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Adam Westonとの出会い

出会い

昨年5月のある日、高松のある日本人男性からニューヨーク出身で、抽象絵画とカッパの絵を描いているアーティストと会ってほしいと連絡があった。


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最初、あまり気乗りしなくて、会っても期待に応えられないかもしれないと伝えた。なぜなら、最近、作家には散々な目にあっているからだ。心底惚れ込む作家に出会うまで、企画展はしばらく休止しようと思っていたところだったから。その後、日本人女性から連絡があり、しぶしぶ会うことになった。その女性は、Adamさんの奥さんだった。


二人は、僕のオフィスに訪ねてきた。僕が、なぜ気乗りしなかったかというと、「いまどきカッパ?ダサッ!」僕は、ニューヨークの洗練されたかっこ良さが好きなのである。


二人に会ってみると、とても仲が良く幸せなオーラが漂っていた。Adamさんは、優しい笑顔で僕に接してくれた。もともとは、僕と同業者のグラフィックデザイナーだった。オフィスの蔵書を見て、国境を超えて同じ時代を生きてきたクリエイーター同士の話題で盛り上がった。英語と日本語のチャンポンで会話し、あっという間に2時間は過ぎただろうか?奥さんは、ちょっと置いてきぼりで可哀想だったけれど、僕が20代の頃からニューヨークに憧れた、現代作家、音楽の話、広告業界の話は尽きない。その後、40歳を過ぎてニューヨークへ行ったので、Adamさんの話の内容から、情景が浮かんだ。


この出会いから、ちょうど4ヶ月が経った。銀座で展覧会を開催すると通知が来たのでさっそく行ってみた。ステートメントが素晴らしかった。なぜカッパなのか?そこに答えがあった。彼のお父さんは、アーティストとして東京の銀座で活躍していたのだ。子供の頃、日本のお土産にカッパのお面や北斎の画集、日本の工芸品を買って来てくれたそうだ。幼少の頃、両親は離婚し、母親に連れられて世界を転々とする。その旅行先のポルトガルで、トラックに轢かれ意識不明の重体に陥ったそうだ。それ以来、成人するまで何度も大手術をする。そして、父親のマンハッタンと母親のメイン州のイーストポートを行ったり来たりの生活が始まった。この絵のスタイルとカッパは、Adamさんのアイデンティティーなのである。


僕は、アートというモノは、作家の心の投影だと信じている。だから、人柄が悪い人は作品にそのような波動が出る。彼のように愛情に満ちている人は、作品にもその波動が伝わってくるものである。このようなアートを部屋に飾ると、きっと、愛に満ちた空間になるに違いない。ここでいう愛とは、人を愛する、自分を愛する、自然を愛する、生命を愛することだ。


カッパは、彼の父親に対しての憧憬なのかもしれない。



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投稿者 hidetoshi shinohara : 20:56 | コメント (0)

自ら動けば、新しい出会いがある

出会い

今年から、始まった月一回の朝会。今のところ皆勤賞。今月は、ホテルコンラッドで朝食会。いろいろな異業種の方々と、まったく異なったジャンルの話を聞けることが新しい発見がある。人は、何かに吸い寄せられるように集まったり、また、離れたり...


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それぞれの思惑や、この人と組めば何か新しいコトが生まれるかもしれない、という期待感。でも、相手に依存ばかりしていてもダメなのである。日頃から、確固たる信念を持っていなければ共感してくれる人が吸い寄せられるはずもない。僕は、いつも口にする「インパクトより、共感」という言葉がある。広告クリエイティブでも、人付き合いでもインパクトのあるモノ、コト、人は、花火を打ち上げた時のように瞬発的に印象を残すが、場所を変えてまた別のインパクトに出会うと、前の出来事を忘れてしまうのではないだろうか?


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一昔だったら、それでも良かったかもしれない。情報が溢れかえっている現代は、インパクトがあちこちにあり過ぎて、逆に印象に残らなくなってしまう。それよりも、時間軸を長く取って、価値感の会う人達に「わかる、わかる!」というような共感性を得る方が、長く印象に残る気がする。所詮、世の中の全ての人や、出来事に関わることは不可能であるのだから、共感という部分で取捨選択をしていかなければならないだろう。


そんなことを思いつつ、ホテルコンラッドの天井を見上げると、木の枝をうまくアレンジしたシーリングランプに出会った。洗練された空間にちょっと温もりのある木の素材を取り入れたところが、オリジナリティがあって共感できる。インパクトのあるデザイナーズブランドの照明よりもこちらの方が、ぐっと心に突き刺さるのは、僕だけであろうか?



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投稿者 hidetoshi shinohara : 21:25

デンマークの副首相兼経済内務大臣

出会い

10月に日本でIMF国際会議が開催され、その時にデンマークのマルグレーテ・ヴェスタエアー副首相、兼経済内務大臣が10月11日に来日しました。


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その来日時にギャラリーヴィグロワで、Shirokiの作品をご覧になりたいとのことでした。きっかけは、塩川さんがデンマークでワークショップを兼ねて作品展示をしていたところへ大臣がお見えになり、それ以来交流が深まったそうです。


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お忍びとはいえ、デンマークの大使館員数名といらっしゃるということなので急遽、Shirokiだけの展示に変えました。土曜日の予定の時刻を少し回り、茗荷谷駅前の小さなビルの前にデンマーク大使館の車が止まって、大使館員と共に大臣がお見えになりました。大臣は、Tシャツの上に軽くセーターを羽織り、スリムなジーンズという出で立ちでした。とてもカジュアルで気品さえ感じられ終止自然体でした。そして、Shirokiの作品をご覧になり、いくつか質疑応答をされとても興味深く鑑賞されていました。


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塩川さんは、ギャラリー内のミーティングルームに「書道のセットを用意してあるので試しにトライしてみませんか?」と大臣をお誘いしました。


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最初に書いた文字は、大臣の好きな色の朱色にちなんで、「朱」「珠」という文字をお書きになりました。大臣のTシャツも白地に朱色のデザインです。次に大使館スタッフの発するPeace、Love、Freedomというキーワードを「和」「愛」「自由」という日本語に置き換えて塩川さんのお手を元にお書きになりました。


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最後に大臣からは、Nothingというテーマを日本語に置き換えて書いてみたいというオーダーがありました。なぜ、Nothingかというと、政治家としてとても環境やエネルギーに感心があるけれど、何もない海岸沿いに環境に良いはずの風力発電の発電機を増設する矛盾を感じているということをおっしゃっていました。ということで、「無」という感じを塩川さんが、段ボールの切れ端を使用して創作文字を提案していました。大臣は、自ら絵をお描きになるだけあってとても飲み込みが早かったです。ご本人は、「先生の指導がいいからよ」と周りの緊張感を解きほぐしてくれるようなリラックスぶりでした。それにしても日本の大臣は、こんなカジュアルな感じでいらしていただけるのだろうか?



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投稿者 hidetoshi shinohara : 14:00 | コメント (0)

Rikke Darling Northern Lights展を終えて

出会い

9月5日(水)にスタートした企画展が本日で終了しました。
多くの方に御来廊をいただき、心から感謝しております。


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Rikkeさんとの出会いは、1年前だった。ちょうど、昨年の今頃、当ギャラリーの作家Shirokiに「これからは、facebookよ」と勧められ、手探り状態でfacebookをやり始めた。まだ、ギャラリーをオープンさせてから半年くらいで作家集めに苦戦していた。なにせ、何も実績のないギャラリーなのだから。日本ではいろいろな作家に声をかけたが、名のないギャラリーで取り扱い作家に進んでなろうなんていう人は少なかった。『日本ではなく、世界へ目を向けてはどうだろうか?』と心を過った。始めたばかりのfacebookにRikkeさんの作品を見つけた。何週間もいろいろな作家を見てきたが、この見た事もないアートは、僕の心の琴線に触れた。気がついたら、夢中でメールを書いて送っていた。「あなたの作品に感銘を受けました。私の育った北国は、あなたの国デンマークと同じように厳寒の地で雪解けには荒涼とした世界が広がります。あなたの作品を見ていると生命の起源を喚起させ、心地良い毒気を感じます。ぜひ、日本で企画展をやらせてほしい」と伝えた。Rikkeさんからは、すぐに「あなたのウェブサイトを見て、あなたのギャラリーにとても興味があります」という内容の返事がきた。


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その頃、Shirokiの企画展を当ギャラリーで開催中だったので、彼女は「私、来月ちょうどデンマークのアートフェアに出展するから、RikkeさんにVIGLOWAの資料を持っていってあげる」ということになった。すぐに当ギャラリー資料の英語版を作成して持って行ってもらった。コペンハーゲンでは、二人とも抽象画のアーティストとして、何か共通項を見いだしたようだで意気投合したようだ。Shirokiから、Rikkeさんにはいろいろ一緒に営業にも回ってくれてお世話になっていると、毎日メールがきた。そして、東京で企画展が決定し本人も来日することになった。


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お人形さんみたいに可愛い4歳のLineちゃん、あまりにも可愛いので写真を撮らせてもらおうと思ったら、見知らぬ東洋人が怖いみたいでママに抱きついてしまった。


あれから、一年。なんとか契約の問題、作品の傾向など、連絡を取りながらここまでこぎつけた。Rikkeさんは、いつもメールのあとに「あなたの美しい国へ行く事を楽しみしている」と書いてくれた。日本のどこか美しい国なのか?多分、社交辞令に違いないと思いつつ、何度も言われると自分の国を再認識するきっかけにもなった。


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企画展開催中、Rikkeさんは京都と箱根を観光、当ギャラリーレセプションでは土日2日間フルに常駐してくれた。その間、まだお客さんがいらっしゃる空き時間に日本の印象、デンマークのこと、作品についての詳細を聞かせてくれた。


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Lineちゃんの写真を撮らせてもらえなくて、少し傷付いていた僕にRikkeさんからの心遣いでLineちゃんの絵をプレゼントしてくれた。ちょっと、うれしい。

日本とデンマークの文化の違いにすごくエキサイティングしていた。箱根で泊まった旅館では、朝ご飯に小さな魚が出たことにすごく驚いていた。「あれは、白子といって稚魚で、大根おろしに醤油をかけて食べる、日本のトラディッショナルな食事だ」と教えてあげた。レセプション2日目の夜は、Rikkeさん一家と一緒に日本食レストランへ。「和食は大丈夫?」と事前に聞いたら「あなたの国の食事にトライする」と返事をくれた。日本については、あまりにも多くの話を聞いたのでここでは書ききれないけれど、なんだか日本っていい国だなと思うようになった。みんで記念撮影して、今度はいつか僕がデンマークへ行ってみたいと伝えた。



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投稿者 hidetoshi shinohara : 23:44 | コメント (0)

札幌のビクトリノックス

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ビクトリノックス サッポロファクトリー店へ行ってきた。


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僕がデザインしたビクトリノックスがどのように売られているのか、銀座店、表参道店へ行ってみたが、すでに完売だった。そこで、サッポロファクトリー店へ行ってみたところ、ここでもすでに完売。たまたま、一個持って行っていたので「店頭に置いた雰囲気を写真に撮らせてほしい」と言ったところ、僕のブログを見ていてくれたようで店員さんは大喜びしてくれた。僕も調子に乗って、一緒に記念撮影を撮らせてもらった。


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そのうち、接客中の店長の糸賀さんがやってきて、これまた大袈裟に驚いていただき、僕はちょっといい気持ち。3人で記念撮影を撮った。この両脇の二人、ただものじゃない。エンターテイメント性では、完全に負けた。僕は、咄嗟のことでポーズを取ることを忘れてしまっていた。ツイッターにつぶやくこともすっかり忘れていた。


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どうも、僕はセルフプロモーションが苦手のようである。



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投稿者 hidetoshi shinohara : 22:22 | コメント (6)

レンガの法則

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小樽運河のレンガの倉庫を見て、因果の法則を僕なりに発展させてみた。


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因果の法則とは、結果には必ず原因があるというもの。朝、起きて爽やかな気分でみんなに「おはよう!」と声をかければ、誰もが気分爽快になるというもの。逆に気分が悪く、「今日、一日始まるのが嫌だなあ」と思っている人に暗く挨拶されると、会う人にもそれが伝わり、嫌なエネルギーを引き寄せてしまう。


気分の悪い人は、みんなが気分悪そうにしている表情を見て、ますます嫌な気分になる。これは、自分自身に原因があることを気付かずに他人のせいにしているけれど、実はこの結果を生み出している張本人=原因は、自分自身にあるということ。


人は、人との出会いによって、自分を変えることができる。要するに自分の交友関係というのは、自分が発してきたエネルギーみたいなものが、同類を引き寄せてしまう。正直で誠実な人にはそのような人が集まり、悪いことを考えている人には、それなりの人が集まる。誰かの悪口ばかり言っている人は、周りが悪い人ばかりに見えてくる。自分の周りにはいい人ばかりだと思っているといい人が寄ってくる。愛しているヒトには、愛されるので自然と笑顔になる。奥さんに文句ばかり言われている旦那さんは、だんだん暗い表情になってくる。


この法則は、一日で激変するということでもない。この小樽運河の倉庫のようにレンガをひとつひとつ積み上げて、はじめて倉庫という形になる。そして、何年の月日を経て味わいのある表情になる。毎日、ひとつひとつの積み重ねが、自分の人格形成につながっていく。


自分が幸せになりたければ、まずは自分を律することから始めよう。
これを今日からレンガの法則と名付ける。



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投稿者 hidetoshi shinohara : 12:23 | コメント (4)

幸せへの扉

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閉ざされた頑丈な扉を見て、ふと思った。


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『大人になると、みんな本音で語らなくなったなあ』と...子供の頃は、思ったことをすぐ口に出し、表裏なかったはずなのに。それが、人を傷つけてしまったり、喧嘩の火種になったりと不都合な欠点もあったけれど。


大人になると妙に衝突しなくなり、「本音で語りましょう」という言葉につい調子に乗ると痛い目にあう。もちろん、大人の本音だから相手のことをよかれと思って言っているのだが、その口車に乗せられてはいけない。それとは別に心の扉を開けて、自分が不利になることでもオープンに曝け出せたらきっと信頼関係ができるのだと思う。


愛がなければ、自分を曝け出すことができない。お互いに目に見えない共通の価値観でつながっていると思える時が心地いい。この扉の向こうにある宇宙とつながることが、本当に感じ合え、わかり合える瞬間だ。愛は、時間を超え空間を超え、どこかで同じ感情が芽生えているということ。それを見えなくしているのが、この扉ではないだろうか?説明できない何かがそこに存在するのではないかと思う。新しいヒトやコトに出会った時のあの何とも言えない、直感、官能、ときめき。


幸せって何だろう?何も痛みがないということが幸せというわけでもない。むしろ、傷つき痛みを乗り越えた後に幸せがやってくる。この扉のように自分の中に限界をつくったり開ける努力をしなくなった時、幸せはやってこない。


だから、恐れず勇気を出して幸せの扉を開けよう。



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投稿者 hidetoshi shinohara : 22:19 | コメント (14)

お別れ

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6月29日、友人でフォトグラファーの五木田和彦氏が亡くなった。


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やっと、心の整理がついた。訃報の知らせが来た時は、本当に驚いた。僕達は、ある出会いから仕事を通じて急激に親しくなった。仕事でもプライベートでも多くのことを語り合った。一昨年、五木田さんが銀座で個展をやったときには、オープニングにスピーチを頼まれた。個展のための作品づくりにも同行した。その時、同じロケーションにいて、同じランクのカメラを使用して撮影したにも拘らず、あとで写真を見せ合った時にはまったく違ったものが出来上がっていたのには驚いた。


僕がいつも写真のテーマにしていることは、見慣れた風景の中に美を発見することである。二人は五木田さんの故郷でもある千葉の田園風景へ車を走らせた。男二人が、無言で各自違う方向を見てシャッターを切っている姿は奇妙に映ったかもしれない。実は、「風景写真は、早朝か夕方」といつも僕が言っている言葉は、五木田さんから教わった。


そんなことが何年か続いて、今年の5月下旬、久しぶりに電話があった。「篠原さん、元気?」という声が苦しそうだった。「五木田さん、調子悪そうだけど大丈夫?」「実は、手術をして終わったばかりなんだ。今はもう大丈夫」そんなやりとりをして、僕は「お見舞いに行くよ」と言ったら「いいよ、いいよ。遠いからいいよ」と彼は言った。とりあえず、病院名を聞いてナビを頼りに行くことにした。


「それよりも篠原さん、最近、車乗ってる?」と車好きの彼は言った。「いや、あまり乗っていないんだ。だからドライブがてらにお見舞いに行くよ」「実は、兄貴がマセラッティを買ったんだ」とうれしいそうに言った。お兄さんは著名な音楽プロデューサー。「じゃあ、マセラッティに乗せてもらうことを楽しみに早くよくならなくちゃ。その時は、一緒に乗せてよ」と僕は励ましの言葉のつもりで言った。「うん、また写真撮りにドライブへ行こう」と言ったのが彼の最後の言葉だった。


それから、6月に入り、僕は自分の誕生日をお祝いしてくれることに浮かれていた。正直、五木田さんのことなんか頭の隅に追いやっていたのだと思う。でも、どこかで、お見舞いに行かなくてはと思いつつ、6月の下旬になってしまった。『そろそろ、お見舞いに行かなくては。もう、退院したかな?』などと思っている時に訃報の知らせが届いた。


お通夜で集まった人達に聞いたら、手術後、親しい人に電話をかけまくっていたみたいだ。自分で何かを察してお別れをしたかったのだろうか?きっと、寂しかったんだよね。五木田さんのお母さんとお話したら、ちょうど僕の誕生日くらいに容態が悪くなって意識がなくなったと聞いた。


本当は、ドクターストップがかかっていてハードなフォトグラファーの仕事はしてはいけなかったようだ。それでも自分のやりたかったことを貫いた姿勢は立派だった。次の個展の構想もあったのに志半ばにして、無念の死だった。元気に生きているのに好きな仕事をやって愚痴ってはいけないと思った。写真を通じて、感動を与えてくれてありがとう!五木田さんのような表現はできないかもしれないけど、表現者としての考え方はしっかりと受け継いだよ。



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投稿者 hidetoshi shinohara : 13:19 | コメント (4)

先輩後輩

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ITの誕生祝いにピンクの薔薇の花束をプレゼントした。それは、いつもしごかれている後輩が全てケーキから、花束まで用意してくれた。そのピンクの薔薇はすごくきれいだった。


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僕は、あまり体育界系の先輩後輩は好きじゃない。でも、ITに言わせると、僕のこと、最初、すっごい怖かったらしい。


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「えーーー、こんなに優しいじゃん!ほら?」と満面の笑みで微笑み返してあげたら、「きもっ!」と言われた。


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その後輩のTは、いつも先輩に怒られ、僕の方がハラハラしてしまう。何もそこまでしなくてもと思うのだが、「私の時は、厳しかったくせに...」と言うような目つきをされると、ちょっと心当たりもなくはない。それは、僕自身がまだ若かったからだよ。この業界を征服することで頭がいっぱいで、いつもいらいらしていた。ITのもっと前のスタッフには、「首だーーーー!明日から、来なくていいーーー!」などと叫んで、さらに別な先輩が「私の顔に免じて許してやってください」と言うので、「じゃあ、許す!」ということもあった。


やれやれ、自分で書いてて恥ずかしくなってくる。今では、すっかり反省して我慢という言葉を覚えた。カーネギーの「人を動かす」という本も読んだ。僕は僕なりに、悩んだものだ。


その中で、Tは美意識が強く持って生まれた才能はあるのだが、実務がまだ経験不足でしごかれている。いつもは、しょぼくれていることもあるけれど、今日は笑顔でいてくれたので、その素敵な笑顔を写真に撮ってあげることにした。デザインセンスは、天性のものを持っているので、彼女にはいつも驚かされる。きっと、将来、優秀なデザイナーになると思うよ。今は、我慢の時だ。面接の時は、見ず知らずの人間同士が出会って、こうやって苦労を共にしているのだから、これからは笑顔で仕事しようよ。



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投稿者 hidetoshi shinohara : 17:30 | コメント (0)

アイデンティティー

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同窓会に出席してから、自分を見つめ直す機会が多くなった。


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30年間、ただひたすら前を見て走ってきた。故郷を懐かしんでいるようじゃ、考えがぬるいと自分に言い聞かせてきた。でも、気がついたら人生の折り返し地点をとっくに過ぎていた。フルマラソンで例えるなら、給水を取らなければならない時期なのかもしれない。


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2年前、札幌へ帰省した時、どうしても自分のルーツが気になり、車で石狩湾から北上して雄冬まで行った。もうちょっとで、留萌へ辿り着くところだったが、行く勇気がなかった。何を恐れていたのだろう。ちやほやされたかったのだろうか?自分が頑張ったことを認めてほしかったのだろうか?いや、まだ早いとでも思ったのだろうか?


よく考えれば、どんな人だってみんな苦労をともにして歳を重ねてくる。自分だけではないのだ。みんなに会って、やっと分かった。誰も口には出さないけど、笑顔で笑い飛ばし、何事もなかったように、いにしえの記憶を手繰り合う。つらいことは、忘れよう!ただ、それだけでいいではないか?


その時、雄冬で撮影した2枚の写真。ちょうど、季節は今頃だった。1枚目は、曇り空の寒々しい北国の日本海。何か空虚な感じがした。それが、どうしたとでも言いたげなふてぶてしい海。昔の自分を見ているようだ。


2枚目は、三脚に中判カメラを取り付け、しばらくアングルを探っていると、雲の隙間から光が差してきた写真。あまり、深刻に考えるなよ!とでも言いたげに。昔のみんなに会って、気がついたら馬鹿話をしている今の自分がいた。イタリア、ルネッサンス期の絵画のような御来光だった。


どんなに都会人ぶっても、北国の素朴な自分を打ち消すことはできない。歳はただ、呆然と取るものではなく、様々な困難を乗り越え、重ねていくものである。この陰と陽が、誰もが持っているアイデンティティーなのだ。僕は、何か大切なものを忘れていたような気がする。



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投稿者 hidetoshi shinohara : 21:52 | コメント (12)

タイムスリップ

出会い

留萌高校の同窓会へ、札幌まで「故郷に錦を飾り」に行ってきた。
まるで、ビデオの巻き戻しのようにキュルキュルキュルーーッ!という
音とともに過去へ遡った出来事だった。


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1ヶ月前、親友Sから「おまえと同窓会に出席するために北海道へ一緒に帰る」と連絡があった。僕は、「ウチには、通知が来ていないのでおれは行かない」と言っていたのだが、ある日、FAXが流れてきたので行くことにした。どうやら、僕は行方不明者になっていたらしい。


会場に着くまで、ドキドキしたなあ。みんなに忘れさられていたらどうしよう。がむしゃら仕事に明け暮れた30年だったから。親友Sから、携帯に連絡が入り、「おれ、もう待ちきれない。どこかで待ち合わせしようぜ!」「おれも、もう待てないよ!」


最初の一言は、なんて挨拶するのだろう。もう大人だからね。な〜んて、余計な心配したりして。『あっ、大変ご無沙汰しております。覚えていらっしゃいますでしょうか?ワ・タ・ク・シ・・・』と、大人っぽく深々とお辞儀をして名刺を差し出すのかな。親友Sから、「名刺を2箱持って来い!」と言われていたので言いつけを守った。マドンナに会えるかな?


ホテルのロビーで、最初にアッキ(バンドのドラム)に会う。「おおおおおおお!!!!!」僕は、いきなり何を思ったか「おれさあ、去年、ギター買ったんだよ」何もいきなり、そんな話をしなくてもいいのに。その後は、会場へ近づくごとに、ハグ、「おおおおおおお!!!!!きゃあ、わーー!」のけぞりの連続。


僕のクラスのテーブルには、大人のレディが2人座っていた。軽く大人の挨拶をして、過去の記憶を手繰り寄せていると、向こう隣の女性がいきなり「シノハラって、馬鹿だったよね!」『えーーーーっ!!!!!開口一番、それはないだろ!』「あっ、おまえ、ケイかっ!」、「だから、言ってるだろ!」反対側の席にも大人のレディが2人席につき、「あ、シノハラ、久しぶり!」いきなり、きれいな大人のレディに呼び捨てにされて誰だっけ?あっ、副委員長のイックだ。「シノハラって、なんか変なやつでさあ、ぼーーっと漂っていたよね」とイックが言う。『なんだってーーー!』「女子の間では、いいって言う子と、なんか変って言う子と半々にわかれていたんだよ」『知らなかったーーー、ショック!』「いつもギターケース持ち歩き、何かバイクの絵を描いていたね」


そういえば、鞄の変わりにギターケースに教科書を入れて、肩まで髪を伸ばし通学していた。特にバイク好きだったわけではないが、メカニックな何かに惹かれて、描いていたのだと思う。両隣に大人のレディが座っていたので、すっかり気取っていたら、段々と話している相手の顔の向こう側に、うっすらぼんやりとあの当時の顔が浮かび上がってきた。


ケイ(魔女)、のぞ(テニス部)、イック(副委員長いつもニコニコ)、ハセちゃん(八千草薫似)、エコちゃん(清純系)、ガワちゃん(バンドのベース)、ミズノ(指揮者)、ミヤケ(下宿でモクモク)、ベッちゃん(学級委員長)、マツモトーーーー!(淑女)、チョウナンーーー!(膝を叩き合った変態女)、テンコーーーー!(大笑い女)、ニシダ(ドラム)、コマタ(コマシ)、ヒロシ(ベース)、その他ちょっとしか話せなかったみんな元気そうだね。当時は、「好き」って言えなかった人に会えたり...


高2の時、クラス全員停学になって、新聞に載ったね。男は全員、護送車に乗せられて、鉄格子を握りしめ、見送るクラスの女の子達に手を振った。警察署に着くと、それぞれの親が真っ青な顔をして迎えに来ている。僕たちは、酒を飲んで大暴れしていたのだ。急に酔いが醒め、お巡りさんが「バケツに吐きなさい」と言うので、顔を近づけると、先に誰かの○○がたっぷりと...それを見て、さらに気持ち悪くなる...今では、もう「そんなこともあったね」と思い出に浸る。(もう、時効だよね)


5件目まで行ったころには、男3人女3人になっていたけど、気がついたら朝方4時をすっかり回っていた。北海道の深夜は、さすがに肌寒かった。アッキが、「おまえ遠くから、遥々来たのだから、何食べたい?」というので、「北海道人らしくジンギスカンが食べたい」と僕は言った。こんな朝方に開いている店はないと思ったけど、ススキノにはあるんだな。


あの頃、誰かの家に集まっては酒を飲んでタバコを吸ったよね。「おまえ、何吸っていたんだっけ?」「おれ、ショップ(ショートホープ)!」「おれ、ハイライト!」「おれ、チェリー!」、これも時効です。許してください。今では1本も吸いませんから。みんなでさらにビールを飲みながら、「おいしいね!おいしいね!」と言って別れた。


最初は、気乗りせず、当社スタッフに「社長!人脈作りですよ!」と言われて、渋々出席したけど、みんなと会ったらそんなことどうでも良くなってしまった。
ああ、青春!書ききれない。今回は、改めて僕自身のアイデンティティーを認識する旅となった。いつもこのブログを読んでいただいているみなさん、私事ですみません!しばらくは、興奮して何かに定着しないと落ち着かないのです。


いやーー、30年だよ。めちゃくちゃ楽しかったよ。また、会おうね。



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投稿者 hidetoshi shinohara : 13:34 | コメント (14)

ヒーローとスター

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プレゼンの帰り道で、ヒーローに会った。


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「やあ、ウルトラマンじゃないか?」と僕は、言った。「シュワッチ!!」と元気のよい、お返事だった。「せっかくだから、ヒーローとスターで、写真を撮ろうよ」と、僕はヒーローを誘った。彼は快く、「シュワッチ!!!!」と応えた。

スターって、誰かって?それは、僕の事です。自称、デザインスーパースター。でも、僕はちょっと、このヒーローを尊敬しているんだ。だって、きっちりと3分で仕事を片付けるところなんか、プロなんだよね。さっさと仕事を片付けると、両手のホコリを払いのけ、天を仰ぎ、「シュワッチ!」と言ってM78星雲へ帰っていく。

途中、M76星雲のフィットネスジムへ寄り、ベンチプレスでバーベルを挙げる。地球のファン達には、この大胸筋が売りだからね。そして、家に帰ってひとっぷろ、浴びるのさ!

ウルちゃんは、偉いなーー!僕は、つい最近までワーカホリックだったからね。『欲しがりません、勝つまでは!』の精神で、働かないことが、悪だと思っていた。最近は、ちょっと違う。がむしゃらやればいい、というものでもない。

仕事とプライベートをいかに両立させるか、ということが大事なんだ。それが、仕事にもプライベートにも生かされ、フィードバックされていく。昔の仕事仲間のみなさん、もう、深夜に電話かけてきても僕は、いないよ。

つまり、デザインスーパースターは、プライベートも充実していて、内面から輝いていなければならないということ。な〜んて、『ま〜だ?早くシャッター切ってよ』と同行しているIWに照れくさそうにぼやいた。


デザインスーパースターのバッドチューニング。



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投稿者 hidetoshi shinohara : 01:10 | コメント (12)

オレ、カエル!

出会い

週末、知人のフォトグラファーとフォトセッションのため、
千葉の山奥へ籠った。


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足下を見ると、新緑の中の枯れ草にまぎれて、カエルがじっと息をひそめていた。僕は、撮影そっちのけで腰を屈め、カエルと向き合った。夏だというのに所々に枯葉が落ちていて、カエルはその枯葉色にすっかりと溶け込んでいた。


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カエル:この人間、オレのことカエルだって気付いているのかな?
人間:気付いているさ!(僕は、心の中でつぶやいた)
カエル:げげげっ!マジ〜!オレ、完璧に枯葉だよ。
僕は、いつの間にかカエルと対話をしていた。


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カエル:人間って、たいへんだよなあ〜!会社で目立てば、叩かれるしさあ。
人間:そうなんだよ。今度、入社したIWは、前職の上司から、「言われたことだけをやっていればいい」とか、四大出ているから生意気だ」とか言われていたらしい。


カエル;オレみたいにこうやって、自然に同化すればいいのさ。みんな知らないかもしれないけど、オレ、害虫食べて、森のお掃除して、みんなの役に立っているのよ。オレ達を邪魔者にしたら、害虫が増えて、生態系が狂ってしまうからね。


人間:へ〜、偉いんだね。不気味な姿しているから、悪いやつかと思ったよ。
カエル:そりゃ〜、ないぜ!人間は、すぐ、自分が一番だと思っているからね。
人間:ごめん、ごめん!人間代表して、謝るよ。


カエル:そもそも、最近の人間社会は乱れているよ。「今の若いやつは...」っていうけど、大人が、そういう世の中を作ったんじゃないの?
人間:若い人達は、立派だよ。ウチのスタッフなんか、みんな20代だけど、僕があの年代の頃は、もっとダメ人間だったからね。
カエル:旦那、そりゃ〜、感謝しなきゃ!


そう言い残して、ピョ〜ン、ピョ〜ンと跳ねて、森の奥へ消えて行った。



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投稿者 hidetoshi shinohara : 02:22 | コメント (10)

ホワイトボード

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ビジネス書を読んでいたら、アイデアを出すにはホワイトボーが不可欠だ。と書いてあったのでさっそくホワイトボードを入れた。


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でも、ブラックで統一している書架にはこのホワイトボードがマッチしない。特注で、ブラックボードにホワイトのマジックペンで書くことも本気で考えた。それも、書架の壁面にぴったりサイズの特注で。


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しばらくホワイトボードを使ってみたけれど、使い勝手が良くない。少人数制でやっているのだから、テーブルを囲んで紙にアイデアを書きなぐった方が、距離感が近くていい。


ビジネス書とは、紋切り型に書くものだ。クリエイティブな仕事なのに、こうでなければならないなどということはないはずだ。独自のやり方でやればいいのに。こうでなければならない、という発想自体がすでに独創的ではない。


僕の会社は、スタッフのパーテーションを斜めにカットしてある。左を向けば、パーテーションが高く、他の視界を遮りパソコンに集中できる。でも、まわりの空気を察することも大事だ。誰かが、忙しかったり、困っているとき、見てみぬ振りをするのではなく、お互いに助け合うことが必要なのだ。


それで、通路となるスタッフの正面パーテーションの右側を斜めに低くして、ちらっと他を見渡せるようになっている。右側のパーテーションは、穴が開いていて、完全に密封するのではなく、気配を感じるように作られている。


僕のスペースは、オフィスの真ん中を書架で仕切り、スタッフの姿見えないようになっている。だから、監視されずに仕事に集中できる。僕が逆の立場だったら、監視されて仕事なんて、集中できない。仕切りはあるけれど、ドアはつけずにオープンスペースにして風通しを良くしてある。


ここで、見ず知らずの人達が出会って、信頼関係を築き、みんなよく働いてくれる。そして、みんな積極的にホワイトボードを使ってくれるけれど、インテリアにマッチしなくて気にいっていないんだよあ。



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投稿者 hidetoshi shinohara : 16:41 | コメント (0)

Sへ

出会い

日曜日に当社スタッフのSが結婚式を挙げた。
その前の週、スキー場で見た風景はこれを物語っていたのか?


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教会の扉が開き、父親にエスコートされてSは入って来た。扉が開いた途端、僕はまぶしさで直視できなかった。ヴァージンロードを歩き、僕の目の前を通過した瞬間、何かこみ上げてくるものがあり、感無量で涙が溢れてきた。彼女は、優しい光に包まれ、まぶしく光輝いていた。こんな気持ちになったのは初めてだ。

僕は、あの苗場の山の中腹で見た,不安定なところに心細く立っている二本の木とオーバラップした。二人は一つになり、そして光輝く。結婚式の前々日、Sはちょっとナーバスになっていた。新しい人生の第一歩は、誰だってこの風景のように不安でいっぱいなものだ。

普段、身近でコツコツと仕事をしている彼女とは別人だった。努力家でしっかり者の彼女は、いつも僕をサポートしてくれる。本当に働き者で勉強家なんだよ。クリエイティブにおいて、僕は上下関係を作らない主義なので、年齢や性別に関わらず、必ず自分の意見を言えるような環境作りをしてきた。

そんな中でもSは、自分の納得のいくまで議論を交わしてくる。あまりにも図星なので、僕は思わず感情的になりそうになる。だけど、僕が言い出したことだからね。「クリエイティブにおいては、ボーダーレスだ」と。そして、Sはクリエイターとして、人として、一人の女性として成長した。

とてもきれいだったよ、S。理詰めで納得いくまで、とことん議論する君は、少しチューニングを狂わすことも大切だよ。(このブログのテーマのように)あまり、旦那さんを追い込んで苦しめないように。男なんて、みんな子供なんだから。


これからは、人生のバッドチューニングを二人で歩んでほしい。



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投稿者 hidetoshi shinohara : 22:29 | コメント (16)