<< 2015年8月             1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31          

プロとアマの違い

音楽

プロの条件って、なんだろう?と思う時があります。最近、音楽プロデューサーとのコラボで、レコーディングに立ち会う機会に恵まれ、ギターの音源を入力していた時のことです。


20150617_01.jpg


僕は、ギターが好きで、今でも仕事に行き詰まると気分転換にギターを弾いたり、友人とたまにスタジオで演奏したりすることもある。YouTubeではプロ顔負けのギターテクニックを披露していたり。

ところで、どんな職種でもプロとアマの違いはあると思うのです。例えば、定年退職後のちょっと経済的に余裕のあるアマチュアカメラマン。すごい高価なカメラを首からぶら下げているけれど、でも、いっちゃ悪いとは思うけど、つまんない風景写真を撮っているんだよね。カメラメーカーのカモだね。

あんなに機能満載で使いこなせるの?って思ってしまう。解像度が、レンズ特性がという前に絵作りがなっていない。カメラなんていうのは道具で、どんな絵作りをするのかが問題だと思うのだが?

今回、レコーディング中にそんなことを音楽プロデューサーとギタリストの方に聞いてみた。やはり、楽器なんてものは道具とのこと。プロは、数万円の安いギターでもちゃんと弾けるのである。もちろん、高価なあのギターのサウンドがほしいというときもあるだろうけれど。

でも、アマチュアのおじさんが、数十万円もするギターを何本も持っていて、大した演奏もできないなんていうのがざらにいるのです。何を隠そう、僕もそのひとり。そして、プロとは、与えられた条件の中で次から次へとアイデアを出せる引き出しを持っていること。しかも、さまざまなトラブルに対処しながらベストを尽くせる人のことではないだろうか?

デザインの世界では、それができるけれど、ギターの演奏を目の当たりにみて、ちょっと恥ずかしくなったのでした。



★みなさんからのコメントをお待ちしております。

投稿者 hidetoshi shinohara : 21:59 | コメント (0)

Stray Cat Strut

音楽

野良猫が僕に懐いた。
どこか同類の香りでも漂ったか、僕に気がつくと優雅に腰を振ってこちらへ向ってきた。


091028_02.jpg


091028_03.jpg


091028_04.jpg


ストレイ・キャッツというバンドのStray Cat Strutという、80年代にヒットした曲がある。僕が今でも好きなミュージシャンのひとりブラアイン・セッツァーの曲。今、僕はこの曲を課題曲にしていたところ。この一匹の野良猫を見て、この曲を思い出した。


091028_01.jpg


デビュー時のブライアンは、とても端正な顔立ちでまるでジェームズ・ディーンのようだった。透き通った青い目、きれいな形の唇、鼻筋が通った高い鼻、誰が見ても美少年だった。80年代のパンク時代にロカビリーを復活させたロックン・ローラー。10代の頃は、バイクを乗り回し、エディ・コクランに憧れ、不良だったらしい。


091028_05.jpg


ある番組のインタビューで、ブライアンは言った。「おれは、ボルボに乗っているような奴らとは付き合わない。ギターは尖っている形の物よりもこの丸くて、女の体のようなギターがいい。こいつを片時も離したことがない」と言って、グレッチG6120を撫でまわしていた。(こんなセリフに憧れる〜!)両腕にはすごい入れ墨をして、当時でも珍しいゲキ尖りリーゼントで、ふてぶてしくて悪そうだったけど、目だけはどこか澄んで真っすぐ遠くを見ていた。


091028_06.jpg


ニューヨーク生まれのブライアンは、最初、アメリカでヒットせず、ロンドンに渡り成功を収める。UKロックだと思っている人もいる。その後、アメリカへ戻り成功するのだが、イギリス人からは見放される。まるで、バンド名のような身寄りのない野良猫だ。それでも、毅然とした態度で自分のスタイルを貫いた。決して卑屈にならずに。いや、僕にはそう見えただけかもしれない。ステージに立つと、リーゼントを片手で掻き上がる仕草がかっこいい。


091028_07.jpg


この猫の後ろ姿のように、Strut....孤独で寂しがり屋のくせに気取って歩く野良猫。表現者として、どんなに辛くてもこの生きざまを見習いたい。(ブライアン、しびれる〜〜〜!)



★みなさんからのコメントをお待ちしております。

投稿者 hidetoshi shinohara : 18:42 | コメント (8)

調子っぱずれな、ピアノ

音楽

あるホテルのロビーで、自動演奏ピアノがラグタイムを奏でていた。
これを聞いて、僕はセロニアス・モンクを思い出した。


070222_01.jpg


「Solo Monk」というこのアルバムは、1曲目から、ラグタイム調の「DINAH」という曲で、調子っぱずれなサウンドが、脳ミソをトロ〜リと、とろけさせてくれ、嫌なことを全て忘れさせてくれる。よきアメリカのミュージカルのように、スウィンギング!!ダンシング!!シンギング!!と思わず、満面の笑顔で両手を広げ、ひとり芝居。

ジャケットのイラストレーションは、僕の好きなプッシュピンスタジオのポール・ディビス。サウンドは、この絵のタッチにぴったりで、どこかトボケた感じの全曲ピアノソロ。


solomonk.jpg


こんな下手なのか、うまいのか、分からないと思っていた演奏でも、モンクの練習量は半端じゃなかったらしい。一曲を自分の解釈で納得いくまで、毎日毎日いろいろな角度から吟味してからじゃないと、人前では弾かないというのだ。

モンクの息子がドラマーとしてデビューして、父親とヴィレッジ・ヴァンガードで演奏した。その時の父親の音楽的アドバイスは、その1回きりだったそうだ。「ドラマーの仕事は、リズムキープだ。それがしっかりできれば、後は装飾品のようなもの」と言われた息子は、ちょっと不満だったようだ。

しかし、息子はそれまで聞き続けてきた父親のピアノの秘密がそこにあったことを知った。つまり、「最低限のことを完璧に行う」という父親の厳格な姿勢が、そこで初めて理解できたようだ。これはデザインにも通じるものがある。

晩年、モンクは体調を崩し、このアルバムはその時のもの。それを知ったら、まるでピエロのように、ミストーンではないかと思う位のバラついたサウンドとリズムは、もの悲しくもある。


ジャズピアノ、究極のバッドチューニング。



★みなさんからのコメントをお待ちしております。

投稿者 hidetoshi shinohara : 13:33 | コメント (8)

GIVE PEACE A CHANCE

音楽

みなさん、新年明けましておめでとうございます。
喪に服している方は、どうぞお元気にお正月をお迎えになられますように。
僕は、今、北海道です。


DSC_6157.jpg


年が明け、朝起きて実家の家の前に出てみると、太陽が雪面をきらきら輝やかせていた。

世の中の嫌なことをすっかり忘れさせてくれるのが白の力。この白い雪景色を見ていると無へとリセットさせてくれる。一年の始まりの日にふさわしい白は、どんな色にも染めることができる。

真っ白なキャンバスに「ここに青空があると思ってごらん!」と言ったのは、オノ・ヨーコだった。それに触発されて、ジョン・レノンはイマジンという曲を作った。

元日の朝に見た真っ白なキャンバスに、今年もみなさんとさまざまな色を描いていきましょう。そして、平和な世の中を目指して。GIVE PEACE A CHANCE.(ジョンとヨーコから)

それでは、今年もバッドチューニングをよろしくお願いします。



★みなさんからのコメントをお待ちしております。

投稿者 hidetoshi shinohara : 21:02 | コメント (14)

ジェラス・ガイ

音楽

クリスマスイヴの休日は、町中、若いカップルで賑わっていた。
以前、ジョン・レノンは、オノ・ヨーコに嫉妬してこんな曲を歌っていた。


DSC_5384.jpg


昔のことを夢見ていたら胸が早鐘のように高鳴った。
僕は、自制心を失いかけていた。そして、われを忘れかけていた。

傷つけるつもりはなかった。ごめんよ。きみを泣かせたりして...
傷つけたくはなかったんだ。僕は、焼きもちやきなんだよね。


ひどく心細かったんだ。きみがもう愛してくれないと思って。
心の中で震えていた。心の中でおののいていた。

きみの気を引こうとしただけなんだ。僕を避けてるように感じたから....


DSC_5361.jpg


赤は、師走の寒空の中で赤く染まっていた。
補色関係にある緑と赤は、混色すると真っ黒になってしまう。
(ジョン・レノン、ジェラス・ガイから)


緑と赤のバッドチューニング。



★みなさんからのコメントをお待ちしております。

投稿者 hidetoshi shinohara : 00:55 | コメント (8)

愛がそこにありますように...

音楽

師走も終わりに迫っているというのに
暖かく長閑な休日だった。
緑と赤はどうしているのだろう?


DSC_5353.jpg


空を見上げると、赤はみんなの注目の的だった。
黄金色に輝き、誰もが振り向くビューティフルレディ。
そして、緑は赤を羨望の眼差しで見上げた。

あの空を蹴破って穴を開け、天が僕の上に涙を落とせるようにしたのは誰だ?
と頭の中でオアシスのサウンドが鳴り響く。


DSC_5383.jpg


緑は、もう自分は必要ないと思い、風の吹く方向へ船を出した。

疲れ切った瞳をもう一度輝かせて....
世界は君を待っている。
君の夢が虚ろな空を満たしてくれるならいいのに...
だけど、君がそれで幸せなら、手を叩き続ければいい。
これだけは忘れないで、僕は君の見方だよ。
Let there be love....Oasis


緑と赤の儚い恋のバッドチューニング。


★みなさんからのコメントをお待ちしております。

投稿者 hidetoshi shinohara : 23:03 | コメント (22)

究極のバッドチューニング、ロキシーミュージック

音楽

2006年09月04日
土曜日の夜、ソファに寝そべってパソコンを膝に乗せ、ネットサーフィンをしながらお腹をポリポリ掻いていた時、仕事仲間のコピーライターから、メールが来た。『今晩、BSでロキシーミュージックやりますよ。シノハラさんの好きなブライアンイーノは、いませんけど』『なにーーーーー!これから、寅さんを楽しみに粋で鯔背な江戸っ子ダンディズムモードに入っていたところなのに』と飛び起きた。


DSCF0934.JPG


慌てて、ハードディスクレコーダーのタイマー録画をセッティングした。僕は、心の切り替えが多忙だ。時には寅さん、時にはジェームズボンド、時には、ロケンローラー。常に頭のチャンネルをザッピングしなければならない。

久々に見た。中学か高校の時、夜7時以降は自分の部屋に籠って勉強を義務づけられていた僕は、もっと刺激的な文化があることを知ってしまい、親に隠れて深夜、友人宅へこっそりと抜け出して行ったものだ。その時、友人宅でたまたまイレブンピーエムという番組が流れていて、そこで見たのがロキシーミュージックだった。

今野雄二さんの解説で、海外の音楽だけでなく、ファッション、文化を紹介するコーナーだったと思う。当時は、クイーン、レッドツェッペリン、ピンクフロイド、ディープパープル....今でいう70年代ロックの全盛期だった。番組中、一部のコーナーだったので5分位の時間だったと思うけど、あの強烈な個性は30年以上経った今でも昔の記憶と同じで一瞬にしてタイムスリップしてしまった。

あの当時、ロックと言えばロングのカーリーヘアで(もちろん、違うタイプもいた)胸元が大きく開き、襟が大きく、キラキララメ入りのシャツに膝にパッチの入ったベルボトム。大袈裟なアクションでギターをかき鳴らし、ボーカリストは、マイクスタンドを斜めに抱え絶叫するタイプが多かった。

ところが、ボーカルのブライアンフェリーったら、お尻を突き出し、腰をクネクネ、左腕は、演歌歌手五木ひろしヨロシク、拳を握っているじゃありませんか?しかも、ロングヘア全盛の時期に50年代ハリウッドスターのような七三分け、チョビヒゲに細いネクタイをしたアーミールック。サウンドは、学園際の学生バンドのようで、伸びきったカセットテープのようなふにゃふにゃした音。

ジャケットは、エロ過ぎて日本では修正版が発売。(今では、どうってことないけど)でも、これがかっこいいんだな。時代の先端行き過ぎていたんだよね。当時のロックのような、絶叫型ヘビーサウンドではないクールさ。あの肩を竦めて、虚ろな目で時折上を見上げて、完全にイッテしまっている仕草は、当時のPTAのおばさま達は半狂乱になっただろう。

今、聞いても誰にも似ていない独自の世界観を持っている。ゲテモノロックのロキシーミュージックが好きだと言うのは、ちょっと勇気がいるけど。親にも言えない、ロキシーミュージック。

しかし、オリジナルとは何か?エンターテイメントとは何か?独自性とは何か?を教えてくれたバンドのひとつである。どの時代も先端を行き過ぎているものは、なかなか受け入れられない。

その後、ブライアンフェリーは、ソロになりヒットを飛ばし、ダンディなボーカリストとして市民権を得て大成功を収める。


これが、本物のバッドチューニング。



★みなさんからのコメントをお待ちしております。

投稿者 hidetoshi shinohara : 11:48 | コメント (0)