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子鹿のバンビ

2009年9月

ここは、十勝の山奥。
車で走っていると「子鹿のバンビ」のようなシーンに出会った。


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バンビの原作は、オーストリア出身のフェリックス・ザルデン。動物文学小説で、動物の目から人間を見る視点を描いたのが画期的だった。


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雪も融け、春の陽気がうららかなある日、森の奥深くに住む、小鳥達が見守る中、シカの赤ちゃんが生まれた。それを見守っていた、カササギは森の仲間に知らせてまわった。森の仲間は、シカの赤ちゃんを見ようと次々に集まってきた。バンビと名付けられたこの子鹿は、森の仲間達とさまざまな冒険をしながら、成長していった。夏になり、食べ物を求めさまようバンビ親子。


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森の長老、みみずくに警告されていた人間の道路というところへ出てしまった。好奇心旺盛のバンビが見たものは、猛スピードでやってきた鉄のかたまり。慌てて、森の茂みの中に飛び込む。木と木の間から覗いてみた。すると、鉄のかたまりはゆっくりと停まり、中にいる生き物がこちらを見ている。


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「あっ、人間だ!逃げろ!」


僕は、バンビを親子に軽く挨拶をしようとしたのだけど、どうやら信用されていなく、逃げて行ってしまった。ディズニー映画の「子鹿のバンビ」は、人間が森の中へやってきて銃を向け、発砲するんだよね。そんな危険を冒してでも新しい世界へ飛び込むのが成長するということなんだと思う。このバンビの親子は、きっと、こわ〜い思いをして何かを学び取ったに違いない。ヒトも旅をすることで成長する。


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僕は、いいヒトなんだけど。



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投稿者 hidetoshi shinohara : 21:26 | コメント (8)

幸福

2009年9月

廃駅になった、帯広にある幸福駅。


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あらためて、幸福ってなんだろう?と考えた。僕が思う幸福は、思いが実現すること。逆にいうと思っていなければ叶うこともないということ。途中、もうダメだとか、無理だとか思うことがある。でも、無理なのは承知でずっと思い続けていると、全ては叶わないかもしれないけれど、願いが叶うことがある。叶わないかもしれないけれど諦めた時点で終わりだ。


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駅舎には、全国から来た人々の願いが紙に書かれて貼られていた。みんな幸福になりたいんだね。

幸福の格言を調べてみた。

幸福の秘訣は、自分がやりたいことをするのではなく、自分がやるべきことを好きになることだ。(ジェームズ・バリー)

幸福は対抗の意識のうちにはなく、協調の意識のうちにある。
(ジイド)

喜んで行い、そして行ったことを喜べる人は幸福である。
(ゲーテ)


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世界の偉人達もそれぞれ幸福に対する認識が違うようである。僕が共感できるのは、この3つかな?僕は、幸福とはもっとささやかなものであり、身近なところにあるのだと思う。いくら何かを手に入れて幸福になったとしても、次から次へと欲が出てきて幸福が遠ざかっていくから。


もしかしたら、幸福を手に入れるには30年くらいかかることだってあるかもしれない。僕は幸福を求めて、レールの上を歩いた。



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投稿者 hidetoshi shinohara : 23:13 | コメント (6)

夏の終わりに

2009年9月

水色のそよ風に導かれ、有珠山へ向った。


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8月の終わり、お盆を過ぎたら北国の夏はもう終わりだというのに、強い陽射しが肌を差す。途中、人、ひとりいない真っすぐな道路を走る。周りはのどかな田園風景だった。一足遅れてやってきた僕を、真夏の太陽が店仕舞いしないで待っていてくれたようだ。


その脇には、満面の笑みを浮かべたひまわりが咲いていた。緑と黄色のなんと鮮やかなコントラスト。僕は、こんな色彩を使ったことがない。まして、ひまわりなどという花のことなんか何十年も考えたことがなかった。ちょうど一年前、新宿にある「損保ジャパン東郷青児美術館」でゴッホのひまわりを見た。画集で見るのとは違い、原画の筆のタッチ、マチエールに圧倒された。人生に、生活に苦しんだゴッホは、日本の浮世絵に影響を受けて色彩が明るくなったという。


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この太陽のような笑みを浮かべた花は、僕に希望を与えてくれた。思わず車を停め、シャッターを切った。日本語名の「ひまわり」という由来は、東から太陽が登ったころ、東へ花を向け、西へ太陽が沈むころ、西へと花を向ける習性からである。


よく見ると、太陽は画面の右側から差しているはずなのに、あっち向いたりこっち向いたりしているひまわりもいる。太陽の方へ向くひまわりは若い時だけらしい。その中のひとつが僕と目があった。ちょうど画面の真ん中にいる。ちょっと背伸びして、みんなに埋もれないように笑顔で僕を見つめている。太陽の陽射しを一杯に受け、その光を僕に照らしてくれているように見えた。


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ゴッホは、季節外れになっても何度もこのひまわりを描いたという。きっと、毎日同じ顔を見ていると、季節に関係なくその笑顔に勇気づけられたのだろう。しばらく見ていると、「勇気を出して、頑張って!私、応援しているから」と僕に微笑みかけた。



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投稿者 hidetoshi shinohara : 16:13 | コメント (6)