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Dazzling Life

日常

今年、アーティストのアダム・ウェストンと奥さんの千寿さんが住んでいる高松へ行ったときのこと。たくさんの思い出があるのですが、それとは別にアダムからDazzleという言葉を教わった衝撃は忘れません。

それは、VIGLOWAの「美しく輝く輪」というコンセプトにすごく近いものでした。


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昨年から、音と映像をリンクさせて何かをやろうという話がやっと、その何かが見えてきた。オンとオフを切り替え、ストレスから解消されたときにきらめきのある生活を提案したい、ということからDazzling Lifeと名付けたのです。これに香りが加わり、音と映像と香りの提案ユニットがDazzling Lifeです。


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今の世の中、もっと自分に素直になってもいいのではないかと思います。人と同じでなくてはダメなのだろうか?みんなと同じテレビ番組を観て、有名タレントの名前を知っていて、サッカーや野球の試合を観戦して、どちらが勝ったか知らないことを恥ずかしいのだろうか?


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Facebookでは、すぐに集客する方法、売り上げ倍増、日給何十万円だか稼ぐ方法、読み手を不安にさせて、惹きつける広告がなんと多いことか。本のタイトルは、「こうしなければならない」的なタイトルが多いかと思えば、「頑張ってはいけない」などと真逆なことを言っていたりする。結局、出版社が本を売るためキャッチフレーズ。


小手先のテクニックばかりが、目につくけれど、もっと大切なことがあるのではと思うのです。それは、自分を輝かせること。「桃李もの言わざれども下自ら蹊を成す」という言葉があるように、自らが輝きを発すればそれを慕って、下には自然に道ができるのである。


真夏の太陽のように海辺をきらきら輝かせれば、海水浴客がいっぱいになるように。



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投稿者 hidetoshi shinohara : 23:53 | コメント (0)

外苑銀杏並木通り

日常

引き蘢って仕事ばかりしていると、仕事仲間のみんなに心配されてたまに外へ出た方がいいのでは?とお誘いを受けます。あるライターの方と仕事前にすぐ近くの外苑並木通りを歩いてみました。


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何年振りだろう?
季節の変化も楽しむゆとりがなくなってしまったのだろうか?雨の日の風景もいいものだ。僕は、晴れ男なので天気予報で雨となっていても途中で、必ず晴れる。だから、雨のうちの写真を撮っておこうと思い、慌てて撮りまくったのです。


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本当は、秋という季節はあまり好きじゃない。なぜかというと、すぐに冬が来る。北国育ちの僕は、あの厳しい冬がすぐそこに来ていて、あっという間に今年が終わってしまう寂しさを子供の頃から感じていたからだった。東京は、まだこのように紅葉が残っているけれど、12月に入ると何かが終わってしまう気がして寂しいのである。


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今年を振り返って、やらなければならない目標が達成できたのであろうか?なんだか、混沌とした1年だった。3年前に新しい新規事業を立ち上げて、2年間全速力で駆け抜けてきたけれど、まだまだ成果は出ない。3年目の今年は、ちょっと立ち止まって落ち着いて考え直した年でもあった。


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じたばたしても何も解決しないときは、「何とかなるさ!」と一呼吸を置くことをいろいろな人を通じて学んだ。焦るあまり、世の中にせいしたり、他人を批判したり、話を聞いてもらったり。そんな中でも、ある人を通じて、神様がメッセージを送ってくれているのではないかという出来事が何度もあった。今年、学んだことを一言に凝縮するならば、「常に謙虚な姿勢で世の中に影響力のある発信をしなさい」そして、いちいち嫌なことに反応しない。これを自分に言い聞かせてきた。


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このような散歩が、瞬発的に反応する僕の欠点を抑えてくれる。なんでも正義感を主張することが正しいとは限らない。


今晩は、ギターを片手にボイストレーニングのレッスンのお誘い。
課題曲は、ビートルズのStrawberry Fields Forever

Nothing is real and nothing to get hung about.
真実なんてない、気にかけることなんてない...
とジョンが言っている。そうだ、誰が何を言おうと自分の信じる道を突き進むだけ。


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雨の風景を写真に撮りながら歩いていると、いつの間にか雨が上がっていた。
銀杏の色もいいものだ。



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投稿者 hidetoshi shinohara : 17:59 | コメント (0)

種蒔きが実るとき

日常

20年以上前に会社勤めしていた時の仕事仲間が、自宅に咲いていたクリスマスローズを持って訪ねて来てくれた。種を採取し、花が咲くまで7年位かかったそうだ。彼女は、現在、世界の平和を願って写真家活動をしている。最初はなんだか、宗教的な感じもしないではなかったので、そのことを勇気を出して聞いてみたら、けっして改宗したのではなく、人種を超えて人々の笑顔を広めていきたいらしいとのこと。


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お互いに世のため、人のために輝きを与えたいという気持ちが一致した。当社も広告デザイン会社から、社名を変えてから3年が経とうとしている。VIGLOWA=Vi(美)+glow(輝く)+(輪)/美しく、輝く、輪という意味にした理由は、広告業界、マスコミ業界の実態を知れば知る程、虚像に満ちていることに気づいたから。もちろん、イメージの創造は、虚像に決まっているけれど、それは夢と希望を与える虚像だと思っていたからこそ、この職業を選んだのだった。


現実は、華やかなタレントを使用した化粧品メーカーの商品には、人体に悪影響を及ぼすケミカルな物質を使用したり、おいしそうにシズル撮影された食品には、効率良く商品が長持ちするような防腐剤や化学物質が含まれている。これが、夢と希望を与えるものだったのかと思ったら、自分が戦争用のプロパガンダを制作しているような気がしてきた。かといって、ディズニーランドのような仕事ばかりを獲得できる保証もない。


そこで、3年前に美しく、輝く、輪という意味の社名に変更して種蒔きをしてきたけれど、それがやっと芽生え始めてきたところ。会社を拡大することに夢中になってきた時期もあったけれど、これからは自分が本当に何をするべきなのかを原点に立ち返り、共感できる外部の企業と輪になっていく道を選んだ。そのプロジェクト名は「素敵ライフ」の提案。会社設立から20年が経って、大きくしたり、小さくしたり、良い時も最悪の時も経験した。自分の理想に近づくために、あえて困難な道を選んだけれど、自分の人生は自分で切り開くしかない。



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投稿者 hidetoshi shinohara : 21:46 | コメント (0)

大雪の中のミッキーマウスマーチ

日常

東京は、12年振りの大雪と言うけれど、ここ何年かはこの位振っているような気がする。気のせいだろうか?マスコミは、相変わらず大げさすぎるんだよ。


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北海道の大雪に較べたら、こんなもの序の口だ。といいつつ、自分の記録のために新しいオフィスの前で雪景色を撮ってみた。夜の雪景色は、白がとても美しい。部屋の中の温かささと外の寒さのギャップが、不思議な雰囲気を出している。2階に見えるのが現在、仕事中の部屋。1階がギャラリースペースになる予定だけれど、まだ段ボールが積み上がっている。


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子供の頃は、こんな雪の中を飛び回ってびしょびしょになって帰ってきたものだ。東京でも近所の子供達がキャーキャーとはしゃいで喜んでいる。楽しいんだよね。何が楽しいって、いろいろなカタチのものをすぐに作れるからさ。


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雪だるまから始まって、ミッキーマウスだって作れちゃう。子供達にとっては、寒さなんかへっちゃら。タッタターー♩、タッタター♩、タッタタタターーー♩、タッタター♩、タッタター♩、タッタ♩、タッタ♩、ターーー♩



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投稿者 hidetoshi shinohara : 23:16 | コメント (0)

魔の3時

日常

新しいオフィスに引っ越してきて、1ヶ月以上が経ちました。ここ一帯はどうやらクリエイティブな会社ばかり。お隣もお向かいも個性的な感じが漂ってきます。


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窓から見えるクリエイターっぽい人達がちらほら見えると、こちらもパソコンに向かって真面目に仕事をしなければならないような気になる。ちょっと、仕事に飽きてギターでも弾こうとするなら、向かいの人達に丸見えだ。でも、30分だけさぼれる時間があるのです。午後3時になるとお天道様が、かーーーーっと左上から陽が差してくる。この30分だけブラインドを降ろして、隠れてギターを弾く。仕事に夢中になって、周りが見えなくなる僕に取っては、程よい休憩時間を与えてくれたのかもしれない。


20140129_02.jpg外から見るとこんな感じ。右側のブルーの壁辺りに直射日光が...


いまだ、段ボールが積み上がったまま片付いていません。ぼちぼち、みなさん痺れを切らして訪ねて来られる方もいらっしゃいますが、ソファスペースだけは確保した状態です。もうしばらく、お待ちください。



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投稿者 hidetoshi shinohara : 13:06 | コメント (0)

晴れた日のベンチで

日常

ここは、文京区小石川の播磨坂。通称、桜並木通り。まだ、真夏の猛暑に突入する前の気持ちいい昼下がりだった。世の中は、消費税増税が可決だとか、東電の実質国有化とか、福島原発再稼働だの庶民とはまったくかけ離れたところで、世の中が動いている。どんなに反対したって、今の政治なんか国民の声は届かないじゃないかと庶民から諦めの声が聞こえてきそうである。


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パレートの法則20:80に当てはめると国民の20%の人が国を動かし、後の80%の人はそれに追随する。マスメディアは、その80%の一般大衆をくだらない情報で大事なことから目をそらさせる。戦後、GHQの国策として3S政策というのがあると聞いたことがある。それは、Sex、Sports、Screen(テレビや映画)を浸透させて、日本人を政治から意識を遠ざけ腑抜け国民にする目的があったという。日本人は、Sex大国の中で快楽に耽り、スポーツに熱狂し、どんなに狭い家にも大型テレビがある。お笑いタレントが内輪で笑い合い、ニュース番組はコメンテーターが訳知り顔で答え、80%の一般視聴者はあまり深く考えずに洗脳されていく。テレビというものは受動的な人間を作り、自分達で考えることを停止させてしまう。マスメディアは真実を報道せず、80%の一般大衆は、なんとなくみんなが言っている意見に納得し、うまく丸め込まれていく。


インターネットのお陰で、能動的な人々は自分で情報を仕入れ自分の判断で情報をモノにする。消費税増税のニュースの裏で、福島第一原発の解体工事が始まっている。放射能に汚染された粉塵が大量に飛散して関東方面にも流れてくる。


20%の国を司っている人達は、80%の一般大衆を見捨ててノアの箱船に乗って逃げ出す準備をしているのではないかとまで疑っている。こんなに気持ちの良い天気の下で、大きな深呼吸をして放射能をたっぷりと吸い込んでいるのかもしれない。僕は無力の80%なのだろうか?



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投稿者 hidetoshi shinohara : 01:02 | コメント (2)

松の葉ずれ

日常

今年の夏に帰省したとき、実家の松の剪定を手伝おうかと思ったら、庭師に頼んだらしい。40代まで何ひとつ親孝行をしてこなかったので、50代になって駆け込み親孝行である。そのひとつに実家の松の剪定と草むしりだ。


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3年前から松の剪定を手伝っていたのだが、当初、コツがつかめず切り過ぎてしまった。夏など、まともに帰省したことがなかったから、実家のことなんか何も考えていなかった。何十年もの間、両親はこの庭を丁寧に育てあげてきたことに気がついた。僕は帰省しても庭の松を鑑賞するという、心のゆとりがなかったのかもしれない。


ここで少し、ペースダウンしてゆっくりと周りを見渡すということも発見があるものだ。松のバランスは奥が深い。デザイナー魂がむくっと起き上がった。あれから、いろいろなお宅の庭を拝見しては、心の中で「勝った!」「負けた!」などと意気揚々となったり、意気消沈したりと、自分でもなんと心の中は多忙なものかと思った。


う〜ん、それにしても庭師の仕事は流石だ。なんともいえない絶妙のバランスとはこのことか。右に倒れかかっている重心を左の細かい枝群が引っぱり上げている。レイアウトの法則と一緒だ。ここ、札幌、澄川の実家は、天気が良ければこの松の向こうに藻岩山が見える。


都会の喧騒から離れたひとときは、松の声に包まれ心を無にしてくる。滞在中、最後の日、晴れ男の僕には珍しく曇って風が吹いていた。風に吹かれ、松の葉ずれが奏でる音を慈しむ心を思い出せてくれた。そんな夏であった。



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投稿者 hidetoshi shinohara : 23:07 | コメント (0)

満月の夜

日常

今年の帰省は長かった。5日間も札幌に滞在したことになる。そろそろ親孝行をしておかなくては手遅れになりそうなので、ここ2〜3年はいつもより長く滞在した。


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お陰で都会の喧騒が嘘のようにシャットアウトでき、集中して考え事ができた。何か迷っているとき、出口が見つからないとき、きっと目指すべき方向が見えてくると信じて考え続ける。簡単には答えはでないけれど諦めなければ必ず道は開ける。


大切なことは、1.生き甲斐を見つけること。2.その情熱の灯火を燃やし続けること。3.計画を立てること。4.実行に移すこと。5.信頼できる仲間と協力し合うこと。


こんなことをノートに書き留めながら、実家の2階の窓を開けると満月だった。何か、希望の光が見えたようだった。まるで、「美しく、輝く、輪」という名のVIGLOWAのように...


やるべきリストよりもやらないべきリストを作り、目標に向かって集中力を高めなければならない。夢想しているだけでは、何も始まらない。それを行動に移して初めて実になる。

満月に照らされて、そんなことを自分に言い聞かせた夏であった。

それにしても東京の夏は暑い。



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投稿者 hidetoshi shinohara : 01:18 | コメント (0)

Under The Bridge

日常

この曲は、レッチリの中で僕のお気に入りの曲だ。ジョン・フルシアンテのギターが物悲しくアルペジオで弾き始める。この曲を聴いたのは、日本がバブル経済真っ盛りでそろそろ弾け飛ぶときだった。あの騒がしいファンキーなレッチリが、こんな物悲しく悲壮感のある曲を発表しても浮かれていた日本人の多くの人には理解できなかっただろう。


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初代ギタリストのヒレルが薬物で死んでしまい、親友を亡くしたアンソニーの悲痛な叫びとでもいうのであろうか?

  ときどき、おれにはパートナーなんかいないんじゃないかと思う。
  おれの一番の友は住んでいるこの街なんじゃないかと思う。
  天使の街、こんなひとりぽっちのおれと一緒に泣いてくれる。

こんな出だしで始まる曲。どんなに華やかな成功者の裏にも、生みの苦しみがあるものである。なぜ、人はどん底のとき、橋の下に逃げ込みたくなるのか。この世で、誰からも見放されて誰も信じられなくなるからなのかもしれない。底辺のさらに末端である橋の下に潜り込み卑屈になる。僕は、そんなよわっちい人間を責めたりなんかしない。いつの間にか、僕自身もこのレインボーブリッジの下に潜り込んでいた。でも、僕には、この曲の内容と違ってたくさんのパートナーに救われている。


一緒に立ち上がればいい。そして、この橋のように求めている人と求められている人の架け橋になればいい。VIGLOWAは、そんな想いで立ち上げた。


http://www.youtube.com/watch?v=GLvohMXgcBo

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投稿者 hidetoshi shinohara : 01:39 | コメント (2)

ブログタイトル変更

日常

会社名を変更とともにブログ名も変更します。長い間、「バッドチューニングデザイン」というタイトルで書いてきましたが、「篠原英智VIGLOWA blog」に変更します。


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そして、僕は新しい時代へ向かって旅立ちます。そもそもバッドチューニングにした理由は、スタジオザップという会社が「心地良さをカタチにするグラフィックデザイン」を理念に掲げていたからです。心地良いものとは、完璧なものよりもちょっとアンバランスなくらいな方が魅力的であるから。完璧にチューニングが合っているオーケストラより、ちょっとチューニングがずれているノイジーなロックの方が荒々しくかっこよかったりする。けっして、チューニングが狂っているというわけではないけれど、どこか人の心を惹き付ける。それがバッドチューニング。ブログを書いているうちにテーマがどんどん拡大していってしまったのと会社名をヴィグロワに変更したので、この機会に変更しました。


今、新しい会社名が理念にもなってVIGLOWAという言葉が誕生しました。検索すると世界中どこにもない言葉。(今のところは...)VIGLOWAの意味は、Vi(美)+Glow(光、輝き、心地良い満悦感)+Wa(輪)、ヴィグロワは美しく輝く輪です。
http://www.viglowa.co.jp


この理念は、お互いに響き合い美しく輝ける仲間と心地良い世界を発信していこうという意味です。どうか、引き続き宜しくお願い致します。 篠原英智



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投稿者 hidetoshi shinohara : 22:41 | コメント (8)

たかだか鷹というけれど...

日常

梅雨空に鷹が天空を舞う。小さなことにくよくよしていると俯瞰で物事をとらえ、大局的見地に立ってコトを進めなさいと言われている気がする。たかだか、鷹はのびのびと翼を広げ、大空を駆け抜けて行った。


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東北を津波が襲った時、上空からの映像は逃げ惑う車を次から次へと津波が飲み込んでいった。なんで、もっと逆方向へ逃げられなかったのだろう?地上からの目線では、どちらから津波が襲ってくるか見えなかっただろう。


たかだか鷹というけれど、鷹は人間の過ちを上空から見下ろしているような気がする。


人間は、飛行機やヘリコプターなどの乗り物を利用しないと上空から俯瞰で見る事はできないけれど、空想の中でイメージすることはできる。


これから、時代はどうなっていくのか?世の中はどう変化していくのか?今まさに時代が大きく変わろうとしている。


目を閉じて、頭の中に小さな光を見つけると、それがだんだんと大きくなり発光した。その瞬間、頭の中に閃光が走り、たかだか鷹の目線で世の中を見下ろしている自分がいた。


想像力をフルに発揮して、これから進むべき方向をイメージする。たかだか鷹に大切なことを思い出させてもらった。



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投稿者 hidetoshi shinohara : 11:05 | コメント (4)

東京マンハッタン

日常

東京なのにマンハッタンのような風景。浜松町貿易センターの40階展望台からこのような光景が見れる。東京は、地震が多いせいか摩天楼というほどではないかもしれないけれど、ビル群を見ているとニューヨークのようだ。


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ニューヨークでは、この倍以上の高さだからね。なにもあそこまで高くなくていいのにね。40階から下を見下ろしてもずいぶんと高いところへ来てしまったという気がする。でもそこから見渡す東京の景色は美しかった。東京もなかなかやるじゃないかと思った。


ここからは、東京タワーがどのビルにも邪魔されずに全景が見える。晴れた日には富士山も見える。真下は、モノレール浜松町駅だ。


高いところから見渡すと、上昇志向が芽生えてくるね。「上を向いて歩こう!」という歌があるように地上でビルの隙間から見る大空と違って、何にも邪魔されず大空が見渡せる。


年明け早々に港区観光フォトコンテストのお話をいただいた。まだ、未発表なので全部をブログに掲載するわけにはいかないけれど、今回はずいぶんと多くの写真を撮らせていただきました。


撮影していると美しい風景に圧倒されて、時間が経つのも忘れてしまう。きっと、毎日に見ていると雲の表情も違ってくるのだろう?僕は、晴れ男なので天気予報を見て、1日は曇りの日を予定に入れたのだけど、残念ながら3日間とも空気の澄んだ雲ひとつない晴天になってしまった。


昨年までうつむき加減だったけど、この大空を見て今年は上を向いて歩くぞっ!っと。


ああ、もっと撮りたい。



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投稿者 hidetoshi shinohara : 22:53 | コメント (0)

そして大空へ

日常

うまく飛べるかどうかなんて、やってみないとわからないではないか?でも、ちょっと怖いのでイメージトレーニングをしてみる。目を閉じ、イメージしてみる。深呼吸をして思いっきり助走する。足下は、ぐらついていたけどなんとか離陸に成功。


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なんだ、やればできるじゃやないか?身体がふわっと、浮いた瞬間、感動的だった。あの飛行機の離陸の瞬間のようだった。人間が作った機械に頼らなくても自力で飛ぶことができる。あくまでも空想の中だけど。壊れかけた桟橋を踏切り台に思いっきり助走をして飛び出してみた。気分がいい。どんどん、下界の風景が小さくなっていく。


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現状に満足できないのなら、飛べばいい。不況の中、広告業界はリストラが多いと聞く。どこの難民キャンプへ行っても溢れ返っている。その人達は、まだその惨状を知らない。そして、配給された食料を奪い合う。


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僕は、一足先に宙を舞い飛び上がった。下を見下ろすと「キーッ、キーッ、キーッ」大騒ぎして、餌をむさぼり合う鳥達が見える。残念だけど、そこには餌はないよ。



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投稿者 hidetoshi shinohara : 00:03 | コメント (2)

虚無は、心地よい

日常

小さな沼で、虚無に浸った。この何もない風景は、空虚な時間が流れていく。日常の喧噪から逃れ、考えることを止めてみた。目を閉じ、耳を澄ませると秋風だけが耳元を通りすぎる。


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ああ、虚無。なんて心地良いのだろう。このまま流れに身を任せ、漂ってみたいものだ。毎日、あくせく働き、日々が過ぎ去っていく。けっして、目標がないわけではない。むしろ、たくさんあり過ぎるくらいだ。


あれもこれも同時にはできない。やる努力より、やらないことをいかに作ることの方が大事か?何かを成し遂げるということは、一時的な犠牲を払ってでもやらないことを作ることなのか?そして、やるべきことに全神経を集中させて、それに取り組む。


それができたら、どんなに幸せだろう。僕は、昼夜を惜しんで夢中になって取り組むことだろう。人は、「やればいいじゃないか?」と言う。そうなんだよ。やればいいだけのことなんだよ。多くのことを抱え込んでしまったばかりに、身動きできない自分がここにいる。


そのいらだちが、こんな何もない風景に身を委ねるととても心地良いものになる。たまには、こんな誰もいない、何もない、名もない風景に身を置いてみるものもいいものだ。


色もない、グレー世界。心をニュートラルにしてくれる。



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投稿者 hidetoshi shinohara : 23:22 | コメント (4)

空虚に身を委ねる

日常

空虚。なんていい響きだ。雲一つない曇り空。一般的には嫌われる曇り空。車を飛ばして、写真を撮るぞ!意気込んで来たわりには、グレー一面の曇り空。嫌われ者の曇り空。その曇り空に嫌われ者のカラス。グレーの空にブラックのカラスが調和している。


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僕は、ブラックという色が好きだ。車もブラック。ファションもブラック。靴も鞄も持ち物もオフィスもブラックが基調。文具はほとんど、ブラックに統一され、ファイリングもブラック。デザインという仕事は色が氾濫するので脇役となるものは全てブラック。大量の本はブラックで統一することはできない。ただし、本棚はブラックにすることができる。ブラックの中にビビットなカラーを差し色で使用するとこれがまた映える。


全ての色を調和する色は無彩色と言われている。白は爽やかでいいときもあるけれど、少しでも汚れが目立ってくると気分をイライラさせる。真っ白なシャツを来て気分も爽やかなときに、担々麺のスープがぴっと飛び、シャツに点なりシミになったときは、一日中いらいらする。


グレーは、時にはシックで上品であるけれど、曖昧さがいらつかせる。ブラックは、きりっと全ての色を引き締めてくれる。そいう意味でカラスよ、あなたは僕と同じ考えのダンディズムを持ち合わせている。それなのになぜ嫌われ者なのか?それはね、品行方正じゃないからだよ。


ブラックを身に纏うということは、それなりに中身も大事なんだ。君はゴミ袋をくちばしでつっついて、食べ散らかしたりするだろ?それさえしなければ、ブラックでダンディな鳥として、みんなに認められるのに。あと、その鳴き声、なんとかならないのかね?「クァ〜〜〜ッ」だなんて。気の抜けたような人を小馬鹿にでもしている鳴き方して。あれは良くないよ。どうせ、鳴くなら腹の底から背筋を伸ばして「カーーーーッ!」と鳴いてみな。きりっとした印象になるよ。
そんな空虚なことを考え、シャッターを切った。



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投稿者 hidetoshi shinohara : 00:10 | コメント (0)

glow

日常

最近、この言葉に魅せられている。輝き、白熱、光、身体のほてり、ぬくもり、高まり、情熱、興奮、気分の高揚感を表す。


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shineは、光を出す、太陽などが輝く感じ。twinkleは、遠くで星がきらきら光る感じ。


glowは、内側から湧き出てくるような光のような気がする。自宅の間接照明から放たれる光は、まさにそんな感じで、この空間が好きだ。


気分の高揚感も同じような内側から、光を放つような感じだ。自分が何か夢中になれるもの、熱くなれものに取り組んでいるとき、身体がほてり、時間が経つのも忘れてしまう。仕事も遊びにそんな熱狂できるものを持っていると幸せな気分になるね。


同じ価値観の人達と出会ったとき、美しいアートに触れたとき、好きな物に囲まれて過ごしているとき、glowを感じる。


多くの人が、このglowを味わったとき、もっと世の中が穏やかになるに違いない。アートの種類にもいろいろあるけど、僕が好きなアートは、見たときに気分が高揚するものだ。


僕自身もそんな表現を目指していきたい。



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投稿者 hidetoshi shinohara : 23:03 | コメント (2)

飛べる鳥、飛べない鳥

日常

鳥は飛べると思うから飛ぶのだ。とは、古代ローマの詩人、ウェルギリウスの言葉。


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何か新しいことを始めようとするとき、さまざまな困難にぶつかる。こんなとき、「やっぱりダメなのかな?」と心をよぎることがある。どこで、決断をするかが大事なんだよね。悩んでいてもなんの解決にもならない。どこかで、結論を出さなくては。


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こんなとき、「20歳のときに知っておきたかったこと」という、スタンフォード大学集中講座の本を読んだ。本の帯に書かれていることは、「いくつになっても人生は変えられる」だった。「決まりきった次のステップとは違う一歩を踏み出したとき、すばらしいことは起きる」ともある。


本文中、アイデアについて、「失敗を成功に変える方法は数多くある」と書いてあった。


以下、本文から抜粋。
どんなに優れたアイデアも、成功するまでには多大な労力を必要とするため、問題にぶつかったとき、いつか突破口が見つかると期待してやり続けるのか、それとも見切りをつけるのか見極めるのは、とても難しいものです。粘り強さは美徳ではありますが、それが飛ぶはずのないものを必死で飛ばそうとする愚かしさになるのはいつなのでしょうか?ウィキアのCEO、ジル・ペンチナは、このディレンマを見事に表現しています。「丸太に油を注いだら、濡れた丸太にしかならないが、炎に油を注いだら大火事になる」つまり、自分がエネルギーを注いでいるものが、それに見合った成果が出そうかどうかを見極めることが大事なのです。


では、どうすればやめるべきときがわかるのかというと、それは誰にもわからないらしい。うまくいくときもあれば、うまくいかないときもある。この著者がたどり着いた結論は、「心の声に耳を傾け、選択肢を検討しなさい」だった。



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投稿者 hidetoshi shinohara : 18:53 | コメント (0)

何もないは、何かがある

日常

子供の頃、故郷の北海道には何もなく、ただだだっ広くて退屈なところだと思っていた。都会に憧れ、世界を見てみたかった。老子のタオ(道)の言葉に「マイナスは大きなプラスをはらむ」とある。


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これは、帯広の風景。あてもなく車を走らせても、どこまでもどこまでも続く平で何もない風景。こんな退屈な風景が嫌いだったはずなのに、最近では妙に心に響く。


老子は言う。
突っ張って直立するものは折れやすい。
自分を曲げて譲る人は、かえって終わりまでやりとげる。
こづかれてあちこちするかに見える人は、自分なりの道を歩いている。
ぼろぼろになった古い物は、それ自体、新しくなる寸前にあるものだし、
窪んだ所は自然に水の満ちるところになるのだ。
物をほとんど持たない人は、持つ可能性に満ちているのに、
沢山に物を持った人は、ただ戸惑うばかり。


タオを身につけた人は、自我を押し付けないから、かえって目立つ存在になる。
自分は正しい正しいと主張しないから、かえって人に尊敬される。
自慢しないから、人に信頼されるし威張って見下さないから、人はその人をリーダーにしたがる。


タオを身につけた人は、争わないということだ。
どんな相手からも喧嘩をふっかけられない。
自分を曲げて譲る人は、かえって終わりまでやりとげる。
さらに老子は言う。
この古い戒めは真実だと。
こういう生き方の人が自分の人生をまっとうして、
あの静かなところへ帰るのだよ。
                           (タオ/老子 訳:加藤祥三)


僕は、この言葉を聞くたびに耳が痛い。でも、「あの静かなところ」とは、この風景のような自分の故郷なのかもしれない。



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投稿者 hidetoshi shinohara : 12:07 | コメント (0)

花火

日常

出番を待っているスターのように楽屋で待機している花火。開演されると次から次へと地響きを轟かせて打ち上がる。ドラムのようにバスドラ、スネア、タムタムがリズムを刻む。たまにハイハットがパシッ、パシッと鳴ったりして。


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変則的なリズムが、サプライズを生む。ぱっと散って、火の粉が落ちていく光の軌跡が美しい。僕はどちらかというと、派手な花火よりも色が整理されていてシンプルな花火が好き。シンプルモダンというやつかな?フォルムもド派手なやつよりこじんまりまん丸い感じがいい。


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時には、夜空にシャンデリアがぶら下がっているように。このぐらい色が整理されている方が、大人っぽくて好きだなあ。ちょっと譲って、2色が交じり合うくらいがいい。


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でも、多くの人は派手なエンターテイメント性が強い花火を好むのだろう。花火だって、本当はシンプルで大人な感じの方をやりたいのかもしれない。きっと、そうに違いない。なぜなら、音楽やデザインなどの多くのクリエティブの世界は、自分のやりたいことと売れるためにやらなければならないことは違うからだ。


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あのエリック・クラプトンだって、アンプラグドの成功でやっと自分の好きな黒人ブルースをやらせてもらえるようになったというじゃないか?


どの世界にも同じような悩みがあるのかもしれない。



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投稿者 hidetoshi shinohara : 23:04 | コメント (4)

暑い!

日常

とにかく、暑いっす!なんですか、今年の東京の暑さは。一日中、外出して会社に戻ってくると、なんだか頭がぼーとする。ちょっと、ソファで横になっているとアザラシになった夢を見た。


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スイスイと透明の海の中を颯爽と泳ぐ姿はとても素敵だ。実は、僕はあまり海が好きではないのです。なぜかって、海には魔物がいるような気がするから。足がつかないところが嫌いです。なんか、足を引っ張られるような気がするんだよね。


だけど、アザラシのように優雅に泳いでみたい。ス〜イスイと。真夏の太陽を海の中まで浴びて、きらめく水の中を泳いでいる。きっと、海の上は暑いけど、海底は涼しいに違いない。光が海底まで差し込んでくるとこが、開放的な感じがしていい。この陽射しがなかったら、とっても寂しい気持ちになっていたに違いない。


人間社会のように摩擦がなく優雅に見える。気の向くままに行きたいところに行くに違いない。それにしてもなぜ、人間社会は摩擦が多いのでしょう。誰もが自分が正しいと思っている。自分を正当化しようとするから反論する。もっと、水の流れに身を任せてみてはどうだろう?


そんなことを空想していたら、電話がなって目が覚めた。



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投稿者 hidetoshi shinohara : 23:56 | コメント (2)

プチトレビの泉

日常

後楽園の駅の裏に礫川公園というところがある。小さな公園だけど、駅を出てすぐ、憩いの広場となっている。そこには、小さな泉があってちょっとしたトレビの泉みたいです。


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ローマのトレビの泉では、背を向けてコインを投げ込めばローマ再訪がかなうと言われており、もう一度コインを投げればどんな願いもかなうと言われている。僕が、10年以上前にローマを訪れた時は、仕事に追われ将来の夢が何であるかさえわからなくがむしゃらに働いているときだった。


だから、「その時の目先の仕事がうまくいくように」という小さな願い事くらいしか思いつかなかった。今なら、もっとお願いしたいことがある。大きな夢に向って、信じる仲間と動き出した。今すぐ、ローマに行くことはできないけど、身近にあるプチトレビの泉にお願いに行ってきた。


「願いは必ず実現する」という法則を信じて未来を思い描くしかない。この3年間、なんだか目先真っ暗な中を手探りでもがいていたようだけど、遠くの方に小さな光を見つけ、やっと出口に向い始めたようだ。


ただ、それは出口を見つけたにすぎない。その出口が正しいのか過ちなのかここから出てみないとわからない。正しい出口でありますように。もしも正しい出口だったら、これから全力で目標に向います。どうか願いを叶えてください。



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投稿者 hidetoshi shinohara : 20:24 | コメント (6)

雑音

日常

渋谷を歩いていて見つけた、工事中の騒音と壁。


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計算してこういうリズムができたとは思えないけど、工事現場の騒音とともにこの壁にも雑音を感じる。


そこへ、マジックやスプレーで描かれたノイズ。誰が描いたのかしれないけど、ほんとに傍迷惑なことである。こんな所に描かなくてももっと描くところはあるはずなのに。


よく見ると、ヘタウマとも違う、なんとも言いがたい気合いのない線のタッチ。毎日だらだら生きている気怠さを感じる。線は、自分自身を表す。ペン一本で絵を描いたり、文字を書いたりするとその人の人柄が出る。


特に人物を描くと本人のどこかに似てくるから怖い。フォルムが似てくるということではない。内面を表すとでもいうのだろうか?


誰もいないときにこっそりと描いて、スリルを味わっているのかもしれないけど、自分の形跡を残しているんだよね。なんだか、犬のおしっこみたい。



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投稿者 hidetoshi shinohara : 22:28 | コメント (0)

猫は逃げる

日常

猫は、追うと逃げる。この写真のように「よし、よし」をしてあげようとしているのに程よい距離を保ちつつ、警戒している。


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この小憎たらしいほどの、ほっぺのぷるる〜ん。そこをなでなでしてあげたいのに睨みつける。仕事が終わって、ほんのひと時のくつろぎの時間に癒してほしいのにふてぶてしく僕を睨みつける。


何か気に触ることでも言ったのだろうか?瞬時に頭の思考回路が分析する。頭の検索エンジンがいくつかリストアップして優先順位をつける。恐る恐る、猫にどの件についてなのか聞いてみる。返答がない。でも、この不貞腐れた表情は確実に怒っている。『ごめん!僕が悪かったよ』と一歩を踏み出そうものなら、即座にスタートを切れるクラウチングポーズの体勢で準備万端である。


猫は、『ごめんと言えば済むとでも思っているんでしょう?』と顔に書いてある。
『誠意がないのよね。何が悪いのか言ってごらんなさい?』僕は口ごもる。『ふ〜ん、やっぱりね』と猫はつぶやいた。もう、何を言ってもダメなのか?


猫は、きっと僕のことを信じていないんだ。「信じてほしい」と、いくら心の中でつぶやいても目で疑っている。『どうせ、男なんて』とでも言うように。『男だっていろいろいるんだ』と訴えかけると『けっ、小ちゃい男。ちっせぇ〜んだよ』と猫は語る。


大体、猫に癒してもらいたいなどという魂胆が気に食わないらしい。本当は、癒されたいのは猫なのに、人間はいつも猫を癒しの道具にする。


いつまでも距離が縮まらない。この際、思い切って飛びかかるか!きっと、ギャー!とツメで引っ掻きまわされるに違いない。



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投稿者 hidetoshi shinohara : 20:54 | コメント (0)

気になるあいつ

日常

後楽園のラクーアを通りかかると気になるやつがいる。


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それは、メリーゴーランドの屋根の下にいる男の顔だ。夜のメリーゴーランドは美しい。これがぐるぐる回っているだけでも幸せな気分になる。いい大人がじーっと見入ってしまうのだ。


日本語に直すと回転木馬。英語だとmerry=陽気な、go=行く、round=円形の、つまり、ぐるぐる回る陽気な乗り物なのだ。


だから、見ているだけで陽気になるのかもしれない。ただなんとなく、見ているだけで何もかも忘れさせてくれる。大の大人が一人で乗ってはいけないのだろうか?すごく、そそるなあ。


今のお客さんが降りて次の番が来たら、あの入り口の階段に足をかけてしまいそうだ。木馬のポールに片手でつかまって、もう片手は外に向って手を振って満面の笑みを浮かべている自分の姿を想像した。


誰も見ていないから、いいような気がした。その時、携帯電話が鳴って我に返った。メリーゴーランドの屋根の下の男が笑った。「また次があるさっ!」と言っているようだった。いずれは、乗るような予感がする。


ああ、愛しのメリーゴーランド。



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投稿者 hidetoshi shinohara : 22:57 | コメント (0)

ノート

日常

やっとお気に入りのノートを見つけた。


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ノートは、大事だ。気に入ったノートを見つけるといつの間にか廃版になっていたりする。次にまたお気に入りのノートを見つけ、中身を埋め尽くすころにはもう同じ物はなくなっている。日本製の文具メーカーのノートはダサイ。今回、手に入れたノートはしゃれていて、A5サイズで鞄に入れても手頃の大きさは、いつも手元に置いておきたくなる。使い終わって、何冊も溜まってもきちっと揃えられる気がする。


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このノートは、僕の要求に応えてくれている。しかもレザーのカバーまで別売されていた。大人っぽくて、インテリジェンスだ。


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これ一冊をいつも持ち歩くことにしよう。文具メーカーは、もっと格調高く、勉強意欲をそそるデザインのノートを開発してほしい。そして、ずっと定番になるような存在がいい。


これが見つかるまでは、情報カードとA4コピー用紙にメモを取り、A4のエセルテ2穴バインダーにファイリングしていた。情報カードは専用ボックスに入れている。カードは、後でテーマごとに組み替えられるところがいいのだけれど、ぱらぱら持ち歩くものだから、結構埋もれていらいらすることが多い。


これでやっと、新しいプロジェクトのことに集中できる。カタチから入る困った性格は未だに治らない。これをポジティブにとらえると「こだわり」と言う。



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投稿者 hidetoshi shinohara : 21:58 | コメント (0)

トップ

日常

丸ビル付近を歩いていたら、天高くそびえ建つビルが目に入った。


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最近、あの辺のブティック街が好きだ。東京も悪くないと思うようになった。ニューヨークの5番街みたいで、どこか高級で背筋をピンと伸ばして歩きたくなる。こんなところは、スーツで決めて高い靴を履き、踵の音がカツッ、カツッと鳴るくらいが気分がいい。


僕は、ここに相応しい人間だろうかと思った。世界の高級ブランドが並ぶ。正直、今までブランドモノと言われるものにはあまり興味がなかった。でも、ちょっと気取って店に入ってみるのもいい。「いらっしゃいませ」と店員さん。「何かお探しでも?」と言われ、「ええ、まあ。誰も持っていないモノをちょっと探していて」なんて、かっこつけてみる。もう、そんなブランドモノなんか卒業して、あくまでも誰も持っていない希少価値のあるモノだけ興味があるとでも言いたげな表情をしてみる。


ここまでは、最高の演技だ。自分でもパーフェクトだ。そのあと、目にかなったモノがなかったとでもいうような素振りをして店を出る。


店を出て、向かい側に天に向かってそびえ建つビルが視界に飛び込む。天に向かって霞んでいく様は、どこまでも永遠に続いているかのようだった。神様が「お前はここに相応しい人間か?」と説いているようだった。


僕は、自分に問いただした。いやまだだ。あのビルの見えるトップにさえも行き着いていない。下を見てはいけない。まだまだ、上を見る。そして、あの雲の上まで行ってみたい。



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投稿者 hidetoshi shinohara : 20:10 | コメント (4)

心の中

日常

スタッフが苦しんでいる時は、僕は手を差し伸べる。


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だけど、どんなに手を差し伸べても、一緒に這い上がって来てくれなければ助けることはできない。それには、健全な思考が大切なんだよ。正直で誠実で仲間を信用できる寛容さが必要だと思う。ネガティブな思考を持つと全てが疑いの目で見るようになるんだ。


自分が何かに躓いたり、仕事がうまくいかない時に、自分のことをたか〜い棚に上げて他人の所為にしたりしていないか?まずは、他人を責める前に自分の心を清らかにすることだよ。


苦しいこと、悲しいこと、幸せなことは全て自分の心の中からくるということを忘れないように。健全な思考は外見も美しくする。美しい者は、周囲も明るく幸せにする。そんな人が作ったデザインは、見る人に心地良さを与えると、僕は信じている。


僕が10年位前に出会った言葉をプレゼントしよう。僕は、悩み苦しみ、もがいていた時、この言葉によって自分を変えることができた。成功とは必ず代償がつきものなんだ。成功体験がないという人は、可もなく不可もなく生きてきた人。苦しんでいるということは、成長したいという証拠だ。今からでも遅くない、何かに悩んで苦しんでいるのなら、嘘だと思ってこのことを実践してみてごらん!


  Whatever you give will find countless ways back to you.
  Wisdom has two parts:
  1. having a lot of to say, and
  2. not saying it.


今朝は、自分を戒め、いつもより1時間早く出社した。



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投稿者 hidetoshi shinohara : 12:00 | コメント (8)

ONE DAY

日常

ある日、僕は自分のことを見つめ直してみた。


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自分の顔を見て、遠い過去のことを思い出す。大人のつもりが全然大人ではなかった10代。何か自分を表現したくて、ギターを弾いたり、絵を描いたり、文章を書いたり...そのころは、どれも中途半端。誰かに発表するわけでもなく、一人悶々としていた。


そして、そのまま大人になった。アイデアに行き詰まるとギターを弾き、文章を書く。画家になるほど絵がうまくはなかったけど、それを生かしてグラフィックデザインの道に進むことができた。好きなことをやって生活が成り立つのだから幸せかもしれない。


僕の10代は、こんな感じ...陰気くさい。目つきが悪い。(乱視で目が悪かった)積極性がない。なんの取り柄もない。人を話すとき目を見て話さない。無気力。目立たない。冴えない。運動神経が鈍く鈍臭い。もじもじする。


こんなことを思い出すと自己嫌悪に陥るけど、この30年間でそれを克服してきたつもり。自分でキャッチフレーズをつけるとこんな感じかな。「時代を駆け抜けていく男」「ミスターデザイン」「デザインスーパースター」そうやって、自分を奮い立たせてきた。


誰よりも熱い男のはずが、こんな情けない過去があった。



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投稿者 hidetoshi shinohara : 15:36 | コメント (8)

負のスパイラル

日常

何をやってもダメな時ってないだろうか?


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若いスタッフを見ていると、気の毒になるくらい何をやってもダメな時ってあるよね。これを僕は負のスパイラルと呼んでいる。ダメな時はダメなのさ!そんな時は、この螺旋階段のように一番下まで降りてみるといい。もうこれ以上、降りるところなんかないから。一番下に降りて上を見上げてごらん。きっと希望が沸いてくるよ。


今度は階段を1段1段踏みしめて登っていけばいいんだよ。一気に最上階へ登りつめることはできないかもしれないけれど、1段は確実に登ることができる。1段登ることができたら、次の日に2段目に片足をのせればいい。そう、次は片足に重心をかけてもう片方の足を3段目にのせればいい。成長とは、1段1段登っていくことなんだ。今、負のスパイラルに陥っているのは、目の前の1段を大切にしていないから全てが空回りしているんだよ。


自分の成長のスピードがあまりにも遅くて不安になるかもしれないけど、焦ることなんかない。誰もがそうだったんだ。偉そうにしている先輩達も巨匠といわれている人達もみ〜んな最初は新人だったんだ。苦しい時、それを思い出せばきっと気持ちが楽になるよ。


暗闇の中で出口が見える時というのは、ある日突然やってくるものなんだ。
それには、毎日の1段を大切にすることが絶対条件だけどね。



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投稿者 hidetoshi shinohara : 13:45 | コメント (4)

ある夏の日のトランプ

日常

夏らしい夏も体験しないうちに、夏が終わってしまう。


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ある日、毎日、夜遅くまで仕事をしているスタッフに、僕は「夜食にスイカを食べたい!」と、言った。「事務所の中で、スイカ割りをしよう!」と言うと、みんなは、「いいですねーーー!」と...Tは、すかさず、「私、波の効果音やります」と言う。さすがにやらなかったけど...


でも、仕事ばかりじゃ、みんなの青春が台無しだ。思わず、僕は、「トランプやりたい」と、つぶやく。きっと、あのヘルシンキの公園で、短い夏を楽しんでいるトランプの女の子を思い浮かべたのだろう。


食後のちょっとした30分位の息抜きのつもりが、1時間になり、2時間になり、3時間になり、4時間になり、電車がなくなるまでヒートアップしてしまった。そのうち、「勝った」「負けた」と、絶叫とともに、外では、まるで効果音のように雷が鳴り、負け方がおかしいだの、勝負どころでずるいだの、お腹がねじれるくらい、みんな笑った。


ババ抜きでは、必ず最後は、北海道出身の僕と、愛媛出身のTの二人が残り、ジョーカーの抜き合いなってしまう。二人ともカードを2枚しか持っていないのに、何度も何度もジョーカーをひいてしまう。お互い、地方出身者のサガなのか、目がカードを見つめているので、すぐばれてしまう。


それを見ていた都会育ちのITは、毎回、勝っているのに、悔しがる。なぜだ?勝っているからうれしいはずなのに、毎回、ジョーカーを引き合っている駆け引きができない、僕達を羨ましがっているのだ。


ゲームは、負ける方が楽しい事もあるようだ。仕事では、いつも厳しい要求をつきつける僕だけど、仕事を離れてボーダーレスになることがあってもいい。僕は、特別偉いわけではないのだから。失敗もするし、負けもする。若いスタッフとなんら変わらない。ただ、みんなより、多くの経験を積んできたというだけ。さてとっ!今日は、トランプ誘われてもやらないぞ!



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投稿者 hidetoshi shinohara : 01:32 | コメント (2)

小さな巨人

日常

「小さな仕事ですみません」という言葉をたまに聞く。
当社では「小さな仕事などない」と考えるようにしています。


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たとえば、クリップ。これは、とても小さくて針金をただ曲げたものである。この形のクリップは、誰が発明者か定かではないらしい。1890年頃、イギリスのゼム・マニュファクチュアリング・カンパニーが発明したと思われていて、ゼムクリップとも言うらしい。


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僕の仕事場の机の上は、できるだけ整理整頓を心がけ、社内でもファイリングをシステム化している。だけど、いくつものプロジェクトが進行すると、ラフスケッチ、アイデアのメモ、スタッフからの報告書、オリエンシート、アイデアソースのスクラップ、ジョブシートに経費を記入する前にレシートが溜まり、これが机の上を散在してしまうのである。

そして、試験前の中学生のように、忙しい時に限って大掃除をはじめてしまいたくなる。そんなことやっている場合ではないのに。気になりはじめると気になる。埃も気になり、雑巾を絞る。キーボードの隙間の小さなゴミも気になる。エアスプレーでシュッと払いのける。そんな時にこのクリップがあると、ファイリングの前段階でプロジェクトごとに一時的ではあるが纏めてしまえるので、とても重宝するのである。

小さいけど、とても大きな仕事をしてくれる。自己主張をあまりしない、このクリップの仕事ぶりがとても好きだ。デザインだって、小さな仕事にも必ず役割があるはずだ。「小さな仕事」とか、「つまらない仕事」と思った途端にそうなるのである。みなさんに、気を使っていただいているのだと思うけど、当社では、「小さな仕事などない」とスタッフに言い聞かせているのですよ。



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投稿者 hidetoshi shinohara : 12:21 | コメント (8)

周波数を合わせる

日常

本日、デザイナーの面接をして、改めて当社理念を考えさせられた。


当社は、株式会社スタジオザップという。理念は、「心地良さ」をカタチにする、グラフィックデザイン、である。これは、当社スピリットでもある。もう一つは、行動指針としてきちんとお客様のオーダーに応えること。言われたことしかやらないということではない。お客様の求めていることに周波数を合わせるということ。
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よく、「ZAPとはどういう意味ですか?」と聞かれる。これは、もともとアメコミのスパイダーマンが、ビルからビルへ飛び移るときにZAPPP、ZAPPP、ZAPPPと移動する際に発する擬音語(スペルが正しいかどうか分からない)からきている。それが、転じてスラングになり、ZAPという言葉が生まれた。その後、テレビにダイヤル式チャンネルがついていた時、番組をガチャッ、ガチャッ、ガチャッと回して見たい番組を探すことをザッピングというようになった。

自分達が、消費者の立場になってみると分かる。高いお金を出して家を建てたとしよう。自分の家族やライフスタイルを無視して、求めていない家をデザインされた時のことを。似合わない服を「お似合いですよ〜」と言われてその気になって買ってみたものの、友人の間で不評だった時を。お客様は具体的にほしいものが分かっていないものである。そこをしっかりとヒアリングして、具現化してあげるのがクリエーターの仕事。

スタッフにいつも言うことは、「最後にありがとう」と言ってもらえる仕事をしようと言っている。残念ながら、すべての仕事がそうとは限らない。満足していただけない場合もある。不評のときもある。

仕事の周波数は、グッドチューニングを目指して。



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投稿者 hidetoshi shinohara : 00:33 | コメント (10)

ワタシハ、データ

日常

ワタシハ、U.S.S.エンタープライズ号乗組員、データ少佐である。


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ピカード艦長の命令により、ZAPという小惑星の組織改革に取り組んでいる。ワタシハ、ヌニエン・スン博士によって作られたアンドロイドである。ポジトロニック・ブレインの能力は、記憶メモリー800京ビット、最大処理速度は1秒間に16兆ビットである。感情がないので、人間のように怒ったり、笑ったり、泣いたりすることに憧れる。


人間の行動は不可解である。ワタシハ、いつも「なぜ?」と質問して周りの人間を困らせる。最近、ワタシハ、任意のタイミングでエモーショナルモードをオン、オフにできるようにチップを埋め込まれ改良された。この惑星では、デザインという業務の中で、人間同士が感情的に声を荒げたり、口が尖ったり、電話を切るなりオフィスを飛び出していったりする光景を目撃した。


人間の部下達を持ったワタシハ、人間達のコゴトと言われるコミュニケーションに付き合わされるが、まったく理解不能である。「時間がない」「プレゼンが通らない」「忙しい」「予算がないからできない」....だから、なんだというのだ。


人間の間では、クライアントという神にも等しい絶対的なものが存在するらしい。ワタシハ、そのクライアントという存在に対して、軌道修正しながらオーダーに応えるようにプログラムされている。あまりにも「なぜ?」を繰り返し、まれにその神に近い存在から「もういいっ!」と、バッサリ切られることがある。


人間の言う、コゴトというコミュニケーションに付き合わされる時、ワタシハ人間達にこのように命令する。「エモーショナルモードをオフにしろ!」ワタシノ命令に対して、人間達は大きな声で笑い転げる。人間達には、エモーショナルチップが組み込まれていないらしい。


ワタシハ、首をクッとねじ曲げて、自ら解除する方法をやってみせた。途端にエモーショナルモードがオンになり、ワタシジシン、なんだか目がつりあがったり、無口になったり、口から「チッ!」などという音声などが飛び出して、驚いた。これが驚くという感情のようである。今は、人間の勧めにより、「フランダースの犬」という物語を読んで涙を流すトレーニングをしている。



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投稿者 hidetoshi shinohara : 23:15 | コメント (12)

台風のあと

日常

台風9号が、過ぎ去った。
オフィスの窓から見た夕焼けは、とても鮮やかだった。


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そもそも台風とは?台風の生まれやすいところは、太陽光をたくさん浴びた暖かい海である。北からの風と南からの風がぶつかり合う。その暖かい海からは、水蒸気がたくさん生まれて、お風呂から湯気が上がっているようなものだ。(へぇ〜〜!)

この暖かい海から生まれた水蒸気は、上昇気流に乗ってどんどん上へ昇っていく。上に昇った水蒸気は冷えて雲となる。その雲が、もっと早く回転し、多くの水蒸気を吸って、さらに大きくなる。そして、風の強さが、秒速17メートル以上になると、台風と呼ばれる。(そうなんだぁ〜)

それにしても、台風が過ぎ去った後の夕焼けって、どうしてこんなにきれいなのだろう。それは、台風に風が吸い寄せられ、空気中の不純物が少なくなって、夕焼けがきれいになるから。(ふ〜ん)

さらに、いろいろな条件が揃わなければならない。粒ぞろいの微粒子によりできた雲が、晴れた日に、上空高くにあること。この小さな雲を、乱されにくい赤色の光が通過し、地表に届くことで真っ赤な夕焼けを生み出す。(ほ〜!)

台風一過の風により、不純物が大気中から取り除かれて、クリアな視界が、鮮やかな夕焼けを作り出す。また、赤い光が夕闇の暗部へと移り行く光のコントラストが、より幻想的な情景を醸し出すのである。(試験に出るぞ〜〜!)


台風一過のバッドチューニングだ。



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投稿者 hidetoshi shinohara : 11:13 | コメント (12)

さざ波

日常

アカウントプランナーのNと水着のリサーチのため、湘南へ行った。


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僕にとっては、10数年振りの海であった。もう、海なんか行くとこともないと思っていた。海水浴客になじむために、僕は前日、慌てて買って来たビ−チサンダルを履き、水着に着替えた。Nに「なにもTシャツまで脱がなくても....」『あっ、そうだ。海水浴へ来たわけではないのだった....』


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そのくらい、燦々と太陽が照り注ぐ海は、僕の心を解放してくれる。Nはリゾート風のファッションで、脇には取材用ノートを抱えている。僕は、水着姿に一眼レフカメラにコンパクトデジカメを持ち歩き、いかにも怪しい男女であった。しばらく、ウォーミングアップのため、砂浜を海岸へ向かって歩き、波打際へと足を運ぶ。


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波打際まで行くと、波が押し寄せ、足下を海水で浸す。ビーチサンダルを履いているにも関わらず、海水で濡れてしまうことに罪悪感を感じて、飛び退ける。それでも、次から次へと押し寄せる小さな波。子供のように飛び跳ねては、また波打際へ近づいていく。満ちては引いていく波と波がぶつかり合い、小さな水飛沫をあげ、小競り合いが起きているようにも見える。


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仕事でも、こんなことが起きるよなあ。『本音で語りましょう』と言われ、良かれと思って発言すると、ぎくしゃくしてくるということが....大人の世界は、対等などということはありえないのだ。それを勘違いすると、このさざ波のように必ず、小競り合いが起きてしまう。カーネギーの本に書いてあったっけ....『議論に勝つ事は、議論を避けること』


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ゲリラリサーチを行う前に、波を見つめてそんなことを感じたのでした。



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投稿者 hidetoshi shinohara : 20:55 | コメント (4)

乙女心を知る

日常

僕と当社アカウントプランナーのナンシーは、水着のリサーチへ出かけた。
ワケあって、IWからナンシーへ変更。


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僕は、常々、広告やグラフィックデザインというものは、クリエイターの感性ということだけで表現してはいけないと思っている。つまり、「売りにつながる、グッドデザイン」を作り出すべきであって、それは、消費者を代弁するものでなくてはならないからだ。


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それが、コンシューマーインサイトと言われているものである。消費者の本音を見つけ出す事が、表現のカギとなる。今回は、売り場を見て、マーチャンダイジングの視点から、商品を分析してみた。


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会社では、いろいろ女性誌を見ながら、トレンドを押さえたつもりだったが、ナンシーから、「篠原さんも乙女心を理解しなくてはね!」なんて言われてしまったものだから、フィールドへ出ることにした。


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まず、売り場の一番手前には、ボーダーとドットが目立つ。ナンシーにいろいろ乙女心を説明される。女の子は、小さなアクセサリーに反応する、とか。上下を敢えて、ボーダーとドットのミスマッチにする、とか。腰や胸の谷間にリボンやアクセサリーがついていたりとか...


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「篠原さんだったら、どれがいいですか?」「おれは、ブラックかな〜!」「ロッカーの篠原さんとしてではなくて、乙女として意見を聞いているんですっ!」「あっ、そうか!だったら、ダークブラウンとか、ちょっと煌めきのあるカッパーとかがいいな!ブルーのグラデーションもいいいな!」というより、女性客ばかりで落ち着かなくて、冷静に判断できないのである。


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もしも、僕が女性だったら、どれが自分に似合うのかが客観的に判断できないかな...と思っているうちに、なんとなく課題が見えてきた。女性のみなさん、水着について、いろいろ意見をお聞かせください。

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投稿者 hidetoshi shinohara : 23:03 | コメント (8)

雨上がりの緑

日常

金曜日は、雨だった。
普段、じっくりと見る事もない桜の木に生えた苔が美しかった。


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苔とは、生物学的にはセンタイ類と言うらしい。漢字で書くとセンは「鮮」、タイは「苔」と書くようだ。だから、雨上がりの苔は鮮やかなのだろうか?

この苔は日本の国歌の「君が代」にも登場する。
君が代は 千代に八千代に さざれ石の いわおとなりて こけのむすまで

これを現代語に訳すと以下の通り。
君が代は、千年も八千年も、細石が大きな岩になってそれにさらに苔が生えるほどまで、長く長くずっと続きますように。
※いわお=巌=高く突き出た大きな石

ところで、「君が代」とは誰のことか?この歌詞の出典は、「古今和歌集」とも言われており、「わが君は」と表記されているらしい。「わが君は」=「君が代」の「君」である。この解釈はいろいろあるらしく、「わたしの恋しいあなた」と恋人のことを想う解釈と、君主を意味する「私の旦那様は」か「わが大君は」と議論が分かれるところらしい。

「君が代」の法制化問題で、反発もあったけど、作者が、「わたしの恋しいあなた」という意味で「古今和歌集」を描いたとしたら、とても美しくロマンチックな詩なのに...そして、雨上がりの苔もとても美しく感じた。


雨上がりに見た、苔のバッドチューニング。



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投稿者 hidetoshi shinohara : 00:14 | コメント (16)

黄色い軍団

日常

午後3時頃、目の前を黄色い軍団が駆け抜けていった。


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そうだ、ピカピカの一年生の季節なんだ。鮮やかな黄色いランドセルのカバーが、あちこちらに湧き出ていた。彼らは、とにかく走る。カメラを向けてみるが、とにかく右に左に前へ全速力、急停止、いきなりUターン。ピントが合わない。僕も一緒に走る。きっと、端からは、変な大人に見えているに違いない。


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よく見ると、この軍団は、4人の男の子と1人のマドンナを取り囲んで構成されている。マドンナの気を引こうとして、全速力で群れからはずれてみるやつ。マドンナは、その中のインテリジェンスな男の子が語る、相対性理論を熱心に聞いている。(想像だけど)

こんなことがあったなあー!あの頃の僕を彼らへ投影した。そういえば、相当な大人になってから、おふくろに「あんた、よく、『隣の直子ちゃんをお嫁さんにる』するって、言っていたっけ!」と言われて、顔面から火が吹き出そうになったことがある。

ところで、黄色は警戒色と言われていて、黒と黄色の組み合わせが、一番目立つ色とされている。だから、工事現場に黒と黄色のストライプが使用される。子供達のランドセルのカバーに黄色を使用しているのも暗いところで目立つようになっているからだ。

日露戦争のバルチック艦隊は、煙突を黒と黄色に塗り分けてあり、日本艦隊に視認されやすかったそうだ。他にも、黒と黄色を調べていると、虎と蜂の体色も他の生き物に獰猛であることを知らせる、警戒色だというのだが。では、なぜ、ほかの獰猛な生き物は、黒と黄色の体色ではないのか?

注目されたい人は、黒と黄色のファッションで身を包めば、目立つかも。ひえ〜、センス悪そう!


黒と黄色のバッドチューニング。



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投稿者 hidetoshi shinohara : 01:30 | コメント (14)

ジェット戦闘機パイロット

日常

今日一日、部屋に引き蘢って、やっと見つけた。


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ハルジオン(春紫苑)の花の蜜を吸っている、ジェット戦闘機のパイロットみたいなヤツは、ずっと、ミツバチだと思っていた。いろいろ調べたけど、ハチ科のどれにも属さなくて、スズメバチにでもしておこうかと思った。


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今朝から、ミツバチの生態を調べて、高度なハチ社会を描こうと思ったけど、これは、ホソヒラタアブ(ハナアブ科)のオスだということが判明した。複眼の天辺のところがくっついているのがオスらしい。

ミツバチもスズメバチも、目がもう少し細くてつり上がっているので、これは何だろうと思っていた。そういえば、ミツバチはいつも機嫌悪そうに怒っているよね。それに較べて、このハチにそっくりなアブの顔は、ジェット戦闘機のパイロットのヘルメットみたいだ。

なぜ、スズメバチにそっくりな縞模様かというと、このアブは毒を持っていないので、ハチに似せて身を守っているからだという。相手に気付かれると30〜100mは追いかけられ、刺されて血を吸われるそうだ。

花の蜜を吸うことに夢中になっていたこのパイロットは、幸いにも僕が視界に入っていなかったらしい。そんな吸血鬼だとも知らずに僕は、カメラをアブに10cm位まで近づけた。

でも、ハチよりも色が鮮やかで、オレンジ色が美しい。おもしろいことに、ホソヒラタアブのホソヒラタというのは、オレンジ色の腹の部分が、かまぼこ状に底が平たくなっているのであった。


なかなかチューニングが合わず苦労した、昆虫のバッドチューニング。



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投稿者 hidetoshi shinohara : 22:55 | コメント (12)

小さな小さな花

日常

気持ちを整理するために公園を歩いた。
華やいだ花壇の片隅に、目にも留まらぬ小さな小さな花を見つけた。


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その名をわすれな草と言う。花径が5mm位(写真は2倍率のマクロで撮影)の小さな小さな花。じっと見つめると、特に強い風が吹いているわけでもないのに「ここだよ」って、全身に力を込めて、ぷるぷるっと揺れて合図する。

小さくても「私を忘れないで」と言っているように見える、わすれな草は、ドイツにこんな言い伝えがある。

ある日、ドナウ川のほとりを歩いていた恋人達。青年が岸辺に小さな小さな可憐な花を見つけた。青年は、その花を摘んで、彼女へプレゼントしようとした時、過って川へ落ちてしまった。必死で、岸へ泳ぎつこうとしたが、残念なことに青年は激流に飲み込まれ、力尽きてしまった。その間際、青年は彼女に「どうか、僕のことを忘れないで」と言って、小さな花を放り投げたそうだ。

目にも留まらぬ小さな花だけど、一度見たら決して、忘れることができない、ロマンチックな花。


小さな花のバッドチューニング。



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投稿者 hidetoshi shinohara : 20:03 | コメント (18)

つつじ、散る

日常

今日は、朝から生憎の雨だった。
最近、すっかり、雨の日が楽しくなってしまったので、
午後からカメラを持って散歩へ出た。


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れれれのれーーー!の気分。
あっ、つっ、つつじが散っているっ!


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真っ赤なつつじが、雨で濡れて、黒ずんでいるアスファルトに鮮やかに映えている。見ている端から、はらりと一輪のつつじが散っていく。緑色の葉っぱと真っ赤な花びらが補色関係で、より鮮やかに色彩を彩る。雨上がりの曇天はさらに美しい。


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野球のユニホームを着た中坊達は部活でしごかれ、歩道をランニングして、僕の背中越しに通り過ぎて行く。僕は、その傍らで、つつじの花びらに10センチ位まで近づき、写真を撮る。変なおじさんと思われても気にしない。君達には、この儚くて、美しい一瞬を堪能できるだけの人生経験がないだろう?(なぜ、そんなことが分かるかって。僕も君達の年頃には、つつじなんてものは視界には入ってこなかったら)


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その赤いつつじは、花びらが、カーマインから、マゼンタへとグラデーションになっているのがとても美しい。もっと、顔を見せておくれ。ほらっ、恥ずかしがらずに。そうだ、いい子だ。なかなかきれいじゃないか。そんなに頬を赤らめなくなって....と、僕は、雨上がりの午後に一人つぶやいた。雨の日のつつじもいいものだ。


雨の日のバッドチューニング。



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投稿者 hidetoshi shinohara : 21:33 | コメント (16)

Cool time, Warm time

日常

東京の人は「冷たい」という人がいる。
でも、それはそう思っている自分の自己投影なのではないだろうか?
新宿副都心にも時間によって、いろいろな表情があるように。


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午後4時30分37秒。殺伐とした都会の風景。誰も他人のことなんか、構っていられないとでも言っているようだ。


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午後5時28分37秒。暖か味のあるオレンジ色の西日が、一日の終わりを知らせ、人々の温もりを感じる。


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午後5時38分42秒。東京は、眠りについたように見える。実際には、夜もフル稼働している都市であるが....(この後、本番撮影が始まったので、現場に戻る)

昨日、ある人達を食事に誘って、楽しい時間を過ごした。昨年、自社でWEB制作を行っていた時、問題点に直面し、ウチのスタッフがネット検索で、たまたま見つけたWEB制作会社に問い合わせたら、親切丁寧に対応してくれた。

僕達は、本当に困っていて、見ず知らずの人間が問い合わせても、相手にされないだろうと思っていた。でも、「やってみなければ、分からないじゃないか?それで、ダメだったら諦めもつく」と、僕はスタッフに言った。

あれからずっと、何か御礼をしたいという気持ちがあったので、どうそれを伝えるべきか、考えているうちに4ヶ月が経ってしまった。そこで、思い切って、食事に誘ってみた。相手の方は、「今さら、何だろう?」と警戒されたようである。

でも、あまり会う理由なんかなかったんだよね。他愛ない話で、盛り上がったけど、家に帰ってからもなんだか幸せな気分だった。自分から行動しなければ、温もりという時間は手に入らない。


温もりという時間のバッドチューニング。



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投稿者 hidetoshi shinohara : 13:43 | コメント (4)

時空を超えた、レインボーブリッジ

日常

さらに、恵比寿ガーデンプレイスからの眺望。
こんなに、東京の風景を眺めていることも、めったにないかもしれない。


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上の写真は、午後4時29分37秒、六本木ヒルズから、右側へファインダーを向けると、レインボーブリッジが見えた。やや、陽が沈んできた。4,500K(ケルビン)かな?色温度が違うと、同じ風景でも、ちょと、過去に戻ったみたいだ。


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午後5時17分29秒。さらに陽が沈み、影が長く延び、ビル群がオレンジ色に輝く。色温度はぐっと落ちて、2,500Kくらいだろうか?もっと、過去にタイムスリップしたような感じで、とてもノスタルジックな印象だ。


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午後5時39分10秒。太陽が、地平線すれすれに沈みかけ、夜のとばりが幕を降ろす。TTL測光の露出が、18%グレーに合ってしまっているので、明るく見えるが、実際には夕日が沈み、肉眼で見るともっと暗い。太陽が、地平線に隠れかかっている光なので、ダイレクトに光が当たらず、柔らかくロマチックで未来を感じる。

この日陰は、何ケルビンなのだろうか?あいにく、フォトグラファーのようにカラーメーターを持っていないので、今後の課題にしよう。それにしても、こうやって並べてみると、見えていないものが見えてきた。


時空を超えた、バッドチューニング。



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投稿者 hidetoshi shinohara : 01:09 | コメント (14)

3,000ケルビンの夕暮れ時

日常

午後2時から、ずっと東京の風景を見ていた。
同じ六本木ヒルズでもこんなに違う。


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お昼頃の太陽光は、5,000K(ケルビン)の昼白色と言われている。最初の写真は、午後4時29分16秒。やや、地平線の向こう側が、赤みがかってきた。4,500Kくらいかな。


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次の写真は、午後5時37分37秒、約3,000K。六本木ヒルズに西日が当たり、東京のど真ん中で、モニュメントのようにそびえ立っていた。古代マヤ文明が、太陽を神と崇めたように、この光り輝いた一瞬が、神と一体になるような気がした。民衆はこのモニュメントを神と崇拝する。古代人となんら、変わらない。

雲ひとつない,快晴の日は、気分が活発になり外に出てみたくなる。これが、6,500Kの昼光色。夕暮れになると、なんだか家に帰って、ソファーに深々と腰掛け、ゆったりとした気分を味わいたくなる。

コンビニは、お客さんを活動的にさせ、回転率を上がるために明るい蛍光灯を使用して、色温度を上げている。雰囲気のあるレストランでは、ゆったりと食事を味わえるように、ちょっと、赤みがかった白熱灯の間接照明やキャンドルを灯し、低い色温度に設定されている。ロウソクの炎は、2.000Kくらい。

レストランで、ゆったりとディナーを楽しみたいと思っているのに、色温度の高い蛍光灯だと落ちつかないよね。夕日を「ぼーっ」と眺めて、無心に遠くを見つめてしまうのは、なぜだろう?人間には、色温度に反応するセンサーでも埋め込まれているのかもしれない。この見慣れた、東京の風景を見ていると「ぼーっ」と時が経つのを忘れてしまった。


色温度のバッドチューニング。



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投稿者 hidetoshi shinohara : 22:04 | コメント (10)

17:27黄昏東京タワー

日常

撮影の合間にガーデンプレイスから、
カメラを構え黄昏時を待ち続けた。


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前回のコメントで、モネの話をいただいたので、しつこくガーデンプレイスビューを掲載することにした。その話は、モネが睡蓮を時間毎に光による色の変化をキャンバスに定着していったという内容のものだった。僕は、印象派の絵画というのは、色温度を表現していたのだと思う。


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2枚目の写真は、フォトグラファーが、テスト撮影している時に、僕がそこに誤って写ってしまった写真。ほら、窓の外は黄昏がかってきたでしょう。室内に露出を合わせているので、外の露出はちょっとオーバー気味だけど。この季節、心の琴線に触れる色温度は、17:00〜17:30位の一瞬であった。

風景写真を感動的なものにするには、一日中、そこに張り付いて、色温度を観察しなければならない。見慣れた風景もまた、違った表情を見ることができる。多くの人が見たというのは、意外と見ていないものだ。

その時々の色温度と露出とレンズ特性が、偶然、そのような色合いになるのだと思う。写真は、いくらでもバリエーションを撮る事ができるけど、それをセレクトして発表するは、自分の決断が左右する。だから、写真の善し悪しに答えはないのだ。同じ風景を撮影しても、人それぞれ違ったものが出来上がるのは、写真というのは、撮影者の心の投影なのではないだろうか?


東京タワーのバッドチューニングを求めて。



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投稿者 hidetoshi shinohara : 00:08 | コメント (14)

忍び寄るカゲ

日常

恵比寿ガーデンプレイス39階で撮影だった。
晴れ男の僕は、人差し指を天に向けて仰ぐと、
モーゼの十戒のように雲が左右へとひいていった。


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それにしても、東京という都市は建物が密集していて、上から見下ろすと圧倒される。特に恵比寿は、オフィス、店舗、住居が混在しているようだ。真ん中には、東京タワー、左には六本木ヒルズ、右にはレインボーブリッジが見える。

そして、恵比寿ガーデンプレイスを見下ろすと、住宅街一帯が、窪んだように低く立ち並ぶ。そこへ巨大な黒いカゲが、おおい被さるように長くのびる。六本木ヒルズや東京タワーさえも飲み込んでしまいそうな勢いだ。不気味でもあり、絶景でもある。

権力の象徴は、どこまで戦い続けるのだろう。僕の嫌いな「勝ち組」、「負け組」という言葉。この巨大な実態のないカゲは、何に勝っているのだろうか。

そんな事を考えながら、モーゼに成り切っていた僕は、なんだかこの巨大な黒いカゲを操っているような錯覚に陥った。とうとう東京を征服したか!(いや、そんなことはない!)


大都会のバッドチューニング。



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投稿者 hidetoshi shinohara : 00:29 | コメント (24)

東京にも空がある

日常

ある平日の午後、車でお台場へ向かった。
何か大きなイベントでもあるのか、首都高のお台場出口は渋滞だった。
車は一向に進まないので、僕はカメラを取り、シャッターを切り出した。


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こんな渋滞でも『無駄に過ごすことはできない』とポジティブに考えるところが、僕のいいところでもあるのだ。いや、単に貧乏性なのかもしれない。すぐ、時間がもったいないと思ってしまうところが、ゆとりがないのかな。

高村光太郎の「智恵子抄」に出てくる、智恵子は「東京には空がない」と言った。「ほんとの空が見たい」と言った。智恵子は遠くを見ながら、「阿多多羅山の山の上に毎日出ている青い空がほんとの空だ」と言う。

東京の空は、智恵子の言う、青い空とは違うかもしれない。東京は、大きいものが勝つ、権威のあるものが強いという都市かもしれない。でも、この東京に住む人々は、どんなに地位や名誉の違いがあってもこの大空には太刀打ちできない。

僕は時々、地面の蟻を見ては「おい、こら、ここに巨人がいるのが見えないのか?」と注意したくなる。あんなにあくせく働いている蟻を思わず踏んでしまいそうになったからだ。

あのビルの中で働いている人達は、この大空に較べたら蟻と人間みたいにちっぽけな生き物。取引先やボスの顔色を見てあくせく働いている。この風景を見ていると、大きな黒い魔人が今にも都会の人々に襲いかかろうと忍びよってきているようにも見える。「こら、もっと大きな心を持ちなさい」と。これは、下を向いて携帯メールばかり打っている、都会人への警鐘だ。


都会の空のバッドチューニング。



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投稿者 hidetoshi shinohara : 18:01 | コメント (14)

本当に大切なものは、目には見えない

日常

誰もが知っている、ある宅急便サービスの企業広告の依頼を受けた。
オーダーは、新しい企業の顔を作ること。
内容は、プレゼン前なのでヒ・ミ・ツッ!


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宅急便サービスは、どこも荷物を届けるというサービスが商品であり、同じようなサービスである。では、お客さんから見てそのサービスを選ぶ時の基準は何なのか?荷物を届けるのは当たり前で、お客さまの立場になって「真心」や「ありがとう」を届けることができるかどうかではないだろうか?でも、「真心」という言葉を口に出すと、とても気恥ずかしい気がする。

そんな企画を考えている時にある物語を思い出した。サンテグジュペリの「星の王子様」である。この物語で「本当に大切なものは、目には見えない」というテーマが今さながら、じ〜んと心に響く。

大人になって、この物語を再度、読むきっかけとなったのは、10年位前に箱根へ行ったとき、たまたま「星の王子様ミュージアム」へ立ち寄ってからである。このミュージアムでその後の僕の人生を変えた。

それまで『メジャーになる』だの『ビッグになってやる』だのと粋がっていた僕は、「本当に大切なもの」が見えていなかったのかもしれない。それを企業に変わって伝えていくのが、僕達の仕事であるはずなのに。でも、当時の僕は、この物語に出てくるさまざまな星の住人と同じであった。

物語の中で、6番目の星に住んでいる地理学者の話。星の王子様は訊ねる。「きれいな星ですね。この星には海がありますか?」地理学者は、「知らんよ、そんなことは」と答える。それを調べるのは探検家の仕事だというのだ。

企画を通じて、この物語を改めて思い出させてくれたけど、大人になると本当に大切なものが見えてこなくなるものですよね。


つまらない大人にはなりたくない、大人のバッドチューニング。



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投稿者 hidetoshi shinohara : 01:14 | コメント (6)

下を向いて歩こうよ♪

日常

美しい映像を生み出すには、外人モデルを使ったり、海外ロケへ行ったり、大掛かりなスタジオセットで莫大にお金をかけなければ作れないのか?そんな疑問が生じたことがあり、ちょっと、なにげに、ふらりと、「日常の見慣れた風景の中に美を発見する」旅に出たことがある。


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旅と行っても、当社のエレベーターホールを一歩出ただけの車道なんですけどね。ほら、よく一時停止の白いラインがあるじゃないですか?僕は、そこに惹き付けられるようにカメラを三脚に取付けて地面に這いつくばった。

レンズと地面の距離は、3cmくらい。夢中でシャッターを切った。周囲の視線が気になる。その間、5秒。(もっと、時間が経っていたかもしれないが、そのくらいに感じた)僕の背後からは、車が来ていきなり「ブーっ!」とクラクション。僕は海老反りに飛び上がって、命からがらカメラをかかえ、逃げてきた。

後日、現像があがって(この時はブローニーポジで撮影)ルーペで見てみると、今まで見た事もない光景が広がった。見る人によって、これが、美しいとか、かっこいいと思うかどうか、分からない。

アイデアを考える段階で、すぐに有名タレント、巨匠フォトグラファー、海外ロケ、大掛かりなスタジオセット、外人モデルのオーディション...確かに、華やかで自分が業界人で普通の人とは違うという優越感。僕も正直、心のどこかにある。

僕たちは、あまりにも身近すぎて気が付かなかったことに目を向けるべきではないかと思う。そして、優越感よりも普通の人の普通の感覚を持ちつつも、違った視点で物事を捉えられる洞察力こそ大切にしなければならいと思う。

といいつつも、華やかなタレント撮影も大好きな、気持ちが揺らぐ心のバッドチューニング。


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投稿者 hidetoshi shinohara : 00:50 | コメント (4)

そらみみの「ソ」

日常

ある日、撮影打ち合わせのために当社でオールスタッフミーティングを開いた。クライアントの担当者の上司が急遽、海外出張とかで、オーディション、ロケ地、コスチュームがまだ決まらず焦っていた。もうこの日には見切り発車しなければ、本番で間に合わなくなる。

そこで、みんなが集まる前にお弁当を買って、昼食を食べながら打ち合わせしようということになり、スタッフと一緒に近くのおばちゃんがやっているお弁当屋へ買い出しに行った。「え〜とっ、鯖の味噌煮弁当と幕の内弁当と.....(最後に)スタジオザップで領収書ください。」おばちゃん、「えっ!キタジマサブロー?」僕は普段しゃべりがあまり得意ではないのと、モゴモゴしゃべる癖があるので再度、口を大きく開け、「ス・タ・ジ・オ・ザ・ッ・プッ」と唾を飛ばしながらはっきりと言った!はず#なのに?そのおばちゃんは、また「キタジマサブロー?」と聞き返した。

僕は心の中で「もういいっ!」と叫び、カタカナで書かれた(株)キタジマサブローの領収書をもらってポケットにくしゃくしゃに丸めて、事務所に戻ってから後でゴミ箱に捨てた。ねえ、みんな〜!どこが、キタジマサブローだと思う?どこもかすっていないよね。

また、カフェで、イタリアンレストランで、ファミレスのレジでコピーライターと打ち合わせが終わり、さっと伝票を握りしめ、「まあまあまあ、ここはわたくしがっ!」みたいな、なんとか大人っぽくダンディに決めたい時がある。そして、スマートに手の平を上に向けて出口にむかって、『まあまあまあ、お先にどうぞ』と無言でよくある光景をやるじゃないですか?

それなのにレジで「スタジオザップで領収書ください」と言うと、若造とか、若ねーちゃんったら、「スタジオジャップ」とか、「スタジオジップ」とか、「スタジオザット」とか、「スタジオゲット」とか、終いには「スタジオ雑布」とか...その都度、僕は客席のみんなが振り向く位の大きな声で、「ザッ、プーッ」と叫ばなければならない。若い子って、カタカナの「ザ」と「プ」が書けないんだよね。昔の電報みたいに、「すいかのス」「たんぼのタ」「じかんのジ」「おばあちゃんのオ」と言わなければならないのか?レジは、ダンディに決める絶好の場なんだよ。


領収書をもらう時は、なかなかチューニングが合わない。



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投稿者 hidetoshi shinohara : 01:21 | コメント (8)