足を踏むようである。 とりあえず、行ってみたかった京都の源光庵。ミニマムな精神性の強い様式の中に身を置きながら、迷いながら悟るということに気付かされた。

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美しく、輝く、輪を求めて。

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