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輝きを取り戻したい...

2011年5月

年明け早々に浜松町貿易センターから、フォトコンテストの参加の打診があったので参加した。フォトグラファーでもないのに恐縮したけれど、資料を拝見するとアマチュア写真家ばかりだったので、承諾した。


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震災の後、表彰式があり銅賞をいただいた。みなさん、ほとんどがアマチュアだったと思う。すごい、精力的に撮られているのを拝見してなんだか欲が出てきた。入選すればいい方だと思っていたのが、銅賞というのは微妙なところ。なんで、そこまでいって金賞じゃないんだ?


そんなメラメラと欲望が芽生えてくるということは、まだまだ枯れていない証拠である。それにしてもいい写真だと思うんだけどなあ?節電や派手なことの自粛ムードでこの写真をブログにアップするのを控えていたけど、電力の浪費というよりも世の中の輝きを取り戻したい。GLOWは、僕の今年のキーワード。ギャラリーヴィグロワのコンセプトにもなった。


審査員の先生には、僕の添付したメッセージに共感いただいた。以下そのメッセージです。


TOKYO GLOW

思えば、30年以上も前のこと、北の果てから飛行機に乗って上京してきた。羽田空港に降り立ったとき、正直、東京へ来たという実感がなかった。ボストンバックを膝に抱え、モノレールの車窓に釘付けになり、じわじわと「これが東京だ!」と実感が湧いてきた。浜松町の駅を降りたとき初めて都会の喧噪を体感した。多くの人が無秩序にあらゆる方向へ急いでいる。「そんなに急いでどこへ行くのだろう?」と思った。上を見上げると空が見えず、あたり一面灰色のコンクリートジャングル。18才の少年は、巨大な都市に飲み込まれそうそうになった。同年代の少年達は、みんな大人に見えた。心の余裕などあるはずがない。気負いばかりが空回りした。混沌とした時間ばかりが過ぎ去り、くじけそうになってうつむいてばかりいた。あれから33年の月日が経ち、少しは心の余裕ができたのだろうか?今、浜松町貿易センターの展望台に立ち、都内を見渡せば、こんなに美しい輝きを放っていた。夢と希望を与えてくれるエネルギッシュな都市。そんな東京が好きだ。



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投稿者 hidetoshi shinohara : 21:43 | コメント (8)

高崎勉Breath展が終わって...

2011年5月

オープニング企画展から、立て続けに高崎勉の個展を開催し、21日(土)が最終日でした。会期中は、多くの方にご来廊いただきありがとうございました。最終日は、朝からたくさんの方がいらして、ひとりひとり接客できなかったことをお詫び申し上げます。


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さて、この個展を振り返ってみて思ったことですが、「花っていいな!」です。花というテーマが特に目新しい表現ではないので、正直反響が気になっていたのですが、高崎勉の今回のテーマはただ単に美しい花の写真ではなかったのです。長く生きていると人生いろいろあります。その中で大切な人というのは、息づかいが聞こえるほど、身近いることに気付かされます。そんな生き様を儚くも脆い、そしてそれが可憐な美しい花で擬人化しています。


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前回のブログでは、透明感のある花のシリーズを選びましたが、今回、日が変わればまた違った見え方や考え方ができますので、別な3点をお勧めします。


暗闇に浮かぶ花は、時には誇らしげに、時には落胆し、喜怒哀楽を共に過ごしているようにも見えます。日常社会を明るい白バックで表現しているとしたら、黒バックに浮かぶ花は、暗闇に夜も一緒に過ごす大切な人生の伴侶のような気もします。



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投稿者 hidetoshi shinohara : 17:20 | コメント (6)

心安まる、一枚の絵。

2011年5月

子供の頃、自宅の暖炉の上に一枚の絵が飾られていた。

時を経て、父と肩を並べて会話ができる年齢になった。

ずっと、父に聞いてみたいことがあった。

「あの絵は?」と私が聞くと、父は応えた。

「あれは、お前が生まれた年になけなしの安月給で買ったんだ」

どうってことのない油絵の風景画だった。

私に損得で人付き合いをする人間になってほしくなくて、

あの絵のように澄んだ心を持ち続けてほしいという願いを込め、

名も無い田舎の画家から購入したらしい。

初めてその話を聞いて、その絵が急に光り輝いて見えてきた。

何か大切なことを忘れかけていたような気がした。

それから、私は大人になって一枚のモノクロームの写真を購入した。

油絵というよりは、モノクロームの世界が自宅の書斎に合っていた。

何かの記念日ごとに写真、絵画、オブジェを購入し、

コレクションが増えていった。

そんなアートの楽しみ方を父が教えてくれた。

ギャラリーヴィグロワ 篠原英智


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昨夜は、朝まで仕事をしたためか、夕方からぐっすりとソファで寝てしまった。北国の新緑と雪山の風景に天女が降りてくる夢で目が覚めた。連休には年老いた両親を札幌に残し、また東京での生活がスタートした。やらなければという焦りが募る。


帰省して父に聞いておきたいことがあった。ギャラリーヴィグロワの話を昨年からずっと電話で話をしていて、いつも話しに出てくるあの絵はどれなのか?家にはたくさんの絵が飾ってあるからどれのことを言っているのだろうと思っていた。


このヴィグロワという新しい事業がうまくいくのかどうか?賛否両論だった。この不況の中、アートなんて売れる訳ないという意見が大半だった。


父は違った。僕がまだ1才だった昭和35年、油絵がほしくてミルク代を捻出するのが精一杯だった時代に画商から絵を買ったというのだ。年老いた父は、一気に階段を駆け上がり、もう誰もいなくなった子供部屋に飾ってあるこの絵を指差した。


子供の時からいつも家にあったあの絵だった。なんてこともなく感動もなかった。父は、本当はもう一つ別な絵がほしかったと言う。そちらは、高くて買えなかったらしくずっと悔やんでいたそうだ。我家の歴史にこんなに長い時間居座るぐらいなら、そちらを買っておけば良かったと思うようになったらしい。仕事から帰ってきて絵に囲まれていると心が落ち着くらしい。「時代や経済に関係なく、絵というのはそういう力がある」と父は言った。二人は絵の前でしばらく黙って腕を組み眺めていた。


沈黙が続いた後、子供の頃から僕が無鉄砲にも何かに夢中になる度に反対して説教したあの父が「頑張れ」と一言だけ言った。いつもは、どんなに反対しても言う事を聞かなかった僕を止めても無駄だと思ったのだろうか?僕は、何か沈殿していたヤル気というマグマが噴火口に到達しそうになった。


この気持ちを忘れずに、「心安まる、一枚の絵」というギャラリーヴィグロワのステートメントを書いた。



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投稿者 hidetoshi shinohara : 00:32 | コメント (8)

高崎勉 Breath.展

2011年5月

ギャラリーヴィグロワ企画展の第2弾は、高崎勉の花のシリーズ。世の中が停滞ムードなので少しでも明るく希望を持ってほしいという理由から、今回の作品を選びました。


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僕が好きな作品は、この3点。もちろん、その日によって好みが変わったり気分を変えて飾りたくなる作品もある。朝と夜では好みも違ってくる。間接照明の世のバーなどでは、大きな額に入れたダリアなどいいかもしれない。


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場所や気分によっても見方が違ってくるものだ。この3点がいいと思ったのは、高崎勉が語っている、「大切な人は、息づかいが感じられるほどの身近にいる」ということだ。僕はこの言葉にとても共感できる。人は、前を向き真っすぐに突っ走ってきて、時には壁にぶつかり、時には落胆したり、不安になったりするものだ。そんなとき、前に立ちはだかりこれ見よがしに自分の存在感を主張する人よりも、背後に息づかいが感じられ程の距離にいる人の方が大切な人だったりする。


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この距離感は、人肌を体感できる距離でもあり、ほのかな息づかいを感じられる距離でもある。この二輪の花達はそんな寄り添う姿を表している。特にこの3点は、人肌のように透き通った儚さがある。人生を突っ走ってきて、ふと立ち止まるとそんな朧げな記憶が蘇ってくる。



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投稿者 hidetoshi shinohara : 14:36 | コメント (2)