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彼女のこと

2010年11月

これは、車の話ではなく手のかかる可愛い彼女の話である。僕が乗っている彼女は、アルファロメオGT V6/3.2である。30年以上も続いた、最後のアルファ純正エンジンだ。現行の159、ブレラはすでにアメリカ製のGMエンジンになってしまった。


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高速道路を気持ちよく走っていると必ずといっていいほど、ドイツ車のスポーツカーが追いかけてくる。その度に、もっとパワーがあり早い車に乗って見返してやりたいと思うのだ。でも、よくよく考えてみるとそんな挑発に乗せられる方がどうかと思う。日本男児たるもの、そんなことに動じなければいい。高速道路で走りに勝ったからといって、何になるのだともう1人の自分が、自分に言い聞かせる。


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この彼女は、すごくクセが強くて、乗る人を選ぶ。ここ十数年間は、左ハンドルのマニュアルシフト。立体駐車場では、左から降りることはできない。路上パーキングでは、2ドアの幅が長くてしかもガードレールにぶつかり、わずかな隙間から降りなければならない。エンジンが横置きのせいか回転半径が長く、Uターンをしようとすると一発で切り返しができない。パワステであるにも拘らず、タイヤが太いのでステアリングが重い。信号待ちで、青に変わりアクセルを踏むとあっと言う間に90km/hは出て、一発免停。お巡りさんは、「この車は、早いんだよね〜」と笑いながら切符を切る。


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銀座のど真ん中でボンネットから水蒸気が上がり、オーバーヒート。今時、ボンネットを開け、もうもうと白い煙が立ちこめている状態でレッカー車を待つ。まるで映画のワンシーンだ。数々の武勇伝をあげたらきりがない。老人の病気自慢のごとく、故障自慢では右に出る者はいないだろう。


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それでも、修理から戻ってきて、本当に治っているのかどうか、エンジンをかけてみると、ボロボロボローーーーと、何とも言えないV6エンジンサウンドがたまらないのだ。まるで、美人だけれど、わがままで手の付けられない彼女のような感じ。(そんな彼女とはお付き合いしたことはないけれど)自宅のガレージでは、乗らない日も毎日うっとりと眺める。


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なんて美しいボディラインなんだろう?ヒップアップされ、きゅっと締まった後ろ姿は、スタイルのいい美女の後ろ姿をいつまでも見ているような心境だ。しかも社名はロメオときたものだ。マークは、ヘビに十字架。こんな官能的な彼女は、ちょっといない。



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投稿者 hidetoshi shinohara : 16:34 | コメント (0)

虚無は、心地よい

2010年11月

小さな沼で、虚無に浸った。この何もない風景は、空虚な時間が流れていく。日常の喧噪から逃れ、考えることを止めてみた。目を閉じ、耳を澄ませると秋風だけが耳元を通りすぎる。


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ああ、虚無。なんて心地良いのだろう。このまま流れに身を任せ、漂ってみたいものだ。毎日、あくせく働き、日々が過ぎ去っていく。けっして、目標がないわけではない。むしろ、たくさんあり過ぎるくらいだ。


あれもこれも同時にはできない。やる努力より、やらないことをいかに作ることの方が大事か?何かを成し遂げるということは、一時的な犠牲を払ってでもやらないことを作ることなのか?そして、やるべきことに全神経を集中させて、それに取り組む。


それができたら、どんなに幸せだろう。僕は、昼夜を惜しんで夢中になって取り組むことだろう。人は、「やればいいじゃないか?」と言う。そうなんだよ。やればいいだけのことなんだよ。多くのことを抱え込んでしまったばかりに、身動きできない自分がここにいる。


そのいらだちが、こんな何もない風景に身を委ねるととても心地良いものになる。たまには、こんな誰もいない、何もない、名もない風景に身を置いてみるものもいいものだ。


色もない、グレー世界。心をニュートラルにしてくれる。



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投稿者 hidetoshi shinohara : 23:22 | コメント (4)

空虚に身を委ねる

2010年11月

空虚。なんていい響きだ。雲一つない曇り空。一般的には嫌われる曇り空。車を飛ばして、写真を撮るぞ!意気込んで来たわりには、グレー一面の曇り空。嫌われ者の曇り空。その曇り空に嫌われ者のカラス。グレーの空にブラックのカラスが調和している。


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僕は、ブラックという色が好きだ。車もブラック。ファションもブラック。靴も鞄も持ち物もオフィスもブラックが基調。文具はほとんど、ブラックに統一され、ファイリングもブラック。デザインという仕事は色が氾濫するので脇役となるものは全てブラック。大量の本はブラックで統一することはできない。ただし、本棚はブラックにすることができる。ブラックの中にビビットなカラーを差し色で使用するとこれがまた映える。


全ての色を調和する色は無彩色と言われている。白は爽やかでいいときもあるけれど、少しでも汚れが目立ってくると気分をイライラさせる。真っ白なシャツを来て気分も爽やかなときに、担々麺のスープがぴっと飛び、シャツに点なりシミになったときは、一日中いらいらする。


グレーは、時にはシックで上品であるけれど、曖昧さがいらつかせる。ブラックは、きりっと全ての色を引き締めてくれる。そいう意味でカラスよ、あなたは僕と同じ考えのダンディズムを持ち合わせている。それなのになぜ嫌われ者なのか?それはね、品行方正じゃないからだよ。


ブラックを身に纏うということは、それなりに中身も大事なんだ。君はゴミ袋をくちばしでつっついて、食べ散らかしたりするだろ?それさえしなければ、ブラックでダンディな鳥として、みんなに認められるのに。あと、その鳴き声、なんとかならないのかね?「クァ〜〜〜ッ」だなんて。気の抜けたような人を小馬鹿にでもしている鳴き方して。あれは良くないよ。どうせ、鳴くなら腹の底から背筋を伸ばして「カーーーーッ!」と鳴いてみな。きりっとした印象になるよ。
そんな空虚なことを考え、シャッターを切った。



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投稿者 hidetoshi shinohara : 00:10 | コメント (0)

空虚を楽しむ

2010年11月

タルコフスキーの「ノスタルジア」という映画に触発されて、空虚な風景写真を撮ってみた。僕は、派手なモノより空虚なモノが好きだ。群れることが嫌いだ。一人遊びが好きだ。パーティが嫌いだ。そんなことを言って、誰にも誘われなくなるのも寂しいので必ず誘ってください。ただ、行くまで気が重いのです。行ってしまえば、結構はじけて楽しんでしまう方なんですけどね。


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多分、空虚がマイブームなんだと思う。僕はナルシストなところがあるので、孤独で空虚な自分だと思うとその世界に入り込んでしまって、自分に酔ってしまうのかもしれない。


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僕は、空虚が暗いなんて思わない。空虚を恐れたりなんかしない。不確かで、不安定の時代にみんなで手を取り合い助け合うことは大事だと思う。でも、無を楽しむ術を身につけると空虚なんか怖くない。こんなにも心を無にしてくれる。けっして、悪い方へ考えるのではなく、希望を持って未来のことを考えることができる。


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そう思えるのは、多くの友人達に助けられているからだと思う。助けられていることに依存するのではなく、そこから這い上がる努力は自分でしなければならない。その努力をするときに、一人空虚になり心を落ち着かせると頭のスクリーンに一抹の光が見えてくる。あとは、それを目指して突き進むだけ。


空虚に身を委ねると、身体が浮遊していき全身からアルファ波が出てくる。それがなかなか心地良い。



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投稿者 hidetoshi shinohara : 16:25 | コメント (0)

タルコフスキーに魅せられて

2010年11月

Yさんと車で撮影ぶらり旅に出た。あいにくの曇り空だったけど、イメージは僕の好きなロシアの映画監督、アンドレイ・タルコフスキー。あまり観光地化されていない、千葉県我孫子市にある手賀沼というところへ辿り着いた。


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タルコフスキーの「ストーカー」と「ノスタルジア」の映像を写真にできないかと思い、フォトスケッチで撮ってみた。タルコフスキーは、難解と言われている。叙情的で見ていると眠くなるとも言われる。でも、これは絵画と一緒であることが最近わかった。僕は評論家ではないので、難しい言葉を並べて知的に見せる必要もない。「ストーカー」を見て何度も寝てしまった。5回目くらい見てやっとそのストーリーが理解できた。


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マーコ・ロスコの絵もそうだけど、ある人に画集を見せたら「これは、どう見たらいいのかわからない」と言われた。僕は、しばらく困った。なんて解説すればいいのだろう?と。しばらく、その課題を考え続けたとき、ある日突然答えが出た。理解する必要なんかないんだ。評論家が難しいことを言うから、右脳で考えようとする。ただ目の前にあるものを感じ取ればいいだけだ。そう、絵というものは理解するのではなくただ感じ取ればいい。絵というものは特別な人だけのものではなく、誰もが何かを感じ取れるはずだ。ゴッホの絵がいいのか悪いかなんて、考える必要なんかない。ただ、好きか嫌いかだけだ。


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なんとなく、この曇り空と湿地帯を見ているときにタルコフスキーの2つの映画を思い出した。タルコフスキーの映画には水のシーンが頻繁に出てくる。淡々と流れるストーリーの中で、何か湿地帯のような、ぴちゃ、ぴちゃっ、という音とか、雨のシーンなんかが妙に心に残る。水の星に生まれた地球人だからだろうか?生物は水から生まれ、水に返るのだろうか?地球人としてのDNAが疼くのであった。



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投稿者 hidetoshi shinohara : 23:33 | コメント (0)