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旅立つ

2010年4月

綿毛になったタンポポを見つけた。


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そろそろ、旅立つ季節がやってきた。花言葉は「真実の愛」ということだ。子供の頃、綿毛のタンポポにふ〜っと息を吹きかけ種を飛ばして遊んだ。まあ〜るく繊細で柔らかい球体はふわっと、一瞬コマ送りのように分解され飛んでいく。この瞬間がなんとも心地良かった。


子供の頃、まだ子供だった頃、子供らしい遊びをした。今と違って文明的な遊びなどなかったけど、近所の子供達と野原を飛び回り綿毛のタンポポを見つけて吹き飛ばした。


きっと、綿毛のタンポポも旅立ちたくてうずうずしていたに違いない。子供らしい子供がいたから、お陰で多くのタンポポは飛んで行けた。今でも風が吹けば飛んで行くのかもしれないけれど、子供達に後押しされて飛んで行く種は真実の愛を求めて旅に出る。


そして、今まで違った環境で新しい生活が始まる。別れもあれば出会いもある。そんな季節である。32年前のこの季節、僕も東京で新しい生活が始まった。都会の見るもの触れるもの全てが刺激的だった。この綿毛の種のように風に飛ばされて、北国の小さな町からふわふわと東京に辿り着き、根を下ろした一人である。



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投稿者 hidetoshi shinohara : 22:27 | コメント (4)

雑音

2010年4月

渋谷を歩いていて見つけた、工事中の騒音と壁。


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計算してこういうリズムができたとは思えないけど、工事現場の騒音とともにこの壁にも雑音を感じる。


そこへ、マジックやスプレーで描かれたノイズ。誰が描いたのかしれないけど、ほんとに傍迷惑なことである。こんな所に描かなくてももっと描くところはあるはずなのに。


よく見ると、ヘタウマとも違う、なんとも言いがたい気合いのない線のタッチ。毎日だらだら生きている気怠さを感じる。線は、自分自身を表す。ペン一本で絵を描いたり、文字を書いたりするとその人の人柄が出る。


特に人物を描くと本人のどこかに似てくるから怖い。フォルムが似てくるということではない。内面を表すとでもいうのだろうか?


誰もいないときにこっそりと描いて、スリルを味わっているのかもしれないけど、自分の形跡を残しているんだよね。なんだか、犬のおしっこみたい。



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投稿者 hidetoshi shinohara : 22:28 | コメント (0)

コンポジション010

2010年4月

点が集まり線になり、線が集まり面になる。すみません、この話、今回で一旦終了しますから。


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点で集まった線を平行移動していくと、面になる。すごいと思いませんか?最初は、あの小さな点だったのに集合体になるとこんな広い面になる。さらに、面が集まると立方体になるのでしょうね。


集団のパワーというのは、こんなイメージなのかもしれない。一人の力では限界があるけれど、同じ夢を分かち合える仲間が集まったらすごいパワーになると思う。僕が、次に考えているプロジェクトはそんな感じ。最初は、個人の思いから始まる。それが、ある人に話すと賛同してくれて、さらに別な仲間を引き連れてくる。


どんどん、その夢が伝播して大きくなり、やがて夢が現実となる。それが、パワー。でも、最初に熱い思いがなければたとえ多くの人が集まったところで、同じ価値観を共有することもなく、ただの群衆になってします。


やはり、大きな組織であっても魅力的な商品やサービスを生み出す企業というのは、創業者の思いをずっと引き継いでいるということにつきる。



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投稿者 hidetoshi shinohara : 22:29 | コメント (0)

コンポジション009

2010年4月

点が集まると線になる。ひとつひとつは小さな点かもしれないけれど、みんなで手を取り合いつながれば一本の線になる。


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人間関係もそうだけど、一人よりも二人。二人よりも三人と仲間が増えていくとつながりができて楽しいよね。目指すべき方向が決まり、何かを成し遂げようとする時、点と点がつながり線になる。


何か目標を持って突き進んでいる時、途中のつながりが認識できないけれど、それがどんどん伸びて線になっていくことがある。点ひとつの力は小さい。つながれば大きなこと可能性が生まれる。


そうだ、線というのは点の集まりなのだ。縦横無尽に駆け抜ける線。今の慌ただしい世の中みたいに駆け巡る。レーザービームのように真っすぐとどこまでも続く。線の果てはどこにあるのか?必ず、スタート地点があればゴール地点がある。


ゴールに辿り着けば、またスタート地点に点を置き出発する。すると線が集まって今度は面になる。新しいプロジェクトの始まりみたいだ。



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投稿者 hidetoshi shinohara : 22:54 | コメント (0)

コンポジション008

2010年4月

二つのよりよい関係は、相互扶助の関係となる。


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自分の徳より、他人の徳を優先することで自らの幸せを勝ち取るというもの。


今話題の「フリー」という本の中にクロポトキン「相互扶助論」というのがある。ある意味で、今日のインターネットもリンク経済と言っている。リンク経済とは、人々がウェブにメッセージを書いてお互いにリンクを張り、受け手にトラフィックや評判をもたらすもの。


進んで他人を助けることで相手も同様にふるまうようになる。「原始社会」はそのように動いていたというのだ。現代の贈与経済は市場経済よりも、人間の自然の状態に近いということだ。


しかし、これらを実践しようとしてあらゆる規模で失敗したらしい。集団の人数が150人を超えると相互扶助を監視する社会的絆がゆるみはじめるのが主な原因だった。150人という数字は「ダンバー数」と呼ばれて、人間のコミュニティで各メンバ−が強い絆で結ばれたままでいられる構成員の上限数だ。


僕は、相互扶助という関係が成り立つのは、一対一の人間関係においてだと思う。AさんとBさんの関係がお互いにメリットがある場合に成り立つ。子供のお遊びではないのだから、なんらかの相互扶助が成り立たないと人間関係は難しい。それが、与えるものが物だとして、返ってくるモノが精神的な支えだとしてもいい。AさんはCさんとまたは、Dさんと、というようにそれが膨らんでいくだけなのではないだろうか?


いずれにしてもあまり他人に干渉しすぎるのもうっとうしくなるし、関心を持たれなくなるのも孤独感を味わう。仕事も家庭も友情も相互扶助の関係があるからこそうまくいく。この二つの点のように適度な距離がいい。



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投稿者 hidetoshi shinohara : 19:09 | コメント (0)

コンポジション007

2010年4月

何かに集中しなければならない時、この一点を見つめると集中力が高まる。


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ど真ん中にある、ただの黒い点。これを両目で瞬きをせず、一分間見つめる。そうすると、黒点の周りが白く光ってくるように見える。皆既日食のようだ。


これに丹田式呼吸を組み合わせるともっと集中力が高まる。丹田とは、下腹部のこと。椅子に軽く腰掛け、両手を重ねて下腹部の丹田にあてる。


背筋を伸ばしてあごを引き、鼻から息を1、2、3、と数えながら吸う。次に1、2、3、4、5、6、7と数えながら鼻から息を吐く。


これを繰り返していくと生命のエネルギーが湧いてくる。だんだん、体からエンルギーが放射していくような気分になる。それがα波である。この丹田は、生命エネルギーをつかさどる場所で別名チャクラという。


何かを成し遂げようとしている人はぜひやってみてください。



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投稿者 hidetoshi shinohara : 23:56 | コメント (0)

コンポジション006

2010年4月

ひとつバランスが崩れると、ガラガラガラッと音をたてて崩れ落ちていく。そんなことって、ないだろうか?上の部分が重くて、下が小さなものが支えているときはそんな感じである。


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僕がまだ18才の頃、夏休みに札幌へ帰省して、家具店のバイトをしたことを思い出した。配送センターから次々と大きな家具をトラックに積み込んで、運転手さんと一緒に助手席に乗ってお客さんのところへ運びに行く仕事。お客さんのところへ着いたら、トラックの荷台の扉を開けて大きな家具を担ぎ込む。


僕は、いつも職人のおじさんのサポート役だったけど、ある日、「おい、小僧。やってみるか?」と言われて、僕は調子に乗って「はいっ!」と言ってしまった。


倉庫で、おじさん達が大きなタンスを一旦、膝の上に乗せ、それをひょいっと肩に担ぐのを見ていた。タンスが大き過ぎておじさんの体が小さく見えたけど、タンスの重心の下に体を入れると支柱の役割になり意外と安定することに気付いた。


そのイメージを現場でやってみた。担げた。それを玄関まで運ぶ。庭の砂利に足をすくわれ、「あっ!」と思った時には遅かった。後ろへ重心が移動したら、もう堪えられなくなり、『ああ、この世の終わりだ』と思った。その時、一緒に同行していたドライバーのおじさんが、ぱっと片手でおさえてくれた。


そうりゃそうだよね。こんな小僧に責任取らせるわけにはいかない。現場の責任者として見ていてくれたんだ。後ろを振り向くとおじさんはニコッと笑って、「あぶね〜、あぶね〜」と言った。そこの家のおばさん、僕に5,000円のチップをくれた。僕は、困っておじさんに目で訴えかけた。そうしたら、「小僧、もらっておけ!」と言ってくれた。


そんなバランスを崩した瞬間を表現してみた。



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投稿者 hidetoshi shinohara : 22:36 | コメント (0)

コンポジション005

2010年4月

この季節は、身も心も不安定なう。桜は咲き、新年度が始まるというのになぜか毎年焦る。


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何に焦るのかというと、現状に満足できない自分に焦るのである。何か重荷を背負っているようで不安定な感じ。生きていくって大変だね。楽しいこともあるけど、背負っているものも大きい。主と従の関係が崩れて逆転したり、世の中が激変したり、今年は何かが変わっていきそう。


そんなことを考えるのは、大げさなことだろうか?桜の華やかさと裏腹に何かが重い。このコンポジションでは、一番小さな点が僕であり、上に乗っかっている2つの点が人生である。ちょっとでも、足元のバランスが崩れるともう支えきれなくなる。


もっと、軽やかにもっとしなやかに生きたい。それは、大人として我がままなことなのだろうか?大人というものは、多少嫌なことを我慢して生きていくところがある。僕は、それに耐えられない。結構、自分の好き勝手に生きてきた方かもしれない。


いつか、この大小の点が逆転することを願って、新しいことにチャレンジしていこう!



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投稿者 hidetoshi shinohara : 15:43 | コメント (0)