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執筆者の写真Hidetoshi Shinohara

与える者は与えられる

目が覚めると、そこはニューヨークのホテルだった。ベッドの脇のサイドテーブルに置いてある腕時計に目をやると、針は午後4時を少し回ったくらいを指していた。ホテルのカーテンを開けると強烈なオレンジ色の西陽が眩しく目に突き刺さり、思わず手で顔を覆った。外は、セントラルパークをジョギングしている人や、ベンチでくつろいでいる人々が見える。


反対側に目をやるとブロードウェイや写真で見たことのある摩天楼が聳え立っていた。この巨大なビル群は東京の比ではない。窓の下を覗いてみると、これでもかっていうくらいの細長い黒のリムジンが競って5台信号待ちしていた。何もここまで長くしなくてもと思ったが、これが世界の大富豪の象徴なのだと感心したことを今でも鮮明に覚えている。





前日、日本で全ての仕事を終えたのが朝方6時だった。一睡もしないで成田空港まで向かったことだけは覚えている。そこからの記憶がない。ここ数ヶ月の平均睡眠時間は3時間位だったと思う。これは、今から25年位前の話である。


自分の会社を立ち上げて5年位が経ち、やっと従業員を雇えるまでになった時、少しずつスタッフの質も上がってきた。ところが、厄介なことに最初のスタッフのA子が、新人のB子に嫉妬心を燃やしゴネ始めた。B子は性格も良く、見た目もいつも笑顔で可愛らしく、天性のデザインセンスを持ち合わせていた。この頃には、大手クライアントの仕事もコンスタントに入ってきて、彼女を連れて行くとすこぶる評判がいい。事務所も移転し改装して居心地の良い空間になっていたので、募集をかけると大量の応募があり、最後まで選ぶのが大変だったくらいだ。


そもそも、なぜニューヨークへ来たのかといえば、東京でデザイン会社を設立し、ゆくゆくはニューヨークとロンドンに支社を作り、世界を股に掛けるのが夢だったのである。そのための観光も兼ねた視察であった。(当時は身の程知らずな夢を見ていた)

ホテルの部屋から、フロントに電話をしてルームサービスの食事をオーダーした。数ヶ月の疲れがどっと出て、外出する気にもなれなかった。夜は本場ブロードウェイでCat’sの公演を観に行く予定。


少し時間があるので、PowerBookを開き電話回線をモデムにつないで(当時はまだWifiも光ファイバーもがなかった)会社の状況を知りたく、B子にe-mailを送った。A子とはうまくやっているか?とか、仕事は順調に進んでいるのかとかいうことを聞いたと思う。そして、B子から返信されてきた内容が僕のこれからの人生に多大な影響を与えてくれることになる。


その内容は、A子が仕事の妨害をしてきたり、全く無視したり、色々アドバイスを求めても協力してくれないというのだ。僕は、B子が心配になり精神的な苦痛になっているのではないかと心配していることを伝えた。


彼女から返事は、「私は、大丈夫です。現在、LA在住の大学時代の友人からキャンディを送ってくれて、その包紙を開けると中にこんなメッセージが書いてありました。

ネイティブ英語の友人が対訳までつけてくれました。


  Whatever you give will find countless ways back to you.

  Wisdom has two parts :

  1. Having a lot to say, and 2. not saying it.


  あなたが与えることは何でも無数の方法であなたへ返ってくるでしょう。

  知恵には2つの部分があります。

  1.言うことがたくさんある。 そして 2.言わない。


だから、私はどんなことをされても平気です。

それよりも篠原さんは仕事のことを忘れて、ニューヨークの旅を楽しんで来てください。


そのメッセージを読んで、僕は全身から鳥肌が立った。

なんて、彼女は大人なんだろう?そして、僕は最初のスタッフの人選を誤っていて、A子が有名美術大学卒というだけで採用していたのだ。そして、それを見抜けなかったことを後悔した。


旅を満喫して帰国し、すぐにA子を解雇する手続きに入った。人を解雇するということはすごく後味の悪ことだったけど、これは腐ったりんごの理論で苦渋の決断だった。


その後の人生は言うまでもない、このキャンディの包紙に書いてある言葉を肝に銘じ自らを律っし、また他人を見抜くときの指針となっているのである。


小さな嘘を重ねる人は大きな嘘をつく、待ち合わせに必ず遅れてくる人は他人の貴重な時間を奪う、デザインにおいても細部にこだわらない人は全体にゆるいデザインになる、自分が自分が...

という具合に。


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美しく、輝く、輪を求めて。

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