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瞑想

素敵ライフ

銀座の大人塾というところで、座禅を組んできました。


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座禅は、初めての体験。邪念があると、後からお坊さんが竹刀で「ばしっ!」っと肩を叩かれる、あれかと思った。ところが、この高野山の真言宗はもっと気軽にできたのでとてもリラックスした状態になれた。あまり、宗派にこだわらなくても良いというので真言宗がなんだか分からないまま受講してみた。密教とか空海という人物の名前は聞いたことはあるけれど...


僕にとっては、宗派がどうのこうのというのはあまり興味がないんだな。とにかく、人間として次の段階へ成長したいという思いから瞑想をして、邪念を取り払いたいと思った。この世の真理を突き詰めていくと、理不尽なことばかり。


人を踏み台にしてでも自分だけが成功すれば良いとか、虚栄心の塊のような人物が一見成功しているように見えたり。ある本に書いてあったことがきっかけで、環境を変えたければ付き合う人を変えなければならないという言葉に出会って、付き合う人を変えてみた。今までは、クリエイティブの業界人や企業の宣伝部の人達との付き合いが多かったが、業種で付き合うのではなく人格者との出会いを求めて積極的に外へ出向いて行った。


思った通りだった。素晴らしい人がいるものだ。僕は、そういう人達の仲間に入りたいと思い。もっと、人格者になるためにも邪念を取り払いたいと思ったのだ。もっと、精神性を高め、世のため人のために何ができるのか?大きなことはできないかもしれないけれど、心地良さを提供することはできるはずだ。僕が人格者になれれば、僕と出会った人は、心地良い気分になってくれる。少なくても人の悪口は言わない。愚痴はこぼさない。感謝の気持ちを忘れない。コンビニで買い物をしても「ありがとう!」と言う。笑顔を忘れない。自分が輝いていれば、きっと人々は幸せな気分になってくれるだろう。最近、出会った人達は、そんな人達ばかりだった。



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投稿者 hidetoshi shinohara : 21:49 | コメント (0)

鏡面世界

素敵ライフ

毎日、鬱陶しい雨の日が続くけれど、こんな日はカメラを持って外出してみることにした。ずっと、机に向かって考え事をしていると、息苦しくなってくる。その仕事内容が、自律神経についてだなんて皮肉なものだ。


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自律神経には、交感神経と副交感神経がある。交感神経は、太陽のように元気よく活発に活動するには良いが、ずっとそれが続くとストレスになる。副交感神経には、夜の月明かりのようにほんのりとリラックスした気分を与えると日中の疲れを解消してくれる。旅に出て、自然に触れることも副交感神経にいいらしい。


日中、仕事はハイテンションなので、人間関係にイライラ、プレゼンが思い通りにいかないとイライラ、電話に出るとしつこいセールスにイライラ、せっかくの出かかったアイデアがすっ飛んでしまう。


それを解消するために雨の日は、鬱陶しいなどといわず、空気を楽しめば良いのである。と自分に言い聞かせる。梅雨空の一瞬の晴れ間は、空気が澄んでいて緑がきれいだ。


ふと、池の周りを歩きながら、半円を描いていた木立が池に映って球体になっていることに気づく。まるで、合わせ鏡のように上下を反転して映り込んでいる。人間関係は、合わせ鏡のようなものだということを思い出した。つい、理不尽なことに感情的に反論してしまったり、いちいち反応してはいけないのである。


人格者との人間関係を築くことを望むのであれば、自分自身が人格者にならなければならない。どんな理不尽なことにも感情的に反応せず、理路整然と受け流す心構えが必要である。そうだ、眉間に皺なんか寄せていないで笑顔でいよう。こんなきれいな池の周りを歩いていると、腰のまがったおばあさんと出会った。「こんにちは、緑がきれいですね」と声をかけてみた。おばあさんは、「こんにちは、ほんと、きれいだわね!」と返してくれた。鏡に映っている自分を見ているようだった。



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投稿者 hidetoshi shinohara : 19:58 | コメント (0)

静岡県伊久美

素敵ライフ

素敵ライフの提案プロジェクトチームで、静岡県伊久美の無農薬茶畑に行ってきました。初めての新茶摘みを体験。ずっと、都会のオフィスで仕事をしているとパソコンの画面がこの世の全ての世界のような気がしそうだったけれど、こうやって自然に触れるっていいね!途中、東名高速では大きな富士山が見えて思わず、わおー!って歓声が上がってしまう。(感動的で写真撮ることをすっかり忘れてしまった)


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伊久美に到着すると、農家のおばさんがワンボックスカーで迎えに来てくれた。みんなでこちらに乗って、獣道みたいな参道を車で登っていく。茶畑に到着すると、視界がぱーっと開け、一面が茶畑だった。


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農家のおじさん、おばさん達、みんな親切で笑顔がとても素敵。こういうのが素敵ライフの提案なんだろうなあ?と一人悦に入っていた。もう、高級ブランドがどうだとかいう時代じゃないんだろうね。もう、あまりモノはほしくなくなってしまった。こういう空気はなかなかお金では買えないからね。


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茶摘みが終わると、バーベキューをご馳走になる。イノシシの肉なんて久しぶり。野菜がとても美味しい。


帰りは、山を下りてそば打ちを初体験。山林のフィトンチッドをたっぷり浴びて、嫌なことも心配事もぜーーーーんふっとんでしまった。遠足の前の日の興奮で、財布忘れてしまったけれど、そんなこともどうでもいいやっ、って気にさせてくれる。また来るからね、伊久美ちゃん!



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投稿者 hidetoshi shinohara : 00:25 | コメント (0)

自ら動けば、新しい出会いがある

素敵ライフ

今年から、始まった月一回の朝会。今のところ皆勤賞。今月は、ホテルコンラッドで朝食会。いろいろな異業種の方々と、まったく異なったジャンルの話を聞けることが新しい発見がある。人は、何かに吸い寄せられるように集まったり、また、離れたり...


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それぞれの思惑や、この人と組めば何か新しいコトが生まれるかもしれない、という期待感。でも、相手に依存ばかりしていてもダメなのである。日頃から、確固たる信念を持っていなければ共感してくれる人が吸い寄せられるはずもない。僕は、いつも口にする「インパクトより、共感」という言葉がある。広告クリエイティブでも、人付き合いでもインパクトのあるモノ、コト、人は、花火を打ち上げた時のように瞬発的に印象を残すが、場所を変えてまた別のインパクトに出会うと、前の出来事を忘れてしまうのではないだろうか?


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一昔だったら、それでも良かったかもしれない。情報が溢れかえっている現代は、インパクトがあちこちにあり過ぎて、逆に印象に残らなくなってしまう。それよりも、時間軸を長く取って、価値感の会う人達に「わかる、わかる!」というような共感性を得る方が、長く印象に残る気がする。所詮、世の中の全ての人や、出来事に関わることは不可能であるのだから、共感という部分で取捨選択をしていかなければならないだろう。


そんなことを思いつつ、ホテルコンラッドの天井を見上げると、木の枝をうまくアレンジしたシーリングランプに出会った。洗練された空間にちょっと温もりのある木の素材を取り入れたところが、オリジナリティがあって共感できる。インパクトのあるデザイナーズブランドの照明よりもこちらの方が、ぐっと心に突き刺さるのは、僕だけであろうか?



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投稿者 hidetoshi shinohara : 21:25

光輝く輪のアートフラワー

素敵ライフ

VIGLOWAの言葉の由来は、Vi(美)+glow(輝く)+wa(輪)、ヴィグロワは美しく輝く輪。現在、開催中の野田尚之の企画展に作家の知り合いのフラワーショップから、きれいなアートフラワーが届いた。企画展のテーマに合わせて、宇宙とか星空をイメージしたような粋な計らいである。


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アートをもっと生活に密着させたいという思いから、ギャラリーをオープンして2年近くが経つ。最初は、こんな無名で実績もないところに作家なんて集まらなかった。今までの仕事仲間に声をかけてみたものの、賛同してくれた人は、ほんのわずか。こちからいろいろな人に声をかけたけれど、みんな気のない返事だった。「こんな不景気でアートなんて、厳しいんじゃない?」というのが多くの人の意見だった。


アートのラインナップは、なんでもいいということではない。こだわっているのは、REFINE。洗練という言葉に訳されるけれど、RE+FINEという風にも読み取れる。もっと、深く意味をひもとくと、「RE=さらに」、「FINE=優れているもの」、さらに良いものに磨きをかけるというようなことだろうか?アートをアートだけとして鑑賞するのではなく、アートの飾り方、アートの楽しみ方、アートと暮らす方法、アートによって生活が素敵になる、というようなギャラリーにしたかった。言葉で端的に表現できているかどうかわからないけれど、ずっとその思いを発信し続けていたら、それに共感してくれる多くの人に輪となって集まっていただいた。


以前、異業種交流会の壇上でアメリカ法人の社長を努めたという日本人社長は、「輪になってみんなで協力するなんていう考えは甘い!」と言っていた。果たして、そうだろうか?日本人は、輪や和を尊ぶ国民なのではないだろうか?自分さえ良ければいいという個人主義よりもみんなで力を合わせて、素敵な暮らしを提案する方がいいと思う。与える者は、与えられる原理原則にかなっているような気がする。
野田尚之の作品にインスパイアされたアートをフラワーを見て、美しく、輝く、輪となって広がっていくような気がした。



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投稿者 hidetoshi shinohara : 23:44

Merry Cristmas!

素敵ライフ

ギャラリーヴィグロワというのは、ギャラリーというよりはショールームにしていきたいと思っている。なぜなら、僕自身が家にアートを飾りたいと思ってギャラリー巡りをしたところ、「なんでこんなに敷居が高いのだろう?」と疑問に思ったから。


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村上隆や奈良美智が大成功してからというものの、日本のギャラリーの多くは、右へ習えとばかりに現代アートが主流になっているような気がする。それが悪いというわけではないけれど、家にアートを飾って、きれいに掃除して、おしゃれな空間ができあがったとき、人を呼びたくなるようなアートがあってもいいのではないかと思った。有名だとか無名だとかではなく、飾ってその空間に調和するアートが理想的だ。アートは人に驚きを与えるだけではない。人に心地良さを提供するアートがあってもいい。


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そんな思いをWEB上で発信続けていたら、毎日新聞社の編集者の方から電話取材を受けた。「クリスマスパーティに室内を飾る」というテーマだったので、+αのコーナーにVIGLOWAのことを紹介したいと連絡があった。電話で何度かに渡ってお話をしているうちに「こういうギャラリーって、ないですね」と言われて、とても光栄だった。たとえ、小さなコーナーであっても、VIGLOWAのコンセプトを理解していただけたことがすごくうれしかった。


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そう、「なんでこういうギャラリーがないのだろう?」という疑問から、「ないのであれば自分でやってみよう」というのがスタートだった。まだまだ、日本では気軽にアートを飾るという文化が根付いていないようだけれど、おしゃれなファッションに身を包むような感覚で、アートを着飾るような感覚が生まれると生活が豊かになると思う。だから、仰々しく「すごい作家です」というような雰囲気を出さないようにしているのです。



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投稿者 hidetoshi shinohara : 23:13

アートと暮らす

素敵ライフ

デザイン会社の半分をギャラリーとしてオープンしてから、1年と9ヶ月が経つ。この間、いろいろ試行錯誤しながら考え方が言葉として纏まってきた。いわゆる、コンセプトというやつ。コンセプトという煙に巻くような言葉を使いたくないから、考え方とでもいうのであろうか?簡単にいうと、自分が「こんなギャラリーがあればいいのになあ?」と思ったことからだった。なぜ、多くのギャラリーは、難解な現代アートが多いのか?もっと、身近なアートを探すと途端に壁紙のように安っぽくなってしまう。そこで、ギャラリーの考え方を以下、平易な言葉でまとめてみた。そして、自宅の生活空間で「アートのある暮らし」を実践してみた。


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アートには、いろいろな解釈があると思います。有名作家をコレクションする満足感、または、部屋に飾ることによって生活が豊かになるアート。ギャラリーヴィグロワでは、有名無名に関わらずアートを部屋に飾って、生活空間がおしゃれになったり、素敵になったり、ついつい友達に電話して「うちに遊びに来ない?」と言いたくなるような素敵ライフを提案していきたいと思っています。


「今までのギャラリーでは、敷居が高すぎる」でも、「百貨店やインテリアショップにあるポスターでは軽すぎる」と思われている方にぴったりの中間を目指しています。投資のためのアートや難解なアートではなく、生活空間を彩り素敵になるアートがあるといいですよね。「海外のインテリア雑誌や書籍に載っているようなアートはどこに行ったら買えるのだろう?」と思っていました。多くのアートギャラリー、画廊はなかなか敷居が高く、アートを鑑賞するにはその世界に入り込めますが、感動のあまり「自分の部屋に合うのかどうか?」ということを考える間もなく、その場を後にしてしまいます。


本当は、アートを鑑賞しているときに想像していただきたいことは「自分の家のどこに飾ろうか?」「リビングに飾ると家族が明るくなる」「仕事から帰ってきて、自分の書斎に籠ったときに落ち着く」「トイレにもキッチンにも玄関にもベッドサイドにも素敵なアートがあれば、心がなごみ生活が豊かになるだろうなあ?」などと夢を膨らませることです。ダイニングテーブルにさりげなく乗った一輪の花、窓から斜めに射し込む午後の日射し。階段の踊り場に飾られてあるアートなど、通りがかりにちらっと目にするアートは主張もないけれど心地良いものです。私たちが目指すアートは、そのようなアートです。


こんなギャラリーがなかったので、自分でギャラリーを始めてしまいました。難しい言葉ではなく、みなさんに共感していただけることばで、飾らず気取らずありのままの気持ちをステートメント化しました。




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投稿者 hidetoshi shinohara : 11:40 | コメント (0)

悟りの窓、迷いの窓

素敵ライフ

オフィスにアートギャラリーを併設して、9ヶ月が経った。長年、広告デザインの仕事をやってきてアートに触れてきたけれど、いまだ暗中模索中。出張に行ったついでに京都へ立ち寄った。目的は、アートディレクターの元祖、本阿弥光悦の光悦寺に行くことであった。この話は次回にするとして、先に近くにある源光庵を見た。


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悟りの窓を実際に見てみたかったからである。あの「そうだ京都、いこう。」の広告で誰もが見たことのある、ま〜るい窓である。歴史的なうんちくは、WEB上で多くの方がたくさん書かれているので、ここでは敢えて触れないことにする。


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なぜ、悟りの窓は丸くて、迷いの窓は四角いのか?円形は、禅と円道、大宇宙を表しているそうだ。四角い窓は、生老病死四苦八苦を表しているという。ここへ来て思ったことは、迷っている暇があるなら行動に移せ!ということだった。四苦八苦しながら、そりゃあもう、楽ではありません。でも、とりあえず行動に移すことによって問題点や課題が見えてきて、迷いながらゴールに近づいていくような気がする。世の中の多くの人は、「とりあえずビール!」と注文するけれど、とりあえずチャレンジということには、なかなか二の足を踏むようである。


とりあえず、行ってみたかった京都の源光庵。ミニマムな精神性の強い様式の中に身を置きながら、迷いながら悟るということに気付かされた。




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投稿者 hidetoshi shinohara : 00:22 | コメント (0)

上善水の如し

素敵ライフ

滝の水は上から下へと流れる。相手の器に応じて、いかようにも形を変えていくことができる。そして、つねに低いところへと流れていく謙虚さもある。という老子の言葉。改めて、僕はまだまだこの域に達していないと思い、自分を戒めた。


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以下、老子の言葉。

タオの在り方に一番近いのは天と地であり、
タオの働きに一番近いのは水の働きなんだ。
そして、タオの人がすばらしいのは水のようだというところにある。


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水っていうのはすべてのものを生かし、養う。
それでいて争わず、威張りもしない。
人の嫌がる低いところへ、先にたって行く。
水はよほどタオの動きに近いんだ。


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タオの人は、自分のいる所を、いつも善いところと思っている。
心は、深い淵のようなに静かだ。
つきあう人をみんな善い人だとし、
自分のいうことはみんな信じてもらえると考え、
社会にいてもタオの働きの善さを見失わない。
その人は、手出しをしないであらゆる能力を充分に発揮させ、
人々は自分の一番いいタイミングで活躍する。

これをひと口でまとめると争うな、ということだ。
水のように、争わなければ、誰からも非難をうけないじゃないか。

                      (タオ/老子 訳:加島祥三)

歳を重ねるごとに謙虚さが大事なんだよね。(hide★の言葉)



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投稿者 hidetoshi shinohara : 00:10 | コメント (0)

ときめき

素敵ライフ

50歳を迎えて何かが変わるだろうか?


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故郷との再会が人生を変えるなんてことがあるとは思わなかった。それは、自分を見つめ直し、ときめいた半年間でもあった。生涯のうち、こんなに自分の過去を思い出したことがあっただろうか?


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あの、透明で澄み切った夜空。丘の上から見下ろしたキラキラ輝く海面、雪解けの小川のせせらぎ...こんな些細なことに意識を向けてこなかった。


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デザインの仕事を通じて自分が何をやるべきかと考えてきたことが、自分のルーツから来ているものだということが理解できた。デザインといえば、先進的で尖ったものという考え方があるかもしれないが、僕が考えるデザインとは見るヒトに「心地良さ」を提供すること。


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地球環境が注目されている時代であるけど、人間環境も大事なこと。僕には地球を救うなどと大それたことはできないけれど、デザインを見たり触れたりしたヒトがささやかな幸せを感じてくれればそれでいい。そうなれば、人間同士が穏やかになり、共存ということをもっと改善していくことができるのではないだろうか?


そして、デザインは素敵であること。なぜかって?素敵なヒトや素敵なモノに出会ったとき、すっごくときめくから。50歳になったって、『年を取った』なんて言わない。年齢は、年を重ねて深みを増していくもの。これからの人生はあの若い頃と同じようにときめきを忘れないこと。素敵、大好き!


18歳の春に単身、何かに突き動かされるようにときめいて、東京へ飛び出して来た頃のことを思い出した。



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投稿者 hidetoshi shinohara : 14:59 | コメント (8)

赤い薔薇

素敵ライフ

僕の誕生日にスタッフがお祝いにプレゼントしてくれた薔薇をTがドライフラワーにしてくれた。


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すごく、おしゃれだね。ここは、夜遅くまでみんなでデザイン会議をするミーティングルームの一角。「心地良さをカタチにするグラフィックデザイン」を理念にデザイン会議では、年齢、性別、立場を超えてボーダレスに自由に発言する環境を作ってきた。ただし、反対意見を言うときは、必ず代替案を出すことを前提にしてきた。


一番キャリアを積んできた僕だけれど、みんなに鍛えられたよ。うちは、なぜか女性スタッフが長くいてくれたので、それに慣れてしまった。会社設立当初は、絶対に男性スタッフを採用すると思っていた。言っちゃ悪いが、「女の子なんか気を使うし、言いたいことも言えず、なんで給料払っておれが顔色伺わなければならないんだよ!」ところが、気が付いてみれば、10数年、ほとんど女性スタッフ。口の悪い友人達は、ハーレムなどというけれど、女性スタッフの方が、僕にはない感性を持っていてとても刺激になった。


そのひとつにこんなしゃれたドライフラワーをさりげなく飾ってくれるセンスなど、僕にはなかったなあ。と感心している。


女性スタッフは、きめ細かくところに意識がいくし、ダメなことははっきりと「それはダメですよ」と言ってくれる。上に立つ者だって、時には脱線することだってあるものだ。それを正してくれる、野党の存在がうちのスタッフ達だ。さて、赤い薔薇を口に加えて、夜の街にでも繰り出そうか。そんなことしたら、野党に「また馬鹿なことを考えて、仕事してくださいね」と言われそう。それもまた、心地良い。



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投稿者 hidetoshi shinohara : 00:13 | コメント (0)

50という節目

素敵ライフ

7日で僕は50歳になってしまった。


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昔は、人生50とか言ったとか言わないとか。40歳になったときよりもあまり変化は大きくないかなあ。この10年間で少しは変わったのだろうか?変わったことは、相手のことを思いやる余裕がでてきたことかな?


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仕事中、そんなことをしみじみと考えていると、スタッフに食事に誘われた。『毎日、遅くまで仕事しているのだから、たまには早く帰ればいいのに...』と思いつつ、単純な僕は思いとは裏腹にうれしさを隠しきれずに事務所を後にした。


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いつもは、仕事での緊張からか、みんなにいらいらしたり怒ったりしてしまうけど、こうやって仕事を離れるといいスタッフに恵まれて幸せだと思う。別にこのブログを読むことを意識して媚びているわけじゃないからね。グラスを傾けながらみんなの顔をあらためて見ると、とてもいい笑顔をしていたので、心からそう思ったんだ。


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具体的にどこがいいかというと、みんな素直さを持ち合わせていること。仕事上、うまくいったりいかなかったりしても素直な気持ちを持っていれば改善していけるということ。他人の功績を喜び、他人のミスに寛大になり、そしてそれをどうしたら良くなるかということを話合えること。それができるスタッフと一緒に仕事ができるということが何よりも幸せだと思っている。


当社は、今年で16年を迎えた。これからは、もっとみんなにとっても幸せと思える環境を作っていきたい。心地良い環境、心地良い人間関係、心地良いデザイン、それを作っていくのが僕の仕事。


今年もありがとう。そして、これからもヨロシク!



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投稿者 hidetoshi shinohara : 20:47 | コメント (8)

信じること

素敵ライフ

桜が去っていく。また、来年もやってくることを信じている。


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多くの人は、何事もなかったように日常に戻った。僕は、まだ桜が最後の力を振り絞って、美しさを見せてくれているような気がした。満開の時だけが桜ではない。去っていく後ろ姿も美しいのである。


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先週、友人とジョン・レノンのLOVEについて語り合った。僕は、この曲を中2の時から聴いている。悲しくてやるせない気持ちになった時、心を落ち着つかせてくれて希望を持つことができた。いつか、こんな愛に触れることができるのだろうかと子供心に思った。辛い時、今でも深夜、暗闇の中でLOVEを聴く。友人は「小学生の時から聴いていた」と言っていたので負けているけど。


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ジョンは、ヨーコとの間に本当の愛に触れた時、愛は真実。真実は愛。愛は感じること。感じることが愛。と歌った。僕は、この詩の中に一行を付け加えたい。愛は信じること。信じることが愛だと。


人をどこまで信じるかというと様々な意見があるけど、僕は人を信じる心は大切なことだと思う。信じていけない時は、言動と行動が一致していない時。基本的に信念を持ってぶれない人を信じる。騙されない程度に。


桜は、毎年何も言わずにきれいに咲いてくれる。人が見ていようが見ていまいが...何も見返りを期待していない。人々に対して、自然に対して、野山の小鳥達や小動物に対して、愛を感じる。


桜が散っていく姿を見て、再度自分に言い聞かせた。
愛は信じること。信じることが愛。



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投稿者 hidetoshi shinohara : 16:17 | コメント (4)

また逢える

素敵ライフ

桜が散っていく。


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仕事の打合せで下北沢の駅から代沢へ行った。帰り道、桜が満開の遊歩道を見つけた。桜吹雪がとてもきれいだった。昼下がりの住宅街に平和なひとときを見つけた。


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自然と桜の周りには人が集まり、周りを明るくしてくれる。桜がそこにいるだけで気分が高揚してくる。僕は喧噪の人々をよそに一人離れて、満面の笑みを浮かべた桜の木の下に立って見上げてみた。どうか僕を抱き寄せておくれ。こんなに人気者の桜を一人占めしたい。


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そこへ横から風が吹き付け、桜の花びらが僕の体を包み込んだ。目をつぶって見ると、瞼裏のスクリーンには、灯台がある丘の海の情景。真昼の北国の日本海は海面をキラキラと太陽が照らす。何もない、誰もいない。潮風が僕を抱きしめる。そんな心地良さが時を超え、場所を超え、オーバーラップした。


今年も桜に逢っているときは、こんなにも美しく心躍らせてくれるのに、お別れは必ずやってくる。でも、きっと逢える。また、必ず逢えると想いながら桜の後姿が切ない。


桜はくるっと振り向き、僕に微笑みかけた。



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投稿者 hidetoshi shinohara : 12:35 | コメント (12)

変わらないコト、変わったコト

素敵ライフ

今年も桜が咲いた。


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毎年、相変わらず確実に咲く。自宅近くの小石川でも桜が咲いた。通称、桜並木通りといわれる播磨坂。こうやって、桜をあらためてみて見ると、多分、生まれた時から桜は変わっていない。ずっとずっと変わっていないんだろうな。逆に変わったコトって何だろう?


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子供の頃から、僕の中には二人の自分がいた。すっごく、積極的で何かに夢中になるとなりふり構わずやり遂げてしまう自分。そうかと思えば、何かもが嫌になって、ちょっとしたことでも傷つき悩み、地獄の果てまでも落ちていってしまう。


実は、未だにそこんとこ変わっていない。だから、面倒くさいやつなんだ。自分でもわかっているんだけどどうにもならない。綺麗なものや感動的なものに出会うとはしゃぎ回るくせに...どこかで、素直になれない自分もいる。


僕は、北海道育ちだったせいか、花見の印象が薄い。東京は、入学式の季節に桜が咲いて晴々した気持ちで新学期を迎えるけれど、北国の春は雪解けでぐちゃぐちゃで美しいという印象なんか何もない。


あの汚い春の印象しか残っていなかった。北海道も5月になれば桜が咲くけどまだ寒いし、それほど花なんかに興味なかった。天真爛漫でみんなの人気者の桜を僕はちょっと遠くで見ていた。まるで、気になるあの子に声もかけられず、もじもじしていた時のように。


あの頃、桜のコトを「好き」って言えなかったけど、今なら言える。この美しくて変わらない桜を見て「好きだよ」って。そこが変わったコトかな?そして、そこがこれからも変わらないコトかな?


気がついたら、素直になった自分がいた。



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投稿者 hidetoshi shinohara : 22:41 | コメント (2)

リピート

素敵ライフ

新丸ビルを歩いていると、面白い光景に出会った。


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繰り返し、繰り返し同じ造形物が繰り返されている。僕は、丸の内の新丸ビルの空間デザインが好きだ。ダークブラウンに、ミントグリーンのフロストガラスの組み合わせ。ブラウンとこのグリーンの組み合わせは想像もつかなかったなあ〜。


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照明も暗過ぎず、明る過ぎない。ショップも充実していて、ちょっと壁面に装飾を施している。各フロアーにはクラシックなものから、ソンプルモダンなソファも置かれていて寛ぐことができる。


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ラグジュアリーブームに乗っかっているような気もしたが、自然は形で天井から床までとても凝っている。そんな中で、リピートされている天井のアーチ状のフロストガラスがタイムトンネルのように異次元へ連れて行ってくれる。床はエッシャーの騙し絵のようで不思議な空間。


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リピートは単調にも思われがちだけど、このしつこいまでの繰り返しが、何か贅沢な文様に見えてくる。そして、高尚な絵画のように面と向って観賞する必要もなく、無意識に受け入れることができる。このリピートは、まったく主張することのない心地良さだ。最後の写真は、明治生命ビルの地下で、タイムトンネルのような空間があった。あの先に行くと,きっと時代を超えて旅をできるに違いない。原始人に会えるかな?



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投稿者 hidetoshi shinohara : 22:55 | コメント (12)

木々を見る

素敵ライフ

「木を見て森を見ず」とは、ディテールにこだわりすぎて、
全体を捉えられないことのたとえ。


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そうは言うけれど、都会の真ん中に巨大な大木があったり、ぽかんと口を開けている木があったり、ちょっと人とは違うのがいい、みたいなB型気質の枝があったり...木々を見ていると楽しい。


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デザインの世界では、「創造の神はディテールに宿る」という言葉もある。グラフィックデザインの世界は、ほんとに細かい。これが、1mmの10分の1が見えているか?見えていないか?を議論する時代もあった。そういう僕ものめり込むと細かいことにこだわる性質を持っている。


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でも、最近はパソコンがそこのところを数値化してくれて、そんなに細かい職人芸を持ち合わせなくても正確な線を描けるようになった。「そんなことができるからと言って、だからどうした!」という声が聞こえてきそうである。自分でも「だからどうしたというんだ?」と思うこともある。


僕達の時代は、その細かい線を手作業で描いたものである。息を止めて、何度も直線を引く練習をした。技術の習得という期間が必ずあった。しか〜し、それをしなくても便利な時代になったはずなのに、そういう細かいところに神経が行き届かないデザインを見ることが多い。これはどういうことか?つまり、細かいことを描けるということは、細かいことが見えているということなのだ。便利な道具があるというのに描けないのは、見えていないということでもある。


便利になりすぎて、結果だけを求め過ぎて細かいところに目が行き届かないという時代になってきたのではないだろうか?繊細さというのは感じる心を持ち合わせていることのような気もする。感受性が強くなると他人に対して思いやる心も持てるのだけどね。そんなことを考えて木々を見ていろいろと感じてみた。



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投稿者 hidetoshi shinohara : 22:56 | コメント (2)

あちらの世界

素敵ライフ

この道の向こうに何がある?


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老子は言う。
僕らは人に褒められたり貶されたりして、
びくびくしながら生きている。
自分が人にどう見られるかいつも気にしている。
しかし、そういう自分というのは本当の自分じゃなくて、
社会にかかわっている自分なんだ。


もっと、自分を信じて自分を愛するようになれば世間から爪弾きにされたって平気になるものさ。世間を気にしてびくついているよりも、どうどうと愛を叫ぶ方が素敵じゃないか?好きなものは好き、嫌いなものは嫌いとはっきりと言える自分になろう。


そして、信じる者を大きな愛で包み込む。信じられない者は信じなければいい。僕は人を騙したりなんかしないから。モノ作りにおいても同じことが言える。何かを信じて、まっしぐらに突き進んでいる人は、光り輝いている。社会の駒のひとつである自分は傷つきボロボロになることもあるけれど、あちらの世界に行けば、もっと違う自分がいるはずだ。


写真は六本木ヒルズの駐車場へ通じる通路だけど、こんなことを今回はインスパイアされた。



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投稿者 hidetoshi shinohara : 23:03 | コメント (2)

ゴールデン

素敵ライフ

たまたま、ロケ場所を探していて新宿ゴールデン街に辿り着いた。


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テーマはレトロ。なぜ、今、レトロなのか?何もかもが新しくなっていく大東京。表参道ヒルズも六本木ヒルズもミッドタウンもいいけれど、僕にとってはどれも一度行けば、もうときめかない。


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でも、この新宿ゴールデン街は通りを歩いているだけで違う。この壁の汚れ、配管のごみごみした感じ。コンクリートの亀裂。ポスターを剥がし痕跡。まるで、キャンバスに描かれた前衛芸術を見ているようだ。


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しかも、夜になるとネオンが、まさしくゴールデンに光り輝く。心もゴールデンになっていく。今どき、ゴールデンという響きも新鮮だ。


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特に懐古趣味があるわけではないけれど、なぜ、レトロがこんなに心に響くのだろう?それは、今より人々が親密で同じ価値観を共有しているため、お互いの理解が容易で相互扶助の考え方があったからと言われている。


現代の社会でそのような心の温もりを忘れ去られたことに憂いて、人々は今とは違う古き良き時代を求めるのではないだろうか?そういえば、昔懐かしい人に出会うと心の拠り所になるよね。


若ければいいというわけではない。僕たちの年代だって、老いぼれても心の中はゴールデンなのだ!!



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投稿者 hidetoshi shinohara : 22:10 | コメント (12)

レンガ作りのレストラン

素敵ライフ

古い写真を整理していたらこんなのが出てきた。


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これは、今から30年前、札幌へ帰省したときの写真。絵を描くためのスナップ用に一眼レフカメラを買った。気がついたら、暗室道具が全部揃っていた。


中野のボロアパートで、夏はエアコンもなく部屋の中は40℃近くになった。その中で現像液は20℃に保たなくてはならなく、現像バッドに氷とアイスノンを入れてパンツ一枚で汗だくになり現像した。


写真のことは何もわからなかったけど、シャッターを切ると写るというだけで喜んでいた時期。帰省の度にひとりでカメラを持って歩き回った。これは一体どこだったのか思い出せない。


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札幌のすすきのか狸小路をどこか東の方へ歩いて行ったような気がする。この風景好きだなあ。ジョン・レノンのロックン・ロールというアルバムジャケットみたいで。ここでジョンのように革ジャンを着て立ってみたい。


誰か教えて!そこの同級生!同級生という響きにどんなにか憧れたことか。



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投稿者 hidetoshi shinohara : 20:50 | コメント (10)

もうひとつのルーツ

素敵ライフ

小学校の頃、6年間を札幌で過ごした。


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なぜか、今になって小学校を訪ねてみたくなった。僕が通っていた和光小学校を同級生に連れられて訪ねてみた。

あの頃、60年代後半、高度成長期で札幌も活気づいていた。まだ、札幌市内にも牧場があり、同級生の友達にも農家の子がたくさんいた。あちらこちらにサイロもあった。学校帰りに搾りたての牛乳を飲ませてもらった。


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僕が住んでいたところは、北30条西3丁目。まだ、舗装道路もなく交通手段は路面電車だった。砂利道に馬車なんか通っていて馬糞なんかも落ちていた。
下水道も整備されていなくて、沿道には大きなドブがあった。


ある時、犬の散歩で自転車を乗っていたら、急に走り出した犬に引っ張られ、よたよたしてしまってそのまま頭からドブに落ちた。泣きながら家に帰ったら、おふくろに外に放り出されて、ホースで水をかけられた。


それが、札幌オリンピックの開催が決まった数年前から激変した。地下鉄工事に舗装道路。札幌と小樽を結ぶ札樽バイパスの工事が始まった。開通前のだだっ広いアスファルトの道路をみんなで自転車に乗って競争した。


モノクロの写真は、30年以上も前に撮影した札幌の写真。
どこか記憶がないけれど、僕の住んでいたところにもこんなサイロがあった。
小学校はもっと巨大に感じたけど、意外と小さかった。



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投稿者 hidetoshi shinohara : 15:41 | コメント (12)

お誕生会

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会社設立以来、スタッフの誕生日にはどんなに忙しくてもケーキを買ってお祝いをすることにしている。今日は、ITの誕生日。先輩後輩とかいう関係は、あまり好きではないが、後輩が日々お世話になっている先輩のために精一杯お祝いをしている姿は、微笑ましい。


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誰でもそうであるが、生んでくれた親に感謝を込めて、またその先の御先祖様にも感謝を込めてお祝いしよう。みんなのお陰で仕事がこなせていることに感謝、感謝。


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当社は、できるだけ年齢を超え、性別を超え、立場を超え、ボーダーレスの雰囲気を作ってきたつもり。歴代スタッフの中には、家族的すぎて会社らしくないという人もいたけれど、では会社らしさとは何だろう?上司がいて、部下がいて、各部署があり、経理があり、総務があり、営業部があり、重役室なるものがあることだろうか?


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クリエイティブな仕事しているのだから、常識を疑ってみることも大切だとおもうのだけれど。大きな組織であれば、そのような役割を明確にしていかなければうまくいかないかもしれないが、零細企業はもっと風通しの良いものにしなければならない。


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そのなことを真面目に考えているのに、三角帽を被せられて、写真を撮られしまった。今日は、もういいっか!店仕舞い!



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投稿者 hidetoshi shinohara : 22:55 | コメント (0)

札幌から新年

素敵ライフ

みなさま、新年明けましておめでとうございます。


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僕は、札幌で新年を迎えました。
なんだか東京タワーに似ているけれど、
これは、札幌のテレビ塔というものです。


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大通り公園の夜景も撮ってみました。
取り急ぎ、新年のご挨拶を申し上げます。

本年も宜しく、お願いいたします。



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投稿者 hidetoshi shinohara : 22:53 | コメント (20)

50

素敵ライフ

東京タワーは、50歳を迎えた。


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クリスマスイヴの夜、僕は天空から星空を散りばめたような東京の夜景を眺めた。みんなでケーキとシャンパンでほんのひとときクリスマスを祝った。


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連日の仕事の疲れか、僕はちょっとほろ酔い気分。現実と妄想の狭間で、なんだか幸せな気分になった。こうやって見ると、東京も悪くはない。北海道で生まれ育って18年。東京に住んで31年が経つ。ジョンとヨーコのHappy Xmas(War is Over)を聞きながら、想いを馳せる。この曲を聴いていると、愛とは何かを考えさせる。詩の一節を紹介しよう。

   今宵はクリスマス。
   また、1年が過ぎ去って、新しい年が始まる今、
   君の心に残る思い出は何?
   今宵はクリスマス。
   近しい人達、愛しい人達、老いた人達、若い人達、メリークリスマス。
   そして、ハッピーニューイヤー。
   何の迷いもなく、今年もよい年であることを祈ろう!
 
   今宵はクリスマス。
   弱い人達、強い人達、金持ちの人達、貧しい人達。
   世界はこれでいいとは思わないが、ともかくハッピークリスマス。
   肌の黒い人達、白い人達、黄色い人達、赤い人達。
   さあ、この辺で争いはやめようじゃないか...


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僕は、来年50歳を迎える。どんな年になるのだろう。僕が想い描いたことは、ほとんどが実現する。きっと、もっと幸せになるに違いない。

僕のアイデンティティー、北へ向かってHappy Xmas!
そして、世界中の人々の幸せを願って、Happy Xmas!



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投稿者 hidetoshi shinohara : 22:58 | コメント (10)

妖精ミュー伝説

素敵ライフ

早朝、夢を見た。
出口の見えない森の中で漆黒の愛馬ロメオに乗って、
僕は霧に包まれた森の中を彷徨っていた。


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舞台は中世のヨーロッパ。僕は、黒いマントを着た騎士だった。この国をさらに平和にするために、王から言付かった宮廷魔術師メイベリンは、ミントグリーンに発光する妖精ミューを探して連れてくるよう、僕に命じる。


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妖精ミューはあまりにも小さいので、後世、ミクロンを表すμという記号になる。(これは、夢の中の話だけど)その位、妖精ミューは小さくて人の目にはつきにくいらしい。噂によると、妖精ミューと出会って心が通じ合った時、ミントグリーンに発光し、周りを至福の輝きで人々を包み込むという。


妖精ミューに出会った人は、その後、輝きのある幸福な人生へと導いてくれる。権威や物欲を超えたところに幸福があると信じていた国王は、妖精ミューを人々に会わせることで、なにか大切なものを国民に気付かせようとした。


僕は、何十年もの月日をかけて、妖精ミューを探し出す旅に出る。旅の途中、多くの妖精と出会い恋に落ちる。その度にいつも妖精を弄び、僕は旅の疲れからか、騎士道を忘れ心が荒んでいった。


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30数年が経っただろうか。彷徨える森の中で妖精達が群れをなしていた。その中に一筋の光を見た。それは、あの伝説のミントグリーンに光り輝く妖精ミューだった。僕は、胸の高鳴りを押さえることができなかった。妖精ミューは僕の頭上高くに浮遊し、一向に近づける気配がない。


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「どうか、お願いだから、僕の手の平に舞い降りて来てくれないか」と僕は言った。妖精ミューは、人間の周波数に合わせたテレパシーで、「あなたのかっこつけたところが嫌!」と言った。僕は、高価な黒いマントを脱ぎ捨て、愛馬ロメオを森の中に逃がした。その光は、あまりにも眩しくて、妖精ミューの姿をこの目で見ることができなかった。



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投稿者 hidetoshi shinohara : 18:30 | コメント (6)

バランス

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アンティークショップで買った、アンバランスな天秤。


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デザイナーほど、バランスという言葉を毎日のように使ったり考えたりする職業は、ほかにはないのではないだろうか?スタッフが仕上げてきたデザインを「ここのバランスが...」「色のバランスが...」「レイアウトのバランスが...」と毎日のように使う。そもそもバランスとは何だ?


広辞苑によると、バランスとは「つりあい」、「均衡」を意味するのだそうだ。研究社英和辞典によると「天秤」「はかり」「釣り合い」「平均」「調和」「均整(美)」「(心の)平静」「落ち着き」だそうだ。


バランスを取るだけが、良いデザインだとは思わない。時には敢えてバランスを崩すことで、アグレッシブな表現になったりする。逆にあまりにもバランスを取り過ぎて、退屈なものになってしまったりすることもある。ちょっと、崩すというところがバッドチューニング。完全にチューニングがくるっているのではなく、ちょっとずらす。すると、ほんのちょっと、刺激的になるんだな。あくまでもバランス感覚を知った上でのことだけど。


これは人間関係にも当てはまるのではないだろうか?お互いが尊敬して、刺激を与え合う。でも、あまりにも気を使い過ぎてバランスを取り過ぎているとつまらない関係になってしまう。「やれやれ、手のかかるやつだ」と思いながら、他では何か刺激をもらっている、なんていうくらいがいいのかもしれない。たまには、反対意見を言ってくれる野党も必要なのだ。


男女の関係だって、同じでしょ?相手があまりにもおりこうさんすぎると、つまらないよね。僕は、外見だけではなく、自分の世界を持っていて内面から輝いている人に魅力を感じる。ちょっと、ダメなところがあるくらいがチャーミングなんだ。そして、髪を振り乱して、何かにひた向きに取組んでいる人は素敵だ。この天秤のように、アンバランスなくらいがちょうどいい。



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投稿者 hidetoshi shinohara : 11:23 | コメント (18)

夢と希望

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夢と希望をヴィジュアルで表現してみた。


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ウソです。本当は、プレゼン用に加工するために撮影した写真です。でも、これを見ていると夢と希望が湧いてくる。ちょっと臭い言葉だけど、本当です。


これは、キャンドルスタンド。毎晩遅くまで働いているスタッフ達と、夜食を食べる時にキャンドルを灯す。仕事を離れて、年齢を超えて、立場を超えて、性別を超えて、いろいろなことを語り合う時間が、実は楽しい。それは、みんな、どんなに忙しくても愚痴をこぼさず明るく元気だからだ。


そして、みんなで力を合わせて、ヴィジュアルを作り上げていく作業はとてもスリリングだ。僕自身、考えていなかったことを、当社スタッフはヴィジュアルをこねくり回して発展させてくれる。その時は、僕はうまくいくことを願って静観している。まるで、陸上競技の400mリレーのように。


同じゴールを目指して、次の走者にバトンを渡す、そんな気分だ。勝つか負けるかわからない。でも、チームの力を信じて突き進む。その信頼関係を築くには、普段から人間関係を築いていないとできることではない。


アメリカの哲学者、ジョン・デューイの民主主義論にこんな言葉がある。


   人種、性別、信条の違いを超えて、
   対話ができるようになること。
   民主主義こそが、人々に繁栄をもたらすこと。
   どんなことでも少数の人ではなりにくいもの。
   多くの人が助け合ってこそ成功する。
   人の利益を己の利益とし、
   人の損を自分の損だとする。
   そして、互いを信用すること。
   そうすれば、必ず繁栄の日がやってくる。


苦境に立たされたら、この言葉を思い出そう!必ず、道は開ける。



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投稿者 hidetoshi shinohara : 00:59 | コメント (8)

点・線・面

素敵ライフ

プレゼンの準備中、エモーショナルな映像とはどんなものか、当社スタッフと議論した。


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これは、あくまでもケーススタディであるが、カンデンスキーの「点・線・面」の法則に従って、まずは、「点」を感じさせる光を撮影。ただの固い点ではエモーショナルではない。ブレがあったりボケがあったり、心の情感に触れるものでなければならない。しかも、シャープ過ぎず、ノイズを感じさせるくらいの方がいい。


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次にその「点」を縦に動かし、「点」から「線」を表現してみた。エモーショナルであるためには、シャープな「線」は避けた。点滅しているイルミネーションを縦にブレさせると、柔らかくて情感たっぷりの「線」が出来上がった。僕は、スタッフと一緒に感動のあまり、二人ではしゃぎまくった。まだまだ、こんなもので感動していてはいけない。もっと高度なところで感情を突き動かさなければ。なぜなら、僕たちはプロであるから...


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その次のテーマは、「面」。イルミネーションが束になっている「点」の集合を動かし「線」を作り上げていく。その「線」を」さらに大きなうねりを感じさせることで、「面」が生まれた。この光の「線」が、束になってシンフォニーを奏でる。優雅に、しかも大胆に、時にはスピード感たっぷりに。


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グラフィックデザインの多くは、コンセプトを必要とする。それは、ファインアートのコンセプトと違い、多くの人を説得しなければならないからだ。でも、心の奥底にある魂を揺さぶる映像は、理屈を抜きにしたところにある。時には、こんなエモーショナルグラフィクもいいものだ。



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投稿者 hidetoshi shinohara : 17:40 | コメント (6)

フィルターを通す

素敵ライフ

なぞのおじさん、ムッシュ所有の茶漉し。


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いつの時代のものか判らないが、フランス製ヴィンテージ物らしい。


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日本でいうと急須である。でも、これには注ぎ口がない。もしかしたら、このまま飲むのかもしれない。茶葉を入れて、お湯を注ぐ。茶葉が充分に開いたら、葉っぱが溜まったフィルターを取り出し、お茶を飲むのだろう。


いらなくなった、茶葉は捨てることになるのだが、仕事柄、コンセプトワークにとても似ているように思う。仕事に取りかかるとき、真っ暗闇のトンネルの中で、出口が見つからずにもがいている時がある。でも、諦めずに時間の許す限りこのフィルターを通していると、だんだんと見えてくる。


そもそも、コンセプトとは一体何なのか?コンセプトの意味が分かっている方とは共通の言語を持ち合わせて議論が発展していくが、そうではない方とはどうも会話が噛み合ない。コンセプトにもいろいろなプロセスや最終到達点があるが、シンプルに考えると、この茶漉しのようなものだと思う。


最初の多くの情報を、乾燥した茶葉に例えるとすると、お湯はその情報に命を吹き込むようなもの。最後にフィルターを通って、いらない茶葉を削ぎ落とし、残ったエキスがおいしいお茶となる。このおいしい部分がコンセプトなのではないだろうか?



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投稿者 hidetoshi shinohara : 02:11 | コメント (10)

時間よ、止まれ!

素敵ライフ

なぞのおじさん、ムッシュ所有のアンティークカレンダー。


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それにしても、時間が経つのが早い!このカレンダーは、7月13日に撮影させてもらって、その日のブログにアップしようとしていたはずが、もう24日ではないか!

僕は、毎年、予言する。年が明けると、「今年は終わる」と。「明けまして、おめでとうございます」と言ったのは、つい最近のこと。ゴールデンウィーク頃には、「もう夏が来て、秋が来る」とも予言した。みんな笑っていたけど。

人は、言う。「あたりまえじゃないか!」と。でも、僕は、自分自身を戒めるためにもあっという間に秋がくるのだから、やるべきことをひとつひとつやっていく、ということを自分に言い聞かせているのである。

人間社会の時間感覚を「流れ」と表現するが、この時代の流れに逆らうことは、相当なエネルギーがいる。むしろ、ふわふわ流されながらも、自分の水路を切り開いていく方が懸命かもしれない。そもそも、その時間の流れにいる人間は、流れを知覚することはできないのではないだろうか?あとで、振り返って「そういえば、あの時、流れに乗っていた」とか。第三者が「あの人、流れに乗っているよね」というように感じるのである。

それにしても、もう、1年の半分以上が過ぎ去った。みなさん、ぼやぼやしていると、あっと言う間に師走ですよ。



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投稿者 hidetoshi shinohara : 23:31 | コメント (18)

また、一つ歳をとる

素敵ライフ

6月に入って、僕は49歳の誕生日を迎えた。


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スタッフが、買ってきてくれたバースディケーキ。当社では、みんなの誕生日には、必ずケーキを買ってきて、どんなに忙しくても仕事を中断して、祝うことにしている。


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そして、1時間位、他愛のない話で盛り上がる。このひとときは、先輩も後輩もない。そもそも、先輩というのは偉いということではないのだ。人生の中で失敗もあり、成功もあり、さまざまな修羅場をくぐり抜けてきたたからこそ、後輩にそれをアドバイスすることができる。


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もしも、僕が、偉そうな口調になっているとしたら、そういうつもりではない。僕自身が、失敗の中から、多くのことを学んできたので、その失敗を未然に防ぐことを教えてあがることができたら、後輩達はもっと高度な次元へ、もっと早くステップアップできるだろう、と思う。


その中でも、僕が、いつも口うるさく言っていることは、真心だ。だから、ケーキにはうるさい。たかがケーキというかもしれないけど、毎回、本気で相手のことを思いやって買ってくるか、という気持ちが大切なのである。クリエイティブのスキルよりも、賞を取るテクニックよりも、クリエイターに取って一番大切なことだと思う。真心のない、クリエイターなんて、ただの横文字職業でしかない。


今回のケーキは、合格!みんな、毎日、毎日、夜遅くまで働いてくれて、ありがとう!みんなで、温泉行こうね!



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投稿者 hidetoshi shinohara : 22:52 | コメント (20)

真心を閉じ込める

素敵ライフ

3月から、新しくスタッフTが入社した。


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東京では、桜も散って世間では、日々の慌ただしい生活に戻ったころ、Tは自宅近くに散っていた桜を拾って、パウチ加工をした桜をプレゼントしてくれた。

うれしいじゃありませんか!桜には来年まで会えないと思っていたのに、こんな方法があったなんて。これで、桜は道路に散って踏みつぶされることもない。まるで、平面ガエルのど根性ガエルピョン吉みたいだ。(失礼!若い人達、知らないですよね)これで、平面桜は来年まで、ずっと僕のそばにいてくれる。

2月下旬、デザイナーを募集しようと思っていた時、突然、応募してきたTに、僕は「新卒は取らない」と言った。それは、クリエイティブ以前に、社会人のマナーから教えなければならないからだ。と、友人にその話をしたら「おまえは、経験者でも手取り、足取り、丁寧に教えているじゃないか。だから、新卒だって資質さえあれば同じだよ」と言われた。「たしかに!」と僕はつぶやき、会ってみた。作品のパワーが歴代1位だったのと、まだまだ荒削りだけど、自然体でキラキラ輝いている人柄に魅力を感じて採用した。

僕の直感は、当たったのかもしれない。散った桜をパウチして、桜色のリボンまでつけてみんなにプレゼントしてくれた。真心って、こういうことなんだよなあ。僕は、常日頃、デザイン以前に人間性が大切だと思っている。これから、人格形成をしっかりとしごいてやろうと思っていた矢先に、こんな小憎らしいことをされちゃあ、たまったもんじゃない。

先週末、Tのお父さんが上京してきたらしいので、僕はTに「お父さん、どんな会社か心配していたでしょう?」と聞くと、「おまえの選んだ道だから心配していない」と言われたらしい。「もし、私がヤンキーの彼氏を連れて来たらどうする?」って、聞いても「おまえの選んだ男なら心配しない」と言われたそうだ。その瞬間、僕は、『お父さんが許してもオレが許さんっ!』と、心の中で叫んだ!(ウソッ!ウソッ!)



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投稿者 hidetoshi shinohara : 22:22 | コメント (10)

桜と雑草

素敵ライフ

地面に落ちた桜は、一体どこへいくのだろう?


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心地良い陽射しの日曜日、外へ出た。桜がハラハラと舞い降りてきた。地面の隙間から生えている雑草に向かって、何かを語りかけているようだ。

桜:私は、桜。上からずっとあなたのことを見ていたの。スズメが、茎をツンツンつっついてくれたので、私は降りてくることができたのよ。どうしても聞きたいことがあって...なぜ、あなたは、そんな狭いところに生えているの?

雑草:僕はこの世に生まれた時、種から芽を出そうとしたら、天辺がコンクリートの塊だったんだ。もう、ダメだと思ったよ。だけど、諦めずにかすかな光を見つけて横へ横へと伸びてきたら、地上への隙間を見つけた。どんな逆境にも諦めてはいけない。必ず突破口があるものだよ。僕は、ここから上を見上げて、君のことを見ていた。いつか、あんな高いところへ行ってみたいと。

桜:逞しいのね。あっ!

そこへ、酒屋の源さんが運転する軽トラックが走り抜けていき、桜はその風に飛ばされて、どこかへ行ってしまった。



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投稿者 hidetoshi shinohara : 23:35 | コメント (8)

桜の佇まい

素敵ライフ

自宅を出て、通りを渡ると小石川植物園がある。


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小石川植物園の外壁に沿って、歩いてみた。そろそろ、桜が散るころだ。風に乗って、クルクルと風車のように回りながら落ちていく桜が麗しい。目の高さのコンクリート塀に、一輪の桜が舞い降りて静止した。まるで、僕の目の前に現れた妖精のように...

その数秒後、風に吹かれて塀のあちらへ行ってしまった。気まぐれな妖精が、人間をからかい、一瞬のうちに去っていってしまったようだ。

服を買うときもこんな現象がある。探し求めていた、ブラックレザーのライダーズジャケット。買うことを決意し、一瞬、頭を冷やすためにカフェでコーヒーを飲む。30分後、戦闘モードに切り替えて、「誰がなんと言おうと、絶対に買うぞ!」と思い、ショップに行ってみると、一瞬のうちに売り切れ。

僕は、衝動買いを自制するためにも一旦、時間をおいて考えることにしている。「それでなくなったら、それまでさっ!」と諦めることにしている。中途半端な物は買わない。本当に気にいってもその一瞬でなくなっていたら、それを所有する資格がないと思っている。商品自ら、「どうか、私をさらっていってください」と懇願されて、初めて買う価値があるのだ。


どうやら、この桜は僕のことを相手にしていなかったらしい...



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投稿者 hidetoshi shinohara : 13:43 | コメント (2)

群れない

素敵ライフ

満開の桜を見るのもいいが、幹にぽつんと咲いているのもいい。


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僕は子供の頃から、その他大勢の中に入るのが苦手だった。無理して孤立していたということでもない。むしろ、無理してその他大勢の中にとけ込んで、積極的に社交的に振る舞っていた方かもしれない。でも、一番心地良い時は、気の合う少人数の仲間と空気のように漂っている時だ。

僕は、「あまり人付き合いが得意ではない」と言うと、多くの人は、「そんな風には見えない」と言うが、それは意図的にそう見えないようにしているのかもしれない。でも、三つ子の魂百までも、そう簡単に変われるものではない。

今でも、こうしてひっそりと咲いている少数派の桜を見つけると、自分のことのようにときめいてしまうのだ。よ〜く分かるよ、この気持ち。その他大勢の桜満開大宴会に参加できないのだよね。パーティへ行っても、壁に寄り添って、おとなしくしているタイプ。多くの人達とアンテナの周波数が違うから、どうしても話が合わないのではないかとびくびくしてしまう。それが、一度、波長が合うと心の奥底まで曝け出してしまう。


「もっと、大人になれよ」と、もう一人の自分が言う。



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投稿者 hidetoshi shinohara : 11:55 | コメント (8)

ミニマムな桜

素敵ライフ

小石川播磨坂の桜並木は、今日も人でいっぱいだった。


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どこにカメラを向けても沢山の人とブルーシート。密かに自分だけの桜を観賞したくて、風景を切り取ってみた。この周りには花見で賑わっている人々がいる。満開の桜を写真に撮ると、なぜか感動がない。肉眼で見ていると桜並木の奥行きと荘厳さに圧倒されるのだが。

僕は、桜並木を行き交う人々が写らないように、ガードレールの上に登ってカメラを構えた。丁度、この写真の画面下あたりに人々の頭がある。ぎりぎり、頭が写らないようアングルを決めると、白い住宅の塀に写った桜の影がとてもきれいだった。

アーチ状に天を覆っている桜から、チョロっと飛び出た桜の一塊。その他大勢の桜から、ちょっとだけ自己主張をしているようにも見える。天の邪鬼な僕は、こんな桜もいいと思った。



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投稿者 hidetoshi shinohara : 15:26 | コメント (14)

アニムスとアニマ

素敵ライフ

生まれて初めて、マニュキアを塗ってみた。


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いや、その、別にそちらの趣味があるという訳でもないのだが、仕方がなかったのである。パッケージデザインの依頼を受けたので、当社AP(アカウントプランナー)と一緒にドラッグストアへリサーチ行った。APが、いろいろ「今の化粧品はどうたらこうたらで、女の子達はしかじか、かくがく、こういう消費行動をするのです」みたいなことを言っているのを上の空で聞いていたところ、何色も並んでいるマニュキアのボトルに目を奪われてしまったのである。


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気がついたら、APにおねだりして、マニュキアの1本を買ってもらっていた。会社に戻ってから、女子スタッフが集まり、彼女達は、楽しそうに僕の人差し指にマニュキアを塗った。なんときれいなんだ!これが病み付きになり、絵を描いてみたくなった。でも、性格上、テーマを決めて、きっちりとやってしまうので、そんな自分にじれったく、手当たり次第にペインティングした。


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使い慣れている、ラフスケッチ用のサインペン、携帯電話、ファイロファックスの手帳、クリップ、ホチキスなどなど....あちらこちらに密かに塗って、心の中で、「ほら、どう?」って、気がついてほしいのさ!手帳のボタンのところをさりげなく、塗ってあるのに誰も気がつかない。これ見よがしに、打ち合わせ中に手帳を開けたり閉じたりしてみる。


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これが、女性の心理というものなのですね。気付いてほしい時に気付かない男を「鈍い!」と拗ねてしまう、この乙女心。ホント、ちっちゃなことに気付いてほしいんだよね。みんな鈍いよね。コンシューマーインサイトがよく分かりました。

どんな人の中にも男性素質(アニムス)と女性素質(アニマ)があるという。
この歳になって、僕のアニマが芽生えたのであろうか?それともきれいなものをきれいと素直に言えるようになったのだろうか?

ああ、僕のダディズムが音を立てて崩れていく...



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投稿者 hidetoshi shinohara : 23:09 | コメント (10)

新春、雪の結晶

素敵ライフ

朝起きると、今日の札幌は雪だった。


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昨日までの天気が嘘のようにしんしんと雪が降り続ける。庭の植栽には、真っ白な綿帽子がかぶっていた。しばらく庭に出ていると足下から冷えてきて、足が冷たい。何か雪景色の良い風景が撮れないものだろうかと粘るのだが、雪国で育った僕には、北国の雪景色は何の変哲のないものだった。し〜んとした朝の庭で、心の目を研ぎすましてみると見えてきた。葉っぱの上にはらりと降りた雪の天使。北国ではこれが日常だけど、雪になじみのない方々に雪の結晶をお届けします。



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投稿者 hidetoshi shinohara : 22:20 | コメント (12)

2008年、札幌から新年を迎えて

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みなさん、新年明けましておめでとうございます。


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札幌の元日の朝は、晴れだった。年末、北国は大雪という天気予報を裏切って、大晦日から、晴れ男の僕は札幌を晴れにしてしまったようだ。朝、清々しく玄関を飛び出して踊り場に出てみると、誰も足を踏み入れていない、うっすら雪化粧が美しかった。


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いつもの年なら、庭には松の木などの植栽が雪で覆われているはずなのに、白い綿帽子を被っている程度にとどまっていた。


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北国も暖冬の影響で雪が少ない。昨日は、雨も降ったようで、夜になると氷点下になり、路面はアイスバーンになっていた。


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2008年、そんな幕開けですが、今年もみなさんからどんどんインスピレーションをいただきたいと思っていますので、本年も宜しくお願い致します。



★みなさんからのコメントをお待ちしております。

投稿者 hidetoshi shinohara : 21:27 | コメント (8)

六本木ヒルズの万華鏡

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打ち合わせの帰りに六本木ヒルズへ行ってみた。


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メンズブティックがあるフロアは、ライトアップされたガラスの床材で上から覗くと、万華鏡にように見えた。


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すぐにカメラを取り出し写真を撮った。一体、どうなっているんだろう?肉眼でもう一度見てみる。数フロアが階段になっていて、途中の踊り場がライトの入ったガラスの床材になっているようだ。


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万華鏡は、1816年スコットランドの物理学者が、Kaleidoscopeという名前で特許を申請したようだ。この物理学者は、灯台の光をより遠くまで届かせる目的で、鏡をいろいろ組み合わせて試行錯誤しているうちに万華鏡ができちゃったようだ。語源は、ギリシャ語でKalos=美しい、Eidos=形、模様、Scope=見るもの、という意味の3つの単語を組み合わせた造語である。

万華鏡なんて、しばらく覗いていないなあ〜。しばらく、階段の手摺に身を乗り出して、うっとり見とれている僕であった。



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投稿者 hidetoshi shinohara : 18:54 | コメント (2)

東京駅のドールハウス

素敵ライフ

プレゼンの帰り、東京駅の構内を通過した。


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そこで、見つけたイオン化粧品のブランドワールドディスプレイ。ドールハウスで化粧品の世界がディスプレイされていた。細部にわたり、よくできているんだな、これが!


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もともと、ドールハウスは19世紀ヨーロッパの中流階級の市民層で、女の子に与えられた玩具である。大人達の静かな生活を妨げないために、屋根裏部屋にあてがわれた子供部屋でおとなしく遊ばせておくものだったらしい。


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1924年、イギリスのメアリー女王に贈られたドールハウスが1/12縮尺だったことから、このサイズが標準とされている。このイオンのディスプレイは、スケールは定かではない。



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最後の写真の鏡には、東京駅構内を行き交う人々と、カメラを構えている僕の姿が映っている。そういえば、子供の頃、隣の直子ちゃんと紙でできているドールハウスで一緒に遊んでいた僕は、急に怪獣になり切って踏みつぶしたことがある。(懺悔)

あの頃、ドールハウスを見ても何も感動がなかったなあ〜。



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投稿者 hidetoshi shinohara : 13:10 | コメント (12)

お菓子をくれなきゃ...

素敵ライフ

川崎にあるLA CITTA DELLAへ、ハロウィンのイベントを観に行った。


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プレゼンテーションでご縁があり、この機会に仮装パレードを拝見して楽しませていただいた。とにかく、仮装がすごい!僕もやる時はやるので仮装していこうかと思ったけど、やっていたら負けていた。ハロウィンらしく、泣くも子も黙るくらい、怖いコスチュームでエントリーしている人達(悪魔達)がいっぱい。


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日本最大級とは聞いていたけれど、これほどすごい人達が集まるとは思わなかった。仮装の写真は許可を取っていないので掲載できないのが残念。パレードの風景写真にちょっと写っているので、ご覧下さい。でも、こんなもんじゃないよ。ほ〜んと、怖いんだから。「でも、写真を撮ってもいいですか?」と聞くと、怖い顔しているのに礼儀正しいところがおかしかった。


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LA CITTA DELLAは、丘の上の小さな街をイメージしていて、緩やかなスロープがあり、階段があり、アーチ状の天井をくぐり抜けると広場に出たりと、楽しみながら買い物をしたり、食事をしたり、映画を観たりすることができるエンターテイメントな街である。ここの丘の上には、チャペルもあり結婚式も挙げられる。

街自体がこじんまりしていて、程よい広さが気負わず手軽に楽しめる、とてもおしゃれな街であった。いよいよ、パレードの始まりだ!



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投稿者 hidetoshi shinohara : 21:41 | コメント (14)

天空に舞う、青い炎

素敵ライフ

ITと打合せの帰りに、銀座アンリ・シャルパンティエへ寄った。


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僕は、ベークド・アラスカをオーダーした。これは、谷崎潤一郎の「細雪」にも登場した別名『炎のアイス』と言われるもの。アイスクリームをピラミッド型のメレンゲですっぽりと包んだスイーツが、ワゴンで運ばれてきた。ブランデーでフランベすると青い炎が、ボッォと天高く舞う。


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デザートは、食後に食べるもので、追加という意味である。でも、これは最初からオーダーしているので、スイーツと言った方が良いのだろうか?イギリスでは、庶民の間でデザートとはあまり言わないらしい。スイーツかプディングと言うらしいけど、イギリス在住の方、本当ですか?

それにしても、ベークド(baked)は、「焼いた」であるけど、アラスカはなんだろう?アイスの冷たいを意味しているのかな?ノルウェーでは、オムレット・ノルベジェンヌ(ノルウェー風オムレツ)と言うらしい。

もう一つの謎は、なぜピラミッド型なのか?ベークドピラミッドでもいいのではないか?ベークドファラオでもいいかもしれない?でも、それでは、冷たさが表現されていない。ベークド北海道なんていうのはどうだろう?何?ダサイ?たしかに!では、ベークドフィンランドなんていうのはどう?

ああ、これも職業病だろうか?すぐ、なぜだろう?と考えてしまう。何も考えずに美味しくいただくということも大切かもしれない。ただ、そこにベークド・アラスカがあったから...



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投稿者 hidetoshi shinohara : 21:52 | コメント (18)

憧れのムットーニさま

素敵ライフ

週末、松屋銀座で開催されているムットーニ展へ行った。


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ムットーニ展で、機会仕掛けのおもちゃ箱を見ていると、時が経つのも忘れてしまう。旅人、異次元、1920年代のニューヨークのキャバレー、どこかにロマンを置き忘れた大人達が、何かを思い出したように釘付けになる。3連休の土曜日は、歳甲斐もなく異次元空間にしばらく身を置いて、我を忘れてしまった。


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会場では、ムットーニのサイン会をやっていたので、ありたっけのDVDやら書籍を買って列に並んだ。僕の前には、若い女性がサインをしてもらっている。ムットーニは、サービス精神旺盛に女性と話をしていた。やっと僕の番がきた。ムットーニは、「おや、次もお若い方が...」内心、『若くないです。ムットーニ先生とそんなに歳は変わらないはずです』と思ったけど、何も言えなかった。

勇気を出して、「昨日、雄一君と電話で話していたんです」と言ったら、びっくりしていて「おっ、ユウボーの友達?」「えっ、まあ、友人と言うか、仕事仲間と言うか...」ごもごも口ごもりながら、僕は舞い上がり「今日、とても良かったです」と脈絡のないことを言ってしまった。

ムットーニは、「ユウボーさあ、オープニングの時に来ていたんだけど、バカなことばっかり言って笑わせるんだよ。ちゃんと良かったと言っておいて!」と言われたので、「はっ、はいっ!」と声がひっくり返りながら、後ろに並んでいる人に押し出されるように列からはみ出してしまった。以前、パルコでやったときもお会いしたのにやっぱり覚えていないようだ。

ユウボーとは、長年一緒に仕事をやってきたコピーライターのM君のことでムットーニの弟でもある。前日、電話をくれて「おれは、あのブログの台風一過のように、もう過去の人間ですか?」などと、コピーライターらしい拗ね方をする。まあ、そんなことはどうでもいい。それよりもムットーニ展のことを何も言ってなかったじゃないか?

僕は、ムット−ニが羨ましい。いや、僕がムットーニになりたいくらいだ。同じモノ作りに関わる人間として、ムットーニ以外のクリエイターからサインなんかもらいたいと思ったことはない。なぜなら、僕があげたいからだ。僕は、有名になった時のために小学校の頃から、サインの練習をしていたのだから。ムットーニの世界感を語っていないけど、言葉にしてしまうとつまらなくなってしまう。とにかく、見て損はないと思うよ。



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投稿者 hidetoshi shinohara : 01:43 | コメント (12)

太陽と風

素敵ライフ

リサーチ途中、Nとカフェ風海の家へと足を運んだ。


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海の家もずいぶんと様変わりしたものだ。海の家といえば、畳部屋で卓袱台があり、汚いシャワールームをイメージしていたが、カフェ風でバーまでついている海の家を見つけた。


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サーフボードが、看板になっており、夜はボサノバライブ演奏をやるらしい。二人とも暑さでふらふらになっていたので、窓際の席に座り冷たいドリンクを飲んだ。僕は、窓を大きく開け放ち、顔面いっぱいに風を浴びた。


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目の前には、大きくてキラキラ輝く海が広がる。まぶしい太陽と爽やかな潮風が、心を解放してくれる。風ほど、実体がなくつかみどころのないものはない。そこには、現実社会を遠目で見ている自分がいる。


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英語でblows with the windとは、風に吹かれる人、日和見主義者を意味する。窓越しに海辺で波に戯れる人々を傍観している自分がそこにいた。けっして、日和見主義者にはなりたいと思わないが、ここのキラキラ輝く太陽と風を浴びていると、不思議な魔力に取り憑かれた脱力感があるものだ。


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しばらく、脱力感と風に身を任せていたが、『いけない、いけない』と、もう一人の僕が、自分の頬に往復ビンタで目覚めさせる。議論を避け、困難を避け、物事の形勢を伺うなんて人間には、なりたくないものだ。さあ、東京へ帰って、レポートを纏めよう!



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投稿者 hidetoshi shinohara : 13:40 | コメント (10)

原宿OLD & NEW

素敵ライフ

P.P.さんの写真展を観に原宿へ行った。


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久々の原宿だった。最後に会社勤めをしていた時は、原宿へ通勤していた。会社は、ラフォーレの斜向いで、バーゲンシーズンになると、窓際だった僕の席までバーゲンの賑わいが聞こえてきたものだった。今回の写真展会場は、ラフォーレとは反対側にある、明治通り沿いの小さなカフェ。この辺は嘗ての遊び場である。最近、すっかり都会の喧噪から遠ざかってしまった僕は、ちょっと懐かしさに原宿探索をしてみることにした。


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その中でも、ずっと変わらぬものがあった。昔からあるけど、まったく変わっていないボロンテール。ゆっくりとコーヒーでも飲んで行きたかったけど、次の打合わせのため、会社へ戻らなければならず、次回の楽しみに残しておくことにした。


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でも、こういう景観はなぜか、落ち着く。古くて、朽ちかけたもの、ペンキが剥げかかったもの、錆び付いたもの、人工的なデザインでは味わえない趣き。
その対局にある、近代的な建造物とカラフルなウィンドーディスプレー、古い建物をそのまま生かしたショップが混在する原宿は、とてもグラフィカルだった。


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唯一、残念なのが同潤会アパートである。いつかは、原宿へ戻ってきて、同潤会アパートにオフィスを構えることが夢だったのに。あそこが、表参道ヒルズに変わってしまったのは、とても残念だ。


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ほんとは、同潤会アパートを独立直後、オフィス候補に入れていたのだけど、東京大空襲時の戦死者霊がうようよしていると聞いて、当時、深夜まで働くワーカホリックだった僕は、それが怖くて断念したのだった。


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久々に探索した、原宿のバッドチューニング。



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投稿者 hidetoshi shinohara : 22:39 | コメント (20)

ハッピーバースデー、当日

素敵ライフ

誕生日、当日、ウチのスタッフがケーキを買って祝ってくれた。


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事務所の中は、まだ、クチナシの花の香りに包まれている。みんな集まり、8本の蝋燭に火が灯る。このケーキのブランドは、ベルギー産のヴィタメールという。

味、色、艶、香りが宝石にように磨き抜かれ、丹精に手技で仕上げられていて、とても美しい。フルーツの上には、金箔が乗っている。3代続くヴィタメール家は、ベルギー王室での催事や上流階級の人々の集まりにパティスリーを指名されるらしい。ささやかに、上流階級の気分を味わう。

ケーキの蝋燭を消すなんて、何年振りだろう。ふーーーっ、一息で消すと一瞬事務所内が薄暗くなった。事務所の照明を点けて、上流階級の気分も一瞬で現実に戻った。

土曜日は、八ヶ岳、編笠山へ、初の登山。スタッフが、いろいろ心配してくれる。まるで、小さな子供を見送るようだ。

みんな、誕生日のお祝い、ありがとう!祝ってくれて嬉しいけれど、48歳にして、初めての登山への不安で一杯。


バッドチューニングは、八ヶ岳へと続く。



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投稿者 hidetoshi shinohara : 17:49 | コメント (8)

深夜のハッピッ、バースデー♪

素敵ライフ

6月7日、日付が変わって僕の誕生日である。
乙女心のような、とても複雑な48歳になってしまった。


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誰にも気付かれずにひっそりと誕生日を迎えるのかと思いきや、昨日、当社のスタッフIが、「47歳、最後の日の記念に」とクチナシの花を買ってきてくれた。

それは、とてもとても香りが良く、身も心もリラックスさせてくれた。一見、白いバラにも似ていたが、香りが強くバラとは違うのが一目瞭然である。学名の種名にjasminoidesというのもあるが、強い芳香から「ジャスミンのような」という意味があるらしい。

秋になるとオレンジ色の果実をつけ、熟しても割れない(口が開かない)ことから「口無し」と名付けられたようである。また、クチナワナシ=クチナワ=ヘビ、ナシ=果実から、ヘビくらいしか食べない果実、という意味からクチナシと名付けられたという説もある。

こんなに良い香りを楽しませてもらったが、とにもかくにも、48歳ということは、もうすぐ、50歳じゃないか!心は未だ、18歳の時とあまり変わっていないのだが...少しは、大人にならなくては!


素敵な香りと、複雑な気持ちのバッドチューニング。



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投稿者 hidetoshi shinohara : 01:17 | コメント (18)

素直になれなくて...

素敵ライフ

母の日である。困った。
どうして、この日は、素直になれないのかなあ〜。


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そもそも、「母の日」って何だ?子供の頃、習ったかもしれないけど、再度、調べてみた。 1870年、アメリカで南北戦争が終結したばかりの頃、ジュリア・ウォード・ハウが、夫や子供を戦場に送るのを拒否しようと立ち上がり、「母の日宣言」を発したことに始まるそうだ。


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「母の日」は、日頃の苦労を労り、母への感謝を表す日、とある。カーネーションを贈るようになったのは、20世紀初頭にアメリカで始められたそうだ。ふむふむ、それで?1907年、ウェストバージニア州で教師をしていたアンナ・ジャービスが、自分の教会学校の教師であった亡き母親を覚えて、教会で記念会を催し、白いカーネーションを贈ったのが始まりといわれている。


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それに感動した人々が、母を覚える日の大切さを認識し、その3回忌の5月8日に、ジャービスは友人達に「母の日」を作って国中で、祝うことを提案したのだった。そして、翌年、彼女が努めていた学校に400名以上の生徒と母親達が集まり、第一回目の「母の日」を祝ったそうだ。彼女は、参加者全員に彼女の母親が好きだった、赤いカーネーションを手渡したことから、「母の日」のシンボルになったようだ。

う〜ん、そんなウンチクはいいから、なんて言って渡そう。真っ赤は、毎年おなじみなので、ちょっと変わった色にしてみよう。今回は、ツンデレ風(みんな知ってる?ツンデレ?)で行くか。

『たまたま、花屋の前を通りかかったら、カーネーションを売っていたので買ったんだからね。おふくろのために買ったわけじゃないんだからね。おれ、母の日なんて、知らないからね...』と言いつつ、しっかりと『おかあさん、いつもありがとう!』とメッセージを添えて....


いつまで経っても照れくさい、母の日のバッドチューニング。



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投稿者 hidetoshi shinohara : 22:54 | コメント (18)

雨の中のスウィング

素敵ライフ

今週、健康診断に行った帰り、雨だった。
傘もなく、ずぶ濡れになって、後楽園の駅まで10分程歩いた。
雨の日が嫌いな僕は、気分は最悪だった。


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やっとのことで、丸ノ内線後楽園駅の軒下でひとまず雨宿り。ハンカチで濡れた体を拭きながら、今来た方向を振り返ってみれば、目の前の礫川公園には、鮮やかな八重桜が咲いていた。


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通り行く人々は、傘をさして雨を避けるようにみんな下を向き、水たまりを避けるようにぴょんぴょん飛び跳ねて、駅へ急いでいる。もう、誰も桜になんか興味ないようだ。あんなに桜に熱狂的な国民なのに、ソメイヨシノが散ると、もう慌ただしく、日常へと帰っていく。八重桜は、「あれは桜ではない」とでも言っているようだ。桜が、ちょっと泣いている。


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僕は、心の中で、「大丈夫だよ。ここに観客がいるじゃないか」と桜に語りかけ、雨の中へ飛び込んでいった。どうせ、もう、全身ずぶ濡れなのだから。気分は、あの「雨に唄えば」のジーン・ケリーのつもり。


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スウィングして、スキップして、桜の木の下に辿り着く。そして、夢中でシャッターを切った。鼻歌まじりで、浮かれていたせいか、アップの写真は全部、ブレブレ。そんなことなんかどうでもいい。さーーーっ!と、降りしきる雨が光を拡散して、桜の色を鮮やかにしてくれる。


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「もう、どうにでもなれ」と言う気持ちで、木の下から飛び出し、自ら雨に当たりにいった。つつじと緑の葉っぱが、なんとも色鮮やかだ。誰も花見なんかしていないけど、僕は天を仰ぎ、顔面に雨を受け、一人花見を満喫した。


まだまだ、桜のバッドチューニング。



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投稿者 hidetoshi shinohara : 22:28 | コメント (24)

桜というオアシス

素敵ライフ

桜の満開から、一週間が経った。
あいにくの曇り空。


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桜が散ってしまうのが、名残惜しい。地面に落ちた桜の楽しみ方もあるのではないかと、地面にカメラを向けた。


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地面には、あれだけ人々を熱狂させた桜が、土まみれになって地面に散っていた。この上をみんな踏みつけていく。ちょと、感傷的になっていたら、曇り空だというのに突然、陽射しが桜の木を照らして、地面に木の影を作った。


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気持ちが通じたのだろうか?ほんの一瞬の出来事だった。桜は、この時期、ぱあーっと咲いて、ぱあーっと散っていく。この散り際が、潔くて美しいのかもしれない。

桜が散る頃、人々は何事もなかったように日常へ戻る。さくらは、寅さんに言う。「額に汗して、汗まみれになって働く人と、いいかっこしてブラブラしている人とどっちが偉いと思うの。地道に働くってことは尊いことなのよ」

桜の季節、ついつい浮かれた気分になって、勤労意欲が少し薄れてくるが、このひとときのオアシスを堪能したら、額に汗して地道に働くこととしよう。さくらが、いや、桜が愛されるのは、そんな庶民の束の間のオアシスだからなのかもしれない。


散り際が美しい、桜のバッドチューニング。



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投稿者 hidetoshi shinohara : 23:48 | コメント (16)

小さな桜

素敵ライフ

小さな森の小さな池で、水面を眺めていると
上からハラハラと小さな桜の花びらが舞い降りて来た。


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さくらを演じる倍賞千恵子さんは、「無個性という個性のある女優」と評されていたようだ。たった一枚のなんの個性もない小さな桜の花びら。


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そんなことを考えていると、ぴったりと寄り添った二枚の桜が流れてきた。一枚が二枚に三枚にと、どんどん増えていく。


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おいちゃん、おばちゃんが営んでいる、とらやという小さな団子屋には、さくら、博、タコ社長、寅さんのマドンナがいつも出たり入ったり、いつの間にか、商店街の人が集まり、準家族として存在する。


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旅先で、寅さんは困った人を見ると「何かあったら、東京は葛飾柴又の帝釈天参道にある、とらやという小さな団子屋を尋ねて行きな。きっと、悪いようにはしねぇ」と捨て台詞を吐き、去って行く。

そんなことを言うものだから、みんな寅さんを頼って、とらやに集まる。おいちゃん、おばちゃんも、これがまた人がいいものだから、すぐ食事の支度をしてもてなす。

寅さんの恋愛談義で盛り上がったところで、突然の客は、「そろそろ時間なので...」というと、決まってさくらは「ねえ、泊まっていきなさいよ。いいでしょ」と別れを惜しむかのようだ。これが、団欒というものだ。小さな花びらもたくさん集まれば、賑やかになっていくものだ。


小さな桜のバッドチューニング。



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投稿者 hidetoshi shinohara : 15:49 | コメント (16)

ああ、さくら!

素敵ライフ

昨日の豪雨で、あの小さな森の桜が気になって、
早起きして見に行った。やっぱり!


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さくらって、いつも可愛そう。ある日、さくらと博は、おいちゃん、おばちゃんに、額に汗してコツコツためたお金で、念願叶って家を建てるという話をしている。


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そこへ、寅さん、気まぐれに放浪の旅から帰ってきて、その話に割り込む。「割り箸みたいな細い柱立ててよ。安いせんべいみたいな壁をぺこぺこまわりに貼り付けて、中へお住みになるんですか?(中略)家なんか建てようなんて、生意気なことはやめろ!」と毒舌を吐く。


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「言っていいことと悪いことがあるのよ、お兄ちゃん!そりゃ、私達の建てる家なんて、どうせ安普請よ。そよ風が吹いたら、倒れるかもしれないわ、(中略)私達が毎日のおかずを節約して、五年かかって貯めたお金をもとにして(中略)....」

「でもね、私達の家は真面目に働いたお金で建てるのよ。私達は、自分の家が持てるから、嬉しくてしょうがないのよ。お兄ちゃん、どうして、さくらがんばれよって.....そう言ってくれないの......」と、さくらは、泣き出す。僕も泣き出す。

寅さんは、自分がフーテンで、さくらに何もしてあげられないことの裏返しで、あんなひどいことを言ってしまったのかもしれない。雨の後のさくら、いや桜は、なんだか背中を向けて、しくしくないているようで物悲しい。


雨桜のバッドチューニング。



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投稿者 hidetoshi shinohara : 15:30 | コメント (10)

桜が去っていく

素敵ライフ

夕方から、豪雨だという。
雨が降らないうちに近くの森へ、桜を見に行った。


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なんと、かなり散っているではないか。小さな森の池には、桜の花びらが浮いて、どこかへ流れていく。恋い焦がれた、桜が去っていく。


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寅さんが、なぜ、48回も失恋し続けたかって?実は、永遠の憧れの女性は、さくらだったからという説がある。妹への思慕は、禁忌だから放浪の旅へ出るしかないということなのだ。

流れ去るさくら、いや、桜を見ていると、水面に映った、山吹の花の鮮やかな黄色が、まるで、太陽のように明るく破天荒な寅さんのようでもある。そして、さくらは、一歩下がって、見守り優しく癒してくれる。寅さんは、そんな女性を求めて、あてのない放浪の旅にでる。


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僕は、そんな桜を見届けて、小さな池を後にした。途中の遊歩道では、山吹の花が鮮やかに咲いていた。散っていくものと、鮮やかに咲き誇っているものが、すれ違っていくようだ。「また、来年会えるさ!」とさくらに、いや、桜に言い残してそこを後にした。


水面桜のバッドチューニング。



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投稿者 hidetoshi shinohara : 17:56 | コメント (8)

桜とさくら

素敵ライフ

桜を見ていると、さくらを思い出す。
そう、寅さんの妹のさくらだ。


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若い頃、寅さんの映画は面白いと心の中では思っていても、口が裂けても好きとは言えなかった。山田洋次監督の映画は好きだったけど、あまり、人には語らなかった。「なんか、おしゃれじゃないんだよなー!」と耳をほじりながら、思ったものだ。


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でも、山田監督の本をむさぼり読んでみると、なんとも、深いのだ。お互いが響き合い、俳優の良いところも悪いところも生かされている。それぞれの持ち味を生かして、監督は「そのままを演じればいい」と、さくらを演じる、倍賞千恵子さんに言ったそうだ。

僕の仕事は、寅さんと同じようにヤクザな渡世人。北から声がかかれば、出向いていき、南から声がかかれば「あいよっ!」と飛んでいく。出かける時は、決まって「おれは、出て行く、旅の空!」

心の中では、寂しいくせに啖呵切った手前、「止めるな!さくら!」と捨て台詞を吐く。そうなんだ、ダンディなどと強がっているけれど、さくらに止めてほしいのだよ。そして、時には「おに〜い〜ちゃんっ!」ときつく叱ってほしいのだ。どんなにかっこつけていても、僕は、寅さんとなんら、変わりはしない。

桜がなぜ、いいかって?あんなに優しそうで可憐な花なのに、強風にも負けず、羽目を外しそうな僕を止めてくれるような気がするんだよね。


桜のバッドチューニング。



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投稿者 hidetoshi shinohara : 12:32 | コメント (10)

オルフェのような夜桜

素敵ライフ

土曜の深夜、自宅近くの播磨坂、桜並木通りへ夜桜を撮りに行った。
ここは、桜のシーズンになると、夜桜を楽しむ人達で賑わっているはずが、
この日は、誰もいなく不思議で奇妙な世界に見えた。


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夜桜を撮影するという、重要なミッションを与えられたので、三脚にカメラを取り付け、肩に担いで撮影へ出かけた。独自の視点の桜を撮れないものかと、しばらく歩き続ける。この日も強風で煽られる。


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なんと、カラーで撮影すると街頭の水銀灯が、写真に写ると桜を緑色に照らして、桜色の美しさが台無しになった。そこで、僕はモノクロに変換してみた。桜が強風でブレているが、暗闇の中で不思議に舞っていた。まるで、ジャン・コクトーの「オルフェ」のように。


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物語の中の詩人オルフェは、冥界の中の王女に恋をする。鏡が異世界とこの世を結ぶ出入り口になっている。王女に会うには、鏡の向こうへ行かなければならない。王女は、夜毎オルフェの枕元に現れるが、彼はそれには気付かない。そして、オルフェは、とうとう鏡の向こうへ入る手袋を手に入れる。


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そこは、この世とは思えない、奇妙な別世界。モノクロの桜には、この世ではない、冥界の美しさを感じるのだ。もしかしたら、この妖艶な桜は、鏡の向こうの冥界の王女が、この世の人間を手招きしているのかもしれない。


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深夜、怪しげにカメラを担いで歩いていると、冥界の入り口に出会うような気がする。こんな夜桜の見方も今までなかったかもしれない。まだまだ、いろいろな発見があるものだ。


夜桜のバッドチューニング。



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投稿者 hidetoshi shinohara : 01:15 | コメント (8)

アンダルシアから、チェリーブロッサム

素敵ライフ

週末、打合わせの帰りに不忍池へ立ち寄った。
桜が満開なので、カメラを向けた。


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みんなカメラを持って、桜日和を満喫しようとしているが、とにかく、風が強い。ファインダーを覗いて、息を止め、風が止む一瞬を捕えようとするが、花びらはブレる。焦る。桜がぴたっと止まらない。背後の視線が気になる。早く終わらせたい。


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そのうち、桜の花びらが、ダンスを踊っているように見えてきた。ここは、タブラオと呼ばれる酒場。フラメンコダンサーのドレスが、宙を舞う。木々をよぎる風が、ざわざわと蠢き、カンテのように聴こえる。カスタネットの音が小刻みに聴こえ、サビーカスのギターが、哀愁を誘う。

ピントが合わないのは、まさにバッドチューニング。僕は、この瞬間まで、わざわざカメラを三脚に取り付けて、桜にピントを合わせなくてはいけないと思い込んでいた。心の中で、もう、普通の桜は見飽きたじゃないかと、つぶやく。僕が撮らなくたって、毎年同じような写真を誰かが撮影している。こんな花見があってもいい。気分は、アンダルシア。


上野で見つけた、桜のバッドチューニング。



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投稿者 hidetoshi shinohara : 01:49 | コメント (12)

緑と赤が結ばれる時

素敵ライフ

その後の緑と赤の関係を知りたくて、
紅葉の名所、小石川後楽園へ行ってみた。


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緑はソファに腰掛け、新聞を読んでいた。新聞超しに見える赤は、なんだか陽気にはしゃいでいた。趣味も性格もまったく合わない二人であったが、とても波長が合っていた。特に地味でシャイな性格の緑は陽気な彼女といると、表情には出さないが心が昂揚した。今まで緑だけで生活していた世界が見違えるほどいきいきとしてきた。これが幸せってものなのか?


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彼女は、とても幸せだった。無口な緑と過ごしていても、ちっとも退屈ではなかった。むしろ、クスクス笑い、黙って赤の話を聞いてくれる緑が好きだった。赤は聞いた。「どう?このワンピース」とスカートの両端をつまみ、身を翻した。「いいんじゃない」と緑は言った。


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と、こんな感じで緑と赤は、お互いが重なり合うと真っ黒になってしまう、とても危険な関係だ。でも、こうやって見るとお互いが引き立て合って、活気に満ちているんだよね。(今回は、レイモンド・カーヴァー風)


恋のバッドチューニングはつづく....



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投稿者 hidetoshi shinohara : 20:42 | コメント (24)

赤が緑に恋をする時

素敵ライフ

ここしばらく、緑と赤の関係が気になってしょうがない。
前回のブログの写真を使って、赤をメインにしたらどうなるのだろうと思い、
緑の写真をパソコンでネガティブに反転してみた。


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なんと、彼女は赤い花柄のワンピースを着た素敵な女性だった。しかも、その花柄の隙間からは彼女のまわりをパッと明るくするオーラが出ている。緑の無骨な男は眩しくて、彼女を直視できなかった....

こんなイメージが湧いてきたので、ただ色を反転するするだけでは、気が済まなくなってしまった。花びらの隙間に光輝くオーラを発してみたくなったのだ。(正確にはこんな花びらはない、緑の葉っぱを反転したのだから)白く発光した光は後で画像処理を施したもの。

なんて、女性的なんだろう。そこに小さな緑が散りばめられると、赤はさらに生き生きとしてきた。


これはもしかして、あの恋のバッドチューニング?



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投稿者 hidetoshi shinohara : 14:46 | コメント (14)

緑と赤のグッドな関係

素敵ライフ

東京のあるウェディング会場のロケで
モデルのメイク待ちの合間に撮った中庭の写真。
緑の葉っぱの中に赤い花びらが、そよ風に乗って飛んできた。


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あるところに、緑というジェントルでインテリジェンスな男がいた。この男は、本を読むことしか能がないクソ真面目なヤツだった。今、流行のちょい悪オヤジとは、ほど遠い男だった。そこへ、赤という陽気で可憐な女性が現れた。緑の男は赤い彼女に恋をした。彼は、平凡で何の変化もない日常が急に生き生きとしてきた。内に秘める、燃えるような恋だった....

単純な緑というよりも深みのあるブルーグリーン。これが、ルドルフ・シュタイナーのいうところの「緑は一層飽和し、生き生きとしてくる」ということか?このくらい、緑の面積が多いと主体となるテーマが明確になる。

バッドチューニングという言葉が、ネイティブな英語としてどうなのか、知り合いのさらに知り合いのアメリカ人に聞いてもらった。BADとは、口語で「かっこいい」という意味もあるらしい。


まさに、この緑と赤はバッドチューニングだ。



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投稿者 hidetoshi shinohara : 23:19 | コメント (12)

考える椅子

素敵ライフ

人間は、考える葦である。とパスカルは言った。
ベランダのウッドデッキに置かれた椅子を見ていると、
どこか遠くを見つめて、人生の儚さを考えているように見える。


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ただの椅子だって?そう、ただの木でできた、よくあるガーデンチェア。これをただの椅子という物質にしか見えない人もいるかもしれない。パスカルは、このような単なるガーデンチェアを見て思考をめぐらす人のことを「人間は自然のうちで最も弱い一本の葦にすぎない」けれど、「考える葦」でもあると言っているのではないか。

人間は、自然の猛威にはひとたまりもなく押しつぶされてしまう。だけど、人間は、その猛威を知っていて、恐怖を感じ取ることもでき、身を守ろうとする智慧さえも持っている。この椅子を見て、イマジネーションを喚起することもできる。そんな脆くて儚い葦は、考えることもできるのだと、パスカルは言う。

デザインだって、たんなるセンスだけでは済まされない。たった一本の線、色、形、書体のセレクト、写真のトリミングやレイアウト、全体のテーマ、ターゲット、市場、競合...を考えていかなければならない。クライアントの一言で木っ端微塵にも儚く消えて行くアイデア達。だけど、クライアントを説得して、「うむっ!」と言わせるのが、考える葦なのだ。

そう、我々の尊厳は全て思考のうちにあるのだから、デザインももっともっと考えよう。考える葦は、考えるデザイン。どうすれば心の奥深くに響くのか?


バッドチューニングなデザインを目指して。



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投稿者 hidetoshi shinohara : 17:05 | コメント (4)

表情のある窓

素敵ライフ

木枠の白い窓がいい。この窓は、絵に描いたような窓のデザインだ。
子供の頃、画用紙にクレヨンで家の絵を描いたら、
窓は必ず四角くクロス状にバッテンを入れたものだ。
こんな小さな窓を久方振りに見た。
心のどこかにしまっておいた理想の窓。僕の心のふるさとだ。


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こんな窓が、日本のどこにあろうか?この窓は、家の外の世界を四季折々にトリミングしてくれるフォトフレームのようである。いつから、日本は家の中に絵を飾る習慣がなくなったのだろうか?機能的合理主義のサッシは、確かに木枠の窓のようにきしみもなければ、開け閉めに苦労することもない。

しかし、その苦労が良いのではないか?あまりにも便利になりすぎて少しくらい、人間が窓に力を貸して上げてもいいではないか?自分達の日常に追われて、自分達のことだけしか考えていない現代人。少しは、窓の気持ちになってみよう。

「おれが四季の風景を楽しませてやってる」とか、「私がいなければ、家の中に風だって入ってこないのよ」なんて、この窓は恩着せがましいことも言わない。おとなしくじっとしているのだ。きっと、冬は隙間風で寒いかもしれない。それが冬というものだ。そんな時は、少々かっこ悪いが、おばあちゃんが編んだ紫のラメ入り毛糸のパンツを履けばいい。

この窓は、老子の言葉を守っている。「愛すること」「あまり欲張らないこと」「人の先に立とうとしないで、自分のペースで生きること」老子は、これを「三つの宝」と言っているそうだ。どうだい?えーっ?人間のみなさん?少しは見習ったらどうだい?


ココロの窓のバッドチューニング。



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投稿者 hidetoshi shinohara : 10:15 | コメント (8)

薪ストーブのある家

素敵ライフ

ふたたび、フィンランドのホンカという家の話。
けっして、ホンカのまわし者ではありません。
北海道で育った僕は、なぜか北欧の家の作りがどこか懐かしさを感じるのである。


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すっかり、肌寒くなり秋めいてきた今日この頃、僕の心は寂しさで一杯だ。秋が嫌いだ。なぜかって?あんなに梅雨明けが待ち遠しくて、やっと夏が来て、「あちーっ!」と言いながら、燦々たる太陽の陽を浴びている方が幸せを感じるからだ。

秋が嫌いと言っても好きかもしれない。どっちなんだ。つまり、こういうことだ。秋という情景は好きなのだが、秋が来ると冬が来て、『今年が終わる』という1年の後半が猛烈に過ぎ去っていくスピードが嫌いなのかもしれない。秋が来ると今年1年、まだまだやり残したことがあり、焦って恐れおののくのかもしれない。

僕は、年の初めに毎年予言する。「今年は、もう終わる」と。その予言が9月になり、10月になると予言通り刻々と近づいてくるのである。恐怖の秋。特に今日みたいに雨がぱらぱら降っていると、寂しさと恐怖で心臓がきゅーっと縮こまってしまう。まるで世紀末のように。

1年の後半が短すぎる。真夏が8月じゃなくて、1年のセンターの6月だといいんだけど。7月に台風が来て、8月に秋が来る。9月からじっくりと冬に突入していくと後半がたっぷりあり、安心する。

子供の頃、北海道は9月の後半に入るとストーブに火を灯した。今でこそ、東京と変わらず新建材を使用して、セントラルヒーティングで暖房が完備されているが、当時は薪ストーブ。

外は寒いが、家に帰ってくると薪ストーブの煌々と燃える火を見つめながら、大きなマグカップに入ったホットミルクを両手で抱えて飲み、お袋が作ったオーブンで焼きたてのクッキーを口一杯に頬張る。それが、秋から冬支度に入る北国の情景。

薪ストーブの火を見つめていると時が経つのを忘れる。傍らで、おばあちゃんは僕のために毛糸の手袋を編んでいる。しかも丁寧に片方の手袋を無くさないために毛糸の紐で糸電話のように繋げておいてくれる。

東京は、空調が完備されていて家の中にいると暑いのか寒いのかも分からない。ホンカの住宅展示場にいて、薪ストーブを見つめているとそんな子供時代の秋の情景を思い出す。フィンランドの人々も同じ地球のどこかで、同じような北国の家族の光景があるのだろうか?と思いを馳せる。


嫌いだけど好きな秋のバッドチューニング。

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投稿者 hidetoshi shinohara : 12:44 | コメント (0)

フィンランドのホンカという家

素敵ライフ

先週、山中湖でフィンランドの住宅メーカー、ホンカの住宅展示会を見て来た。
ログハウス調と聞いていたので、80年代に流行ったペンションやキコリのイメージがあり、あまり好みではないのではないかと期待もせずに行った。


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好みじゃないのになぜ、行ったかって?そりゃあ〜、フィンランドが好きだからだぜ、ダンナ〜。北海道出身の僕は、30年もの間、地方出身者の田舎臭さを拭いさるために何かと都会ぶっていたものだ。

自分にキャッチフレーズをつけるなら、「アーバンで銀座でシャープでクールでダンディで時代を駆け抜ける男」というところかな。ところが、この年齢になると粋がって都会ぶっていることが、カッコ悪いと思うようになってきた。

ホンカという住宅メーカーがこだわっているのは、ポーラーパインという北極に近い松の木を使っているのが特徴。最初、見た目はカントリー調だったので、僕のタイプじゃないと思っていたけれど、しばらく家の中にいると心地良くなってくる。

そういえば、森林浴をすれば、木からフィトンチッドという芳香成分が出ていて、その香りが脳に伝達されて心がゆったりと和らいでいくというのを本で読んだことがある。その証拠にキコリが都会へ出て来てしばらく生活したところ、原因不明の頭痛に見舞われ不眠症になったという話もある。そのキコリは、森へ帰ったところたちまち頭痛が治ってしまったそうだ。

都会のコンクリートジャングルで、ストレスが溜まってイライラしている人は、週末に森へ行って森林浴を行うと気分が晴れるというのだ。

また、木は木材になっても生き続け呼吸している。湿度が高くなると湿気を吸収し、湿度が低くなると水分を放出するそうだ。カビやダニ、結露の発生をおさえ、断熱性能を発揮し、夏は涼しく冬は暖かい。

木は、火災に弱いイメージがあるが、木の表面が燃えて炭素の層を作ることで耐火性を発揮するらしい。新建材のような、燃焼による有毒ガスの発生はないということだ。耐久性に関してもフィンランドでは、400年以上も生き続けている家もあるらしい。日本では、この家と類似構造を持つ正倉院は、1000年以上の時を経ても健在である。

僕は、ホンカという住宅メーカーのまわし者でも仕事でも何の関わりもないが、だんだんこの展示場にいると木の香りと雰囲気がとても心地良くなってきた。フィンランド好きの僕は、こんな仕事に関わってみたいと思った。


ちょっと、カントリー調の心地良いバッドチューニング。



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投稿者 hidetoshi shinohara : 00:48 | コメント (6)