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小さな森のドラミング

2006年10月

湿原の森に小さな沼があった。
ポロト湖の脇にある、小さな、小さなポント沼から、
木をつつく、キツツキのドラミングが水面に響き渡る。


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このあたりは、湿原なので枯木が多く、虫もたくさん寄生しており、キツツキにとっても冬の食料貯蔵庫となっているようだ。

ここに生息するキツツキは、アカゲラというらしい。あまり人を恐れず、近くまで来て、トントンしていることもあるという。木々を見るとアカゲラが住んでいたと思われる樹洞がたくさんあり、そのお下がりを他の鳥達がリフォームして使用しているらしい。

それにもしても静かだ。車の騒音も、OA機器のノイズもなく、誰かを恫喝して声を荒げている人もいない。姿は見えないけれど、トントンッ、トントンッ、と木をつつく音が、静かな湖畔にリズミカルに響き渡る。

都会で、勝ち組、負け組などと言っていることが、バカらしくなったりしないだろうか?いや、そういう人達をここへ連れて来ても、きっとこの軽やかなドラミングは聞こえないだろう。そう、心の清らかな人にしか、聞こえないに違いない。

後程、調べたところ、アカゲラは赤、白、黒のコントラストが美しいモダンデザインの配色であった。緑の森の配色には、似つかわしくない、とてもおしゃれな装いだった。


静かな湖畔のバッドチューニング。



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投稿者 hidetoshi shinohara : 20:03 | コメント (11)

湖畔で生きる

2006年10月

ポロト湖畔には、鮮やかなマリーゴールドが咲いていた。
北国は10月だというのに、花は満面の笑みを浮かべて、
僕に微笑みかけてくれる。
この花の花言葉は「生きる」だ。


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これは、フレンチマリーゴールドという品種のようだ。5月〜10月まで咲く、多年性植物。最初はパリのフランシス王の庭園に入り、各国に流れたということだ。観賞用としてもきれいだが、根に線虫の防虫効果があるということから、作物の間に植えられることもあるらしい。

マリーゴールドの名前の由来は、聖母マリアの祭日に咲いていたため「マリア様の黄金の花」と呼ばれている。マリアのゴールドで、Mary' gold。17世紀ころの絵画によく登場する。

第二次世界大戦中にイギリス空軍パイロットが、偶然ブルーベリーを食べて、視力が良くなったという話は有名だ。その話を聞いた、ある製薬会社がそれを上回る効果をもつものを捜していたところ、マリーゴールドの花びらから抽出されたということだ。

その成分から、暗順応改善薬「アダプチノール」が作られて、現在では目の薬として使用されているそうだ。

それにしてもこんな空気が澄み切った青緑が多い湖畔の風景に、寒々しさを補うかのように鮮やかに咲いている。

仕事でカラーリングを考えている時、まずはテーマカラーの同系色でコーディネートする。それから、スパイスとしてワンポイント、反対色を入れるとそのデザインが急に力強く生き生きと甦る時がある。

一歩、間違うと、目が痛くなる程の強烈なハレーションを引き起こす際どい配色。だから、力強く「生きる」なのか?


自然界で見た配色のバッドチューニング。



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投稿者 hidetoshi shinohara : 15:22 | コメント (6)

野菊の湖

2006年10月

父は言った、「野菊だ」と。
僕は、相変わらずそんなところは見ていなかった。
白老のアイヌ部落の近くにある、
ポロト湖という美しい湖に来ていた。


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クリエイティブに関わっている僕は、若い頃、「ニューヨークだ」、「ロンドンだ」などと言っていた。子供の頃、家族でドライブに行っても心はそこにあらず、作りかけのプラモデルのことやビートルズのレコードジャケットのデザインは誰が手がけたかを心配していたものだ。

「いつかは、ビッグになってやる。親父みたいなサラリーマンになんかなるものか」と親の苦労も知らず、思ったものだ。しかし、そんな生意気な小僧は、いつしか大人になり、野菊の美しさに感動するどころか、側にいた父の「野菊だ」という感受性に驚愕した。


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僕は、その言葉に反応して、デジカメを野菊に近づけて、できるだけクローズアップにして撮った。肉眼で見るとただの雑草にしか見えない、小さな、小さな野菊。

この風景の主役は、あくまでもポロト湖。確かに美しい。それを横目にこの野菊は、北国の秋を迎えても、いじらしいくらい逞しく風に揺られて咲いている。


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そういえば、中学の時、読んだ「野菊の墓」は、たしかこんなだったと思う。主人公は、年上の恋人に『ここに野菊が』というが、彼女は足を止めず、すたすた先へ行ってしまう。

それは、幸が薄い恋人が先に死んでしまって、追憶をしているシーンであった。さらに思う。『彼女は野菊のような人であった。そして、田舎風ではあったが、けっして粗野ではなかった。可憐で優しく品格もあった。厭味もなく、どう見ても野菊のようだ。』と...


いまだ、父の感受性を超えていない、我がまま息子のバッドチューニング。



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投稿者 hidetoshi shinohara : 23:49 | コメント (10)

陽のあたらない風景

2006年10月

小樽の観光スポットからしばらく歩いてみた。
オルゴール堂や北一硝子から、ちょっと離れた路地裏だ。
そこは、人通りもなくひっそりと静まりかえっている。


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裏通りを歩いていて左の空き地に目をやると、そこはレンタカーショップの車置き場の空き地だった。レンタカーショップといっても、小樽ならではの古びた石造りの建物で風情を生かしたまま営業している。

ドアにレンタカーと小さく、プレートが貼り付いていたけれど、東京のように看板が大きくあるわけでもなく、のぼりも立っているわけでもない。ひっそりしていて、もしかして北海道は景気が悪くて、潰れてしまったのでは?と思うほどだ。

遠くから窓を覗くと、裸電球が煌々と光っていて、どうやら営業しているようだ。中の人々は忙しそうに電話の応対に追われている。僕は、そのレンタカー置き場のスペースを無断で借りて三脚を立て、隣の古い廃墟と化した建物を無心で撮影した。

ぼーっと、その壁を見つめていると時間が経つのもすっかり忘れ、陽が沈みかけてきた。この時間帯が写真では色味が青白く映り、ただの壁もひと味違った情景になる。

気のせいかもしれないが、じっと、ファインダーを覗いて陽が沈みかけていく瞬間を待っている間、遠くの方からニシン漁で活気を帯びた海の男達の声が、時を超えて聞こえてくる。

いつの間にか、ただの廃墟と思っていた古びた壁が、何か独特の表情を帯びてきた。時計を見ると30分近く、古壁を見つめていた。


時を超えた壁のバッドチューニング。



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投稿者 hidetoshi shinohara : 13:41 | コメント (6)

おるごーる工房

2006年10月

小樽オルゴール堂、1号館の脇におるごーる工房という建物があった。
中では、数人の人達が手作りでオルゴールを作っていた。


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それにしてもこの建物、一体、もとは何だったのだろう?倉庫としては、大きくはない。ただの民家だったのか?

小さな、小さな工房。オーバーオールのジーンズに工具を持って、ひたすらオルゴールを組み立てている姿がとても似合っている。まるで、ピノキオのゼペット爺さんのように。

オルゴールは、1796年スイスで誕生したそうだ。時計職人のアントワーヌ・ファーブルが小さな懐中時計に演奏装置を組み込む為に考え出したようだ。

そいえば、映画、「夕日のガンマン」で懐中時計の蓋を開けるとオルゴールが鳴り、それが鳴りやむと決闘の合図で、目にも止まらぬ早業で銃を抜き取って撃ち合うというシーンがあった。

その賞金稼ぎの殺し屋ガンマンが手にする懐中時計の裏蓋には、愛する人の写真があり、物悲しいメロディーを奏でて、殺し屋の性を感じさせる。

オルゴールは、懐中時計から一躍、ヨーロッパの貴族を中心として、職人達が顧客を得て一大産業を生み出したようだ。


どこか、物悲しさを感じるバッドチューニング。



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投稿者 hidetoshi shinohara : 12:59 | コメント (5)

フェアグランド・オルガン

2006年10月

小樽オルゴール堂で見た、
大きなアンティークのオルガン。
1895年〜1930年頃、ベルギーで使われていたらしい。


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とても大きな音が出るオルガンで、メリーゴーランド、カーニバル、サーカス、スケートリンク、遊園地といった娯楽施設で用いられることが多かったことから、フェアグランド・オルガンと呼ばれていたそうだ。

この大きくて装飾的なオルガンは、電動のエアコンプレッサーによる空気とブック式の楽譜で、木製パイプを鳴らす。フェアグランド・オルガンは、自動演奏楽器の中では古い歴史を持ち、1700年前半から作られていた。

このオルガンの前にいる、おにいさん、とても上品で凛々しいではありませんか?100年もの間、このオルガンの見張り番をしてきたようだ。ずっと、歳もとらずに背筋を伸ばして、シャッキとした姿勢は見習わなくてはならない。ちょっと、ファッションセンスとヘアスタイルは時代遅れだけど。

メリーゴーランド、カーニバル、サーカス、スケートリンクと聞くと、その言葉の響きにときめいて、今でも異次元の情景を喚起してくれる。日常では味わえない、雰囲気。そこには、子供のころ味わった、お伽の世界があるのかもしれない。

そんな異次元空間で演奏されるオルガンはどんなだったろう?カーニバルやサーカスが繰り広げられる、賑やかな喧噪の中で、誰が聞いているのかも分からないのに永遠と演奏し続ける、自動演奏オルガン。

それにしてもこのフェアグランド・オルガン、全体の大きさはアップライトピアノくらいの大きさはある。今のような電動工具がなかったと思うが、精巧さには驚かされる。ハイテク時代にはない味わい深さ。


時代を超えた工芸品のバッドチューニング。



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投稿者 hidetoshi shinohara : 11:07 | コメント (10)

小樽オルゴール堂

2006年10月

3連休は、実家のある札幌へ行った。
久々に小樽へ行ってみた。
アイヌ語でオタルナイ(砂浜の中の川)と呼んでいたらしい。
そんなことも知らず、子供のころは、
小樽の銭函という海水浴場へよく行ったものだ。


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まずは、小樽オルゴール堂へ。明治45年建造で北海道一の精米会社「共成」の社屋だったそうだ。これはルネッサンス様式を取り入れた建築になっている。

ルネッサンス建築とは、フィレンツェで1420年代に始まり、17世紀初頭まで続いた様式のことをいう。この様式は人体比例と音楽調和を宇宙の基本原理とし、ローマ建築を理論づけたものらしい。

そういえば、ローマへ行った時、窓や入口にはアーチが多く、建築を英語でarchitectureというが、もともとは、ラテン語でアーチとテクニックかテクスチャーを合成した言葉だと聞いた。(記憶が定かではないので、誰か教えてください)

だから、日本語の建築とは、語源になる言葉の意味が違うのかもしれない。建築は「建てる」と「築く」と書く。ここが日本と西欧文化の大きな違いのはずなのに、なぜ、言葉の意味を捨ててまで、近代化を急速に進めたのだろう?

小樽繁栄のルーツはニシン漁にあり、小樽の多くの古い建物は倉庫として使われていた。鎖国が解かれて、明治に北海道開拓が本格化すると玄関港として発展する。明治政府の国策として、世界中の舶来文化が怒濤のごとく押し寄せてきた時代でもあった。

そして、戦後、小樽は漁業と共に衰退し、都市が札幌へと移行していった。今、小樽は、かつての繁栄が異国情緒の町並みを醸し出して、見事に復活を遂げた。


古い街並みのバッドチューニング。



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投稿者 hidetoshi shinohara : 10:17 | コメント (4)

本当に大切なものは、目には見えない

2006年10月

誰もが知っている、ある宅急便サービスの企業広告の依頼を受けた。
オーダーは、新しい企業の顔を作ること。
内容は、プレゼン前なのでヒ・ミ・ツッ!


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宅急便サービスは、どこも荷物を届けるというサービスが商品であり、同じようなサービスである。では、お客さんから見てそのサービスを選ぶ時の基準は何なのか?荷物を届けるのは当たり前で、お客さまの立場になって「真心」や「ありがとう」を届けることができるかどうかではないだろうか?でも、「真心」という言葉を口に出すと、とても気恥ずかしい気がする。

そんな企画を考えている時にある物語を思い出した。サンテグジュペリの「星の王子様」である。この物語で「本当に大切なものは、目には見えない」というテーマが今さながら、じ〜んと心に響く。

大人になって、この物語を再度、読むきっかけとなったのは、10年位前に箱根へ行ったとき、たまたま「星の王子様ミュージアム」へ立ち寄ってからである。このミュージアムでその後の僕の人生を変えた。

それまで『メジャーになる』だの『ビッグになってやる』だのと粋がっていた僕は、「本当に大切なもの」が見えていなかったのかもしれない。それを企業に変わって伝えていくのが、僕達の仕事であるはずなのに。でも、当時の僕は、この物語に出てくるさまざまな星の住人と同じであった。

物語の中で、6番目の星に住んでいる地理学者の話。星の王子様は訊ねる。「きれいな星ですね。この星には海がありますか?」地理学者は、「知らんよ、そんなことは」と答える。それを調べるのは探検家の仕事だというのだ。

企画を通じて、この物語を改めて思い出させてくれたけど、大人になると本当に大切なものが見えてこなくなるものですよね。


つまらない大人にはなりたくない、大人のバッドチューニング。



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投稿者 hidetoshi shinohara : 01:14 | コメント (6)

森の中の妖精

2006年10月

先月、青山のアニエスベーヘ行った。
アニエスベーパルコ店がなくなり、
有楽町マリオンのアニエスベーオムもなくなり、
メンズものを捜しに青山本店へ行った。
心の中では、「どうしてメンズは選択肢が狭いのだ」とぼやきながら。


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服を買うつもりで行ったのにそこで見たのは、不思議な人形達。この秋から再スタートする「アニエスベーロリータ」と「エコール」という映画とのタイアップで、その映画にインスピレーションを受けた人形作家、陽月さんと人形作家であり写真家でもある吉田良さんのコラボレーションということである。

僕は、ロリータの趣味はないけれど、森とか妖精とか、不思議という言葉に惹き付けられるのである。映画のカットシーンとストーリーを写真と人形で展示してあったけど、思わず映像の美しさに見入ってしまった。

奥深い森の中、小鳥がさえずり、さらに奥深い道を進んでいくと、とても美しい、まるで眠れる森の美女のお城のような大きな屋敷がある。そこから地下へと続く道があり屋敷の廊下へと続く。物語は、この外界から完全に隔離された屋敷に6歳の少女イリスが棺の中に入れられて運ばれて来るところから始まる。

ほら、もうおとぎの世界へ旅立ってしまうでしょう。不思議な気分にさせられるキーワード。「奥深い森」「小鳥のさえずり」「眠れる森の美女」「お城」そして、地下へ続く...こわいですね〜。何かが起こりそうですね〜。しかもおきまりの「棺」がでてくると完全なファンタジー。

都会のど真ん中で、時間が経つのも忘れ、あっという間に森の中へ旅だってしまった僕は、あまりにも単純すぎるのであろうか?そうだ、僕はファンタジーが好きだったのだ。子供の頃、よく「ぼーっ」としていると言われたものだ。昔から変わらないのは、僕は空想している時が一番楽しいのかもしれない。


都会のど真ん中で見た、言葉と映像と人形のバッドチューニング。



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投稿者 hidetoshi shinohara : 12:17 | コメント (6)

考える椅子

2006年10月

人間は、考える葦である。とパスカルは言った。
ベランダのウッドデッキに置かれた椅子を見ていると、
どこか遠くを見つめて、人生の儚さを考えているように見える。


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ただの椅子だって?そう、ただの木でできた、よくあるガーデンチェア。これをただの椅子という物質にしか見えない人もいるかもしれない。パスカルは、このような単なるガーデンチェアを見て思考をめぐらす人のことを「人間は自然のうちで最も弱い一本の葦にすぎない」けれど、「考える葦」でもあると言っているのではないか。

人間は、自然の猛威にはひとたまりもなく押しつぶされてしまう。だけど、人間は、その猛威を知っていて、恐怖を感じ取ることもでき、身を守ろうとする智慧さえも持っている。この椅子を見て、イマジネーションを喚起することもできる。そんな脆くて儚い葦は、考えることもできるのだと、パスカルは言う。

デザインだって、たんなるセンスだけでは済まされない。たった一本の線、色、形、書体のセレクト、写真のトリミングやレイアウト、全体のテーマ、ターゲット、市場、競合...を考えていかなければならない。クライアントの一言で木っ端微塵にも儚く消えて行くアイデア達。だけど、クライアントを説得して、「うむっ!」と言わせるのが、考える葦なのだ。

そう、我々の尊厳は全て思考のうちにあるのだから、デザインももっともっと考えよう。考える葦は、考えるデザイン。どうすれば心の奥深くに響くのか?


バッドチューニングなデザインを目指して。



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投稿者 hidetoshi shinohara : 17:05 | コメント (4)