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コンポジション004

2010年3月

躍動感を点で表現してみた。昨日の「安定」を上下に移動させていくと、動きのある構成になる。


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ピンポン玉を上から無造作に落として、ポ〜ン、ポ〜ンと跳ねている感じ。気分が昂揚しているときなどは、こんな気持ちではないだろうか?ちょうど、今頃、東京では桜が咲き、まだ寒いけれど春の訪れが気持ちを軽やかにする。


僕は単純な方なので何かいいいことがあると、思わず鼻歌まじりにスキップなんかしてしまうと、はっ!と我に返り辺りを見回すことがある。


クールでダンディだと思われているから、そんな軽さを見せるわけにはいかない。子供は、いいよね。無邪気に飛び跳ねていて。そうだ、若さの秘訣って嬉しいことを素直に心から「うれしいーーーーっ!」と喜べることではないだろうか?


大人になってくると、それがあまりできなくなってくる。僕は、歩いていてiPhoneでツイッターなんか見ていると、可笑しくて一人でニヤニヤしてしまうことがある。もっと、心の底から大笑いしたいくらい。


それが、できないのが大人。イメージというものがあるからね。でも、心の中はこんな感じで軽やかになることもある。



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投稿者 hidetoshi shinohara : 21:25 | コメント (0)

コンポジション003

2010年3月

月末の仕事を今日までにかたづけた。これで明日は少し楽になる。


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そんな気持ちを点で表現してみた。テーマは、「安定」。特に大きな動きもなく安定した気持ち。こんな時は、普段できないことをする。幸せな未来を思い描いてみる。青空に浮かぶ雲のような気分になってみた。気持ちが軽やかになり、浮遊している。昨日まで、心臓の鼓動が激しくエネルギーが拡散していったのに、今日は安定してきた。


中間に浮かぶ、点の集合体は横に列をなして漂っている。体が宙を浮いて、少しずつ流れに任せて漂っているようだ。


嵐の前の静けさとでもいうのだろうか?大小の点は静寂とも違い、上下にゆっくりと動いている感じだ。ゆったりとしたリズムを刻んで速度は、Adagio(アダージョ)である。


スンタリー・キューブリックの「2001年宇宙の旅」で、宇宙へ向う無重力状態の宇宙船の中で、ふわふわ浮遊しているあのシーンを思い出す。ヨハン・シュトラウス2世の「美しく青きドナウ」が聴こえてきそうだ。



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投稿者 hidetoshi shinohara : 22:38 | コメント (0)

コンポジション002

2010年3月

月末にあれもこれもやらなければならない時の状態を表現してみた。


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気分は、集中と拡散。どちらかというと拡散しているような状態。まるでビッグバーンが起きた時のように一瞬、時間が止まり、ぎゅっと圧縮されゆっくろと外へ向って爆発していくような感じだ。拡散の方向は外へ向っているけど、画一的ではない。遠くの方からこちらへ向ってくる印象もある。


きっと、今の精神状態は何かをぶち壊して、エネルギーを発散させたいのだと思う。新しいプロジェクトを始める時は、必ずこのような気分になる。既成概念に捕われず、過去のものをぶち壊す。陶芸家が、自らのスタイルを壊して常に何かを生み出そうとするように、ハンマーで作品を叩き割るようなイメージ。


粉々になった破片は、陶器のかけらだけれど、そのよせ集めはそれぞれに表情を持っている。点が集まると面になっていくように。



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投稿者 hidetoshi shinohara : 22:51 | コメント (2)

コンポジション001

2010年3月

基礎的な平面構成を勉強するときに通過するコンポジションを考える。


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黒い3つの円で上昇を表現してみた。現在は、地面に近いところに小さくまとまっているけれど、中期、長期となるにつれ大きなことを成し遂げる願望を表している。


画面は、上に比重があるということはとても不安定である。未来というものはまったく予測がつかない願望であるから、不安定とも言える。


大きなあの円を頭の中で思い描き、それに向けて計画実行していく。僕のくせとして、何か思い浮かべる時、必ず斜め45度上を見上げるようである。たぶん、あの辺にビジュアルが浮かんでいるのだと思う。人によっては、下を向いて何かを思い浮かべる人もいるかもしれない。


そんな人は、大きな円を下に配置するのだろうか?このコンポジションには、正解はないと思う。自分が思い描いた印象を表現していけばいい。ただ、客観的に同じように思うような人がいないと共感は得られないかもしれない。


このコンポジションは、みんなどんな印象を受けるだろう?



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投稿者 hidetoshi shinohara : 23:53 | コメント (2)

ホワイト

2010年3月

白という色は、ある意味究極の色と言えるかもしない。


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白は無垢の色。白は純潔の色。白は雪の色。白は雲の色。白は子供の頃、飼っていたスピッツの色。白はビートルズのホワイトアルバムの色。僕の白の思い出はこんな感じ。


白は、全ての色を調和する色でもある。グラフィックデザインのレイアウトをしていて、最後配色に悩んで何案も試作を作っているとき、白に立ち返るとすきっと答えが出る場合がある。たくさん色を使い過ぎて、または、どうしても要素が多過ぎて、画面上とっち散らかってしまった場合、最後に白を持ってくると全ての色を調和してくれる。紙媒体の多くは、白い紙に印刷することが多いので足し算で考えていくと、通常の4色プロセスの場合シアン、マゼンタ、イエロー、ブラックだ。頭で配色していると白というインクの発想がない。ところが、引き算で考えていくと、紙の地色を生かして配色していくことができる。


ビートルズのホワイトアルバムのデザインは、どうして白にしたのだろうか?それまでは、サイケデリックの真っ盛りで、派手なジャケットデザインが主流だったのにその逆をやった。常に他とは違うことをと思っていたのかもしれない。それでいて、外さないところがすごい。何でも、時流に乗らないで逆をやれば新しいかというわけでもない。逆をやって、その時、見た人達にその手があったのか?と思わせることが大事だ。それじゃないと独りよがりになってしまうからね。


デザインは、音楽と同じようにオーディエンスを意識して作られるべきだと思うので、その判断が非常に難しいところだ。ホワイトをさりげなく使いこなすのは、高度なことかもしれない。



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投稿者 hidetoshi shinohara : 23:23 | コメント (0)

猫は逃げる

2010年3月

猫は、追うと逃げる。この写真のように「よし、よし」をしてあげようとしているのに程よい距離を保ちつつ、警戒している。


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この小憎たらしいほどの、ほっぺのぷるる〜ん。そこをなでなでしてあげたいのに睨みつける。仕事が終わって、ほんのひと時のくつろぎの時間に癒してほしいのにふてぶてしく僕を睨みつける。


何か気に触ることでも言ったのだろうか?瞬時に頭の思考回路が分析する。頭の検索エンジンがいくつかリストアップして優先順位をつける。恐る恐る、猫にどの件についてなのか聞いてみる。返答がない。でも、この不貞腐れた表情は確実に怒っている。『ごめん!僕が悪かったよ』と一歩を踏み出そうものなら、即座にスタートを切れるクラウチングポーズの体勢で準備万端である。


猫は、『ごめんと言えば済むとでも思っているんでしょう?』と顔に書いてある。
『誠意がないのよね。何が悪いのか言ってごらんなさい?』僕は口ごもる。『ふ〜ん、やっぱりね』と猫はつぶやいた。もう、何を言ってもダメなのか?


猫は、きっと僕のことを信じていないんだ。「信じてほしい」と、いくら心の中でつぶやいても目で疑っている。『どうせ、男なんて』とでも言うように。『男だっていろいろいるんだ』と訴えかけると『けっ、小ちゃい男。ちっせぇ〜んだよ』と猫は語る。


大体、猫に癒してもらいたいなどという魂胆が気に食わないらしい。本当は、癒されたいのは猫なのに、人間はいつも猫を癒しの道具にする。


いつまでも距離が縮まらない。この際、思い切って飛びかかるか!きっと、ギャー!とツメで引っ掻きまわされるに違いない。



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投稿者 hidetoshi shinohara : 20:54 | コメント (0)

紙の温もり

2010年3月

DMのデザインをしていて、紙選びに悩んだ。僕が選んだのは、リバーシブルマーメイイド。表がセルリアンブルー(ターコイズブルーのような気もするけど表示はセルリアン)で裏がアイボリーだ。


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この表裏の組み合わせがとても爽やかな感じがした。なんだか春の訪れを感じて直感的にこれに決めた。マーメイドのざらつきが手に取ったとき、とても心地いい。


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今までのグラフィックデザインは、紙媒体の印刷物がメインだったので紙の質感が最後には決めてとなる。デザイナーは、印刷の知識はもちろん、タイポグラフィー、写真、イラストレーション、紙質、特殊印刷加工、コストなど、ありとあらゆることを知っていなければならなかった。特に印刷の色味は、紙質に左右される。黒が締まって見えるか、柔らかく見えるか?シャープに仕上がるか?ソフトに仕上がるか?デザイナーは、瞬時に紙質を決定できなければならなかった。


少しずつ、紙媒体が減ってインターネットに変わっていくとしたら、このような手触り感は求められなくなるのだろうか?何でもつるっとしたモニターで解決してしまうなんて、とても寂しい。これからの若い人達は、恋愛もモニター上で済ませてしまうなんてことがなければいいけど。


彼女と大事な話をメールだけで済ませてしまうなんてことも聞いたことがある。面と向って話合うことができなくなってしまうのではないだろうか?そんなことにならないためにもこういう紙の感触を味わってほしい。


たとえ、電子書籍が主流になったとしても、紙でできた書籍も残ってほしい。あの紙とインクの臭い。子供の頃、新しい本を買った時は、そんなことにときめいたものだ。



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投稿者 hidetoshi shinohara : 22:37 | コメント (4)

スイスのデザイン

2010年3月

神田にある竹尾の見本帖本店ショールームへ行ってきた。


2階のギャラリーでスイスのポスター展をやっていたので観て来た。いつもは、スタッフに紙を買いに行ってもらっていたけど、今日は雨の中てくてくと自分の目で紙選びをしてみようと思った。


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ギャラリーでは、90年代にMacがデザイン界に浸透し始め、日本ではみんな模索していたころに活躍していたスイスのグラフィックデザイナーだった。ちょうど、バブルが弾けて、僕は無謀にも周囲の反対を押し切って会社を飛び出した。上司からは「今、辞めるのは辞めろ!本当に大変な時期だから」と言われたにもかかわらず、死ぬ気でやればなんとかなると脳天気に2ヶ月で会社を設立した。ところが、仕事はなかった。独立前に紹介を約束していた友人、知人に電話をかけまくったけど、ことごとく断れた。世の中、そう簡単に人の言葉を信じていけないことを痛感した。


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毎日、途方に暮れて、本屋通いをしていたとき、「こんな表現があるんだ?」と洋書を大量に買いあさった。当時の日本でデザインは、Mac病と言われるくらい一辺倒だった。そこには、スイスらしい構成主義とタイポグラフィのこだわりがあった。どうせ、仕事がなかったのでスイスデザインの模倣をして、自分の表現に吸収しようとしていたころだった。


いつの間にか仕事が忙しくなり、あのときのデザインに対するときめきがなくなっていった。このギャラリーのポスター展を観てまたなんだか魂を揺さぶられた。特にウォルフガング・ワインガルト、ウィリィ・クンツ、エイプリル・グレイマンの名が懐かしい。そして、とにかくかっこいい!



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投稿者 hidetoshi shinohara : 22:33

気になるあいつ

2010年3月

後楽園のラクーアを通りかかると気になるやつがいる。


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それは、メリーゴーランドの屋根の下にいる男の顔だ。夜のメリーゴーランドは美しい。これがぐるぐる回っているだけでも幸せな気分になる。いい大人がじーっと見入ってしまうのだ。


日本語に直すと回転木馬。英語だとmerry=陽気な、go=行く、round=円形の、つまり、ぐるぐる回る陽気な乗り物なのだ。


だから、見ているだけで陽気になるのかもしれない。ただなんとなく、見ているだけで何もかも忘れさせてくれる。大の大人が一人で乗ってはいけないのだろうか?すごく、そそるなあ。


今のお客さんが降りて次の番が来たら、あの入り口の階段に足をかけてしまいそうだ。木馬のポールに片手でつかまって、もう片手は外に向って手を振って満面の笑みを浮かべている自分の姿を想像した。


誰も見ていないから、いいような気がした。その時、携帯電話が鳴って我に返った。メリーゴーランドの屋根の下の男が笑った。「また次があるさっ!」と言っているようだった。いずれは、乗るような予感がする。


ああ、愛しのメリーゴーランド。



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投稿者 hidetoshi shinohara : 22:57 | コメント (0)

ノート

2010年3月

やっとお気に入りのノートを見つけた。


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ノートは、大事だ。気に入ったノートを見つけるといつの間にか廃版になっていたりする。次にまたお気に入りのノートを見つけ、中身を埋め尽くすころにはもう同じ物はなくなっている。日本製の文具メーカーのノートはダサイ。今回、手に入れたノートはしゃれていて、A5サイズで鞄に入れても手頃の大きさは、いつも手元に置いておきたくなる。使い終わって、何冊も溜まってもきちっと揃えられる気がする。


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このノートは、僕の要求に応えてくれている。しかもレザーのカバーまで別売されていた。大人っぽくて、インテリジェンスだ。


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これ一冊をいつも持ち歩くことにしよう。文具メーカーは、もっと格調高く、勉強意欲をそそるデザインのノートを開発してほしい。そして、ずっと定番になるような存在がいい。


これが見つかるまでは、情報カードとA4コピー用紙にメモを取り、A4のエセルテ2穴バインダーにファイリングしていた。情報カードは専用ボックスに入れている。カードは、後でテーマごとに組み替えられるところがいいのだけれど、ぱらぱら持ち歩くものだから、結構埋もれていらいらすることが多い。


これでやっと、新しいプロジェクトのことに集中できる。カタチから入る困った性格は未だに治らない。これをポジティブにとらえると「こだわり」と言う。



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投稿者 hidetoshi shinohara : 21:58 | コメント (0)

素描No.005

2010年3月

久々に素描シリーズ。

昨年から、鉛筆画を描き始めた。仕事の合間に描いているので、それどころじゃなくなるとすっかりとご無沙汰してしまう。でも、こうやって白い紙に鉛筆を持つと無心になれる。


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一番最初に描いたのは、10年前に台風で崩壊したサイロの納屋だった。なんであんな絵を描いたのだろうと思い返してみた。あの頃、今の自分に満足いかなく何か自分の生き方を根本的に壊したいと思っていたような気がする。あれから、一年近くが経った。いろいろあった年だった。仕事もプライベートも人生の中で、転換期に来ているのかもしれない。


人生の折り返し地点もとってくに過ぎ去ったところで、このままではいけないと悶々としている状態が続いた。デザインって、何だろう?幸せって、何だろう?信頼って、何だろう?愛って、何だろう?お金って、何だろう?本当に僕はこの世の中で必要とされているのだろうか?何かを発信しているだろうか?表現者として、心地良さを提供しているだろうか?人に優しいだろうか?親孝行してきただろうか?


気がつくと、なんだか今までのスタイルを全部ぶち壊したくなっている自分がいた。今だから言えるけど、きっとこれから新しいことをやるための過去の清算なんだと思う。


自己分析をしてみると、崩壊した納屋をこれから再生させようとしている表れではないかと思う。きっと、過去に培ってきたものを一度破壊して、まったく別な物ではなく、その土台の上に何かをやろうとしているような気がする。


今年はやるぞっ!



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投稿者 hidetoshi shinohara : 22:28 | コメント (6)

帰宅なう

2010年3月

今日は、後楽園ラクーアのジムへ行ってきた。


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3年前から始めたフィットネスジムでのトレーニング。以前は、一日おきに行っていたけど、今では安定してきたので週一回のペースをキープ。


土曜日の夕方くらいから始めて、約3時間くらいのトレーニング。最初はランニング20分。次にストレッチ20分やって、体が温まってきたところでベンチプレス。今ではやっと60キロを挙られるようになった。僕は腕力がなく大胸筋も弱かったけど、男らしく胸板がやや厚くなってきた。


最初始めたときは、トレーナーにバーだけを持たされて、心の中で『馬鹿にするな!』と思ったけど、そのバーが挙らなかった。たった20キロしかないのに。それから、徐々にウェイトを上げていき、今では60キロまで挙るようになった。


隣のおじさま方は、もっと大きい重りをつけて挙げているのを見せつけられると対抗したくなるけど、自分の目的に合ったトレーニング方法でよいことに途中で気がついた。僕は何もムキムキのマッチョになりたいわけではないのだ。スリムに引き締まったボディであればいい。細身のスーツをかっこよく着こなせればそれでいい。


フリーウェイトとマシンを交互にやりながら、最後は、また20分のランニング。これが習慣になって、体を鍛えることが楽しくなった。そして、ジムを出てラクーアから見える東京ドーム。自宅は歩いても20〜30分のところ。車だと、10分で着いてしまう。


夜空に浮かぶ、ドームが美しい。



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投稿者 hidetoshi shinohara : 23:30 | コメント (2)

社会保険労務士さんのロゴデザイン

2010年3月

珍しいロゴを採用していただいた。


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僕は、いつもデザインするうえで自分に言い聞かせていることは、「どうせ、こんなものだろう」と思わないこと。もちろん、求められていることをしっかりと把握しなければならない。一番求められていることをA案とすると、プラスαの提案をするのがB案。そして、独自の提案をC案とする。大きく分けて、この3方向を提案する。何十案、何百案デザインしようが、必ずこの3つのグループに分けて、この順番でプレゼンする。この3つの中でさらに分類はするけれど。


今回、社会保険労務士の浜口さんのロゴデザインを制作した。いつもの通り、3方向を提案し、C案はまずありえないだろうと思った。ところが、C案に決定した。意外にも浜口さんは他の何十案も目もくれず、この案に反応したのだった。デザインコンセプトは、「経営者と従業員の風通しを良くする役割を果たす。ロゴの目的は、誠実な職種と見た人に夢と希望を与え、浜口さんの人柄を表すパーソナル・アイデンティティーとなる。」ということだったので、風とか、砂とか、海とか、ヨットの帆とかを最初考えていた。


C案は、経営者と従業員がお互いに共存し合うイメージを思い浮かべた。ボブ・ディランのLike a Rolling Stoneのように。曲の内容とは違うけど、まるで転がる石のように...上流から下流へ石ころが転がってきて、角が取れて丸くなっていくようなイメージをデザインしてみた。事務所の「浜風」という名にちなんで、砂浜の丸い石ころをイメージした。


浜口さんに以前、当社の就業規則を作っていただいた時、僕は、「従業員」という言葉を全部「スタッフ」と言う言葉に変えてもらった。それは、「従う」という文字が嫌いだったからだ。会社は、働くスタッフのお陰で成り立つ。だから、上下関係というよりも共存なのだと思う。だからと言って、逆転するのも困りものだけどね。



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投稿者 hidetoshi shinohara : 22:49 | コメント (0)

税理士という仕事

2010年3月

今日は、笑顔の素敵な税理士の五味さんが来てくれた日。


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デザインの仕事をしながら、帳簿のことに頭を切り替えるのはとてもつらい。僕は、できれば、ふわふわうきうきしていたい性格なのにこの数字とやら、きちっとしていなければならないところがやっかいだ。『大体でいいんじゃない?』と心の中で思っているけど、そんなこと口には出せない。


この五味さんは、大きな電卓をごつい手でブラインドタッチを巧みに駆使し、32連符で連打する。大学時代は、アメフトをやっていたらしい。僕の机からはパーテーションで見えないけれど、電卓を叩くサウンドはシンフォニーを奏で、クライマックスをむかえる。僕は、仕事をしながら、そのサウンドに聞き惚れてうっとりする。『どんな指の動きをしているのだろう?』と、ちょっと、そばを通りかかるふりをして、こっそりと横目で覗き見した。なんとっ!電卓とは反対側に置いてある帳簿を見ながら、完璧なブラインドタッチではないか!


正直、しびれた!その華麗な指先のダンスにうっとりしていると「社長、ちょっといいですか?」と五味さんが言う。僕は、『はっ!』と我に返り、「あっ、はい!」と返事をする。パソコンを開いて、バランスシートなるものを眉間に皺を寄せながら、僕に説明している。僕も負けじと眉間に皺を寄せる。


売上のことや経費のことを指摘されのが怖い。でも、この五味さん、眉間に皺を寄せ、二重の大きな目でぎょろっと睨みつけるように僕に説明してくれのだけど、最後に顔をくしゃくしゃにして黒目が見えなくなるくらい目を細めニコって笑ってくれる。


こんな表情のギャップが激しい税理士さんもめずらしい。この笑顔は、人を幸せにしてくれる職業でもある。



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投稿者 hidetoshi shinohara : 19:57 | コメント (2)

ターコイズブルー

2010年3月

黄金岬の海の色は、潮の流れによってターコイーズブルーになる時がある。僕が勝手に名付けた「キラキラの丘」から見た真夏の光景は絶妙だ。


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ここは、北海道の留萌市にあり、黄金色に輝き夕陽は日本一美しいことで有名だ。僕が中学2年の時、父の転勤でこの見知らぬ土地へ転校してきた。


今から36年も前のこと。よそ者の僕は、「なめられてはいかん!」と思い、上目使いで人を睨みつけ、威嚇していた。本当は、ジョークを言ってみんなを笑わせるのが大好きだった。クラスの中では、いつもギャグを言ったり、特徴を捉えた似顔絵を描いてみんなを笑わせた。教科書の端にはパラパラ漫画を描いたりもした。


クラスの女の子の中に、僕のパラパラ漫画を心の底から可笑しそうに笑う女の子がいた。ある夏の午後、男女4〜5人ずつで集団デートをした。その中に僕のお目当ての子がいた。あまりにもまぶしく、まともに顔を見る事ができなかった。恋というにはあまりにも幼過ぎた。


都会のように遊ぶところなんか何もない。みんなで歩いて、黄金岬まで行った。今では、見晴らしのいい丘には「ふるさと館」という施設ができて、駐車場に木の柵ができていたけど、当時は、何もない草むらのただの丘だった。


そこから見た、真夏の午後の黄金岬の海岸は、マリンブルーとターコイズブルーが入り交じった美しい色をしていた。午後1時。太陽は真上に登り、その丘からは、反射角と入射角が絶妙なバランスで海面をキラキラと反射させていた。辺りは何もなく、日本海からの冷たい潮風が、丘の草むらをそよそよとなびかせているだけだった。僕は、勝手に「キラキラの丘」と名付けた。


夕陽もきれいだけど、僕が一番好きな光景。いつかまた、真夏の黄金岬を見てみたい。



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投稿者 hidetoshi shinohara : 21:41 | コメント (0)

菜の花色

2010年3月

智に働けば角が立つ。情に棹させば流される。意地を通せば窮屈だ。とかくに人の世は住みにくい。


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住みにくさが高じると、安い所へ引き越したくなる。どこへ越しても住みにくいと悟った時、詩が生れて、画が出来る。
人の世を作ったものは神でもなければ鬼でもない。やはり向う三軒両隣りにちらちらするただの人である。ただの人が作った人の世が住みにくいからとて、越す国はあるまい。あれば人でなしの国へ行くばかりだ。人でなしの国は人の世よりもなお住みにくかろう。
越す事のならぬ世が住みにくければ、住みにくい所をどれほどか、寛容て、束の間の命を、束の間でも住みよくせねばならぬ。ここに詩人という天職が出来て、ここに画家という使命が降る。あらゆる芸術の士は人の世を長閑にし、人の心を豊かにするが故に尊とい。(夏目漱石の草枕から)


と、この物語の中で、青年画家が山道を歩きながらつぶやく。この物語では、世界が現実味のない、夢のような幻想的な絵のように描かれている。その青年画家が歩いている山道は、「しばらく平で、右は雑木林、左は菜の花が続く」とある。


今日の東京は、ちょっと春の陽気だった。春の訪れを感じながら、菜の花を思った。青年画家は言う。「春は眠くなる。猫は鼠を捕る事を忘れ、人間は借金のあることを忘れる。時には自分の魂の居所さえ忘れて正体なくなる。」


僕が高校の時、人間関係が嫌になって不貞腐れていたら、いつもは厳しい父がこの「草枕」の冒頭の言葉をつぶやいて聞かせてくれた。今この言葉が身にしみる。


菜の花の色を見ていると、自分の魂の居所を忘れてしまった。たまには、いいかもしれない。



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投稿者 hidetoshi shinohara : 23:05 | コメント (0)

ローズ

2010年3月

それは、「人生はバラ色」という例えがあるくらい、希望をあたえる色。


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生きて行く事は、楽なことではない。人生のゴールという山頂を目指して、一歩一歩、足を前へ前へと踏み出している。このローズカラーを見ると、あの山の向こうには広い平原があって、そこにはバラが一面咲いているようなイメージを抱く。それまでは、険しい岩肌に両手両足を使って、足元を踏み外して転げ落ちないように、しっかりと歯を食いしばり下ばかり向いていたのが、頂上に辿り着くと辺り一面がバラの園があることを想像してみた。


何気なく、このページを見てくれた人に少しでも希望を持ってもらえればと、ふっと思いました。



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投稿者 hidetoshi shinohara : 12:05 | コメント (0)

紙媒体はどうなる?

2010年3月

ツイッターの出現とIT社会の激変により、10年後以内には現在の8割位に紙媒体は減るのではないだろうか?あくまでも個人的な憶測なので、なんの根拠もないけれど。


自宅の本棚から80%の書籍がなくなるのではないかと思った。これは、パレードの法則、80対20に当てはめてみたもの。前回のブログで書いた、「源実朝」を調べようと思った時、本棚の埃かぶった日本史やら歴史書を引っ張りだすよりもネットで検索して文献を調べるようになっていた。ブログを書き終わった時、目の前の本棚に詰まった大量の書籍を見て「もしかして、これはもう不要なのではないか」と思った。ネットで調べればいいテーマとネットでは入手できない書籍を大雑把に分けてみたら、20%位の書籍しか必要としなかった。


いつの時代にもこのようなことを言うと、「そんなことはない。紙は紙で生き残る」などと言う人がいる。では、過去を振り返ってみるとどうなのか?僕たちの業界では、活版印刷の時代というのがあった。職人がひとつひとつ活字文字を組んでいく時代があった。僕はその時代は知らないけれど、次に写植時代が到来した。僕がデザイナーの卵だった頃は、まだFAXも出始めで、まるで電報を打つかののごとく、電話で発注した。そのうち、FAXで送るようになったけど。


写植が現れた時、これを否定した人がいたそうだ。「印画紙に印字された文字はシャープ過ぎて味がない」と言うのだ。それが、いつの間にか、誰も活字は使わなくなった。活字は、一部の特殊印刷として残った。90年代に入ったらあっというまにMacの時代になった。画期的だった。今まで、息を止めてロットリングでコンマ数ミリの線にこだわっていたことは何だったのだろうか?この頃も「Macでデザインしたものは、みんな同じ仕上がりになって味がない」と言っていた人がいた。銀塩カメラから、デジタルになった時も「デジタルは深みがない」と否定していた人達がいた。


今、書籍や新聞はなくならないと言えるだろうか?駅貼りポスターは、電子ポスターに変わり、電車の中吊りポスターは、ドア上のモニタ表示に変わり、美容室や、銀行の待ち合い室、飛行機の機内誌は、iPadやkindleのようなものに変わるかもしれない。そもそも、エコと言いながら、多くの企業は大量の紙媒体を使って広告を打っている。クライアントの担当者には、校正刷りで何度もダメだしを食
印刷会社は赤字覚悟で何度も何度も刷り直す。刷りだしに立ち会うと、オフセット印刷では、「ちょっと赤み押さえてください」と気まぐれで言ったら、あっと言う間に100枚くらいは出てきて、また、「やっぱりもとに戻してください」と言うとまた100枚位出てくる。では、その何百枚の試し刷りの印刷はどうするのか?フォークリフトで運ばれてゴミ処理にまわされる。


あのこだわりは、何のために?誰のために?僕たちはその度に何度もそれに赤字を入れて、少々疑問を感じながらも誰も反論なんかできなかった。「そんことどうでもいいじゃないですか?」とつい言いたくなってしまう。先輩達には、それが「プロのこだわり」みたいななことを教わり、暗黙にデザイナーは眉間に皺を寄せ、印刷会社に「う〜ん、もう少し赤み押さえてください」と言う。ほんの2〜3%の誤差であっても許せない。そんなことにこだわったところで、掲載する環境光で色味が違って見えるのに。何かおかしいと思いながらも、プロとはそういうものだと信じ込んでいた。まるで、軍国主義の大日本帝国のように。みんな非国民と言われることを恐れていたのだ。



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投稿者 hidetoshi shinohara : 12:51

ツイッターと新聞を考える

2010年3月

「なぜ、こんなものが流行るのか?」と3月6日のYOMIURI ONLINEに掲載されていた。それでは、なぜ、このネット社会に新聞は変わらないのか?と問いたい。


これが、今のマスコミを表している。という僕は、未だに新聞を購読しているけれど。僕の世代は新聞を読み、新聞に書いていたことを語り合うことが社会人としての最低限の教養であるかのような風潮があったからだ。その記事を「知らない」と言うと「こいつ、新聞も読まないやつなのか?」と、どこかなめられてしまう。


新聞の実態はこうだ。バンクーバーオリンピックで上村愛子がメダルを逃したことが、すぐにブラウザを開き仕事をしながら、パソコンの画面から速報で入った。当社は、デザインの仕事をしている関係上、画面はスタッフ全員23インチモニタなので、複数のアプリケーションを同時に閲覧できる。


そのうち、動画もアップされた。夜遅く、帰宅して夕刊にその記事が出ていた。翌朝、朝刊にも出ていた。ネットで入手した以上の記事は何もない。数日後、女子フィギャーで浅田真央が、銀メダルを取った。日本国民が注目を浴びていた。ネットで動画を見て、キム・ヨナとメダルを受賞を讃え合っている姿や記事が掲載された。しかも、大手メジャー新聞のサイトだけではなく地方紙もだ。調べようとしたら、世界各国のニュースも閲覧できる。同じように帰宅して、食事をしながら夕刊を見る。ネットの情報以上のことは書いていない。同じように翌朝、朝刊の一面でこれが大々的ニュースであるかのように掲載されていた。また同じようにネットの情報以上のものはない。もはや、これはニュースではない。


これが、未来を象徴していると思った。日曜日の朝刊には大量のチラシが挟まれていて、その束をそっくりゴミとして捨てなくてはならない。読売新聞のこの記者はこれをどう思っているのだろう?たしかに、まだまだ、パソコンを使えないお年寄りや一部ユーザーが存在していると思うが、紙媒体しかできない特性を生かした表現があるのではないだろうか?


この記者は、Twitterのことを「こんなもの」と言った。少なくともマスコミュニケーションを媒体とする記者がである。自身の職業を脅かされている現実を受け入れたくないのかもしれない。たしかにTwitterの情報は、ある人には不要なことで、ある人には有益な情報かもしれない。でもそれは、読み手が判断し選別すればいいだけのことだ。新聞は、ブログやTwitterと違って中立性を保った客観的な情報だったはずだ。(実際には、個人の感情が入っているけれど)


つぶやきという名のこの新しいメディアは、たしかにどうでもいい情報やノイズで溢れている。それをいうなら、テレビの内輪受けしているお笑い系のコメンテーターや自分には関係ないCMだって同じことだ。不要な人にとってノイズではないのだろうか?新聞に折り込まれているチラシは、必要のない人にとってはゴミではないだろうか?そういう観点から見ると、Twitterと何が違うのだろう?むしろ、Twitterの方が、双方向で読み手が自由に情報を選別できる。


そういう僕も紙媒体を利用した表現者である。この記者と同じように紙媒体の衰退に恐れおののいている一人である。だからこそ、「こんなもの」と言っている場合ではなく、その現実を受け入れて時代の変化に対応していかなければならないのだと思う。


今回は、ビジュアルなしのブログです。楽しみに期待していた方、ごめんなさい。時代の変遷がまさに音程の狂っているバッドチューニングだと思いました。



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投稿者 hidetoshi shinohara : 13:52

ビクトリノックス発売

2010年3月

明日、3月13日(土)から、銀座と表参道ヒルズのビクトリノックスのショップで、僕がデザインしたマルチツールナイフが発売される。


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その他の地域店では、期間限定で巡回販売される。雑誌NODEが企画した「ご当地コラボ」と題して、全国の地域をテーマにそれぞれのデザイナーがデザインするというもの。僕は、札幌をテーマにデザインした。仕上がってみると、また印象が違う。白と黒でシンプルなデザインを目指した。北国らしく、白を基調にトドマツがシルエットで天まで届きそうなイメージをグラフィック化した。空から降っている雪は、シルバーで印刷されている。


機会があったら、ぜひ、ショップでご覧ください。



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投稿者 hidetoshi shinohara : 10:28 | コメント (0)

鶴岡八幡宮の大銀杏

2010年3月

昨年、あの大銀杏の前で記念撮影をしたばかりだった。関東大震災にも耐えた、あの老木が倒れた。


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このあたりで、源頼朝と北条政子の次男、源実朝が暗殺された。この階段か、もっと手前の橋の上とも言われている。800年位前に一体ここで何があったのだろう?改めて、歴史をひも解いてみた。


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承久元年(1217)1月27日午後6時頃、夕方から大雪になり60センチも積もったらしい。実朝は、右大臣拝賀の祝典を終え、雪の積もる鶴岡八幡宮の快階段を降り始めた時、頼朝の兄の息子、公暁がこの銀杏の大木に隠れていた。実朝は、酔っぱらって千鳥足のところを「暗くなっております。お気を付けてください」と家来が松明で足元を照らした。そこへ「親の敵!」と言い、引きずるように歩いていた実朝の長い着物を踏みつけた。実朝は、酔っぱらっていたので何がなんだかわからず、公暁に首を討ち取られ首を持って逃げられたということだ。前を歩いていた家来が、何事かと振り向くと「うわっ、将軍様の首がない!!」と驚いたという。公暁が5才のとき、父の頼家が死んで、伯母の北条政子育てられていた。頼家は、比企氏と組んで北条氏を滅ぼそうとしていた。頼家が重い病気にかかって、比企氏が滅ぼされて、実朝が第3代将軍になった。病気が治った頼家は、伊豆の修善寺に移され、そこで暗殺された。そんなこともあって北条政子の息子、「実朝が父を殺した」と信じていたのかもしれない。それは、公暁の勘違いらしい。


目をつぶると、事態が把握できずに逃げ惑う人々のわめき声が聞こえてきそうだ。



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投稿者 hidetoshi shinohara : 15:32 | コメント (2)

しばれる

2010年3月

昨日の東京は寒かった。3月だというのに夕方から雪になった。


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夜11時頃、会社を出て家に帰るとき、道路がシャーベット状の雪だった。足元は滑り、地面を見てアスファルトのムキ出ているところを探して、一歩一歩を踏み出す。身震いしながら、心の中で「ああ、しばれる〜!」とつぶやいた。


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そういえば、18才で上京したころ、知り合いになった友達に「しばれる」という言葉を無意識に使ったら「なにそれ?」と笑われたことを思い出した。「東京を征服してやる!」なんて、羽田からモノレールに乗って、都会の風景に胸躍らせていた。ボストンバックひとつ膝に抱えた少年は、そんなことを考え粋がっていたはずなのに、僕は何か場違いなところに来てしまったような孤独感に追いやられた。


東京で生まれ、東京で育った若者達は世界を見ていたというのになんて差だったのだろう?僕にとって、目新しかったことが東京の若者にとっては日常だった。まだ、インターネットがない時代、情報の格差が激しかった。世界中の情報が簡単に入手できるようになった今、こういう地方の多くの情報を伝えていければいいと思う。


Yahoo知恵袋のベストアンサーで面白い回答があった。「しばれる」という方言が共通語にならないものか?という質問に対して、多くの人はそんな状況がないので必要ないというものだった。『私も北海道の友人に聞くまで
縛れるだと思っていましたので
そういうプレーが好きなのかと思っていましたよ
共通語は無理でしょう
まだギャグのレベルです』というのは、面白かったけど。


語源は「柴割れる」だという説もある。
あまりの寒さに柴の水分が凍結して、「柴が割れる」状態になることから生まれた言葉なのだそうだ。きっと、体験したことがない人のために、今回の写真は体感できるのではないかと思う。「あ〜あ、見ただけでもしばれる」と息を吐きかけながら、両手をすりすりするのです。



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投稿者 hidetoshi shinohara : 13:25 | コメント (0)