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バッドな信号

2006年8月

事務所の近くに、3方向の_が青に点灯する信号がある。車を運転していて、赤信号で止まっている時、突然、「どこへでも好きな方向へ行っていいんですよー」と言われているみたいで非常に戸惑う。しかも、赤なのに青。どういうこと?


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そういえば、デザインっていう仕事は、スケジュール、予算、政治的圧力、さまざまな要因が絡んで進行していく。だから、たまに「自由に遊んじゃってください」とか言われると、心の中で『うっそだぁ〜!』と叫んでしまう。だって、そうじゃありませんか〜っ!自由なんて言葉を豪語する人ほど、自由じゃないじゃない。自由の国、アメリカは、自由なんかない。もちろん、一定の前提条件の上での自由だと思うけど。

求人広告を見ていると「あなたの才能をフルに生かして自由に暴れてください」なんて、魅力的なことを言っている企業があるけれど、僕は、その社長さんに聞いてみたいね。こんなことを言ったら、今の若者は「ラッキー」と思って勘違いしてしまうんだよね。そして、入社して自由じゃないことに気が付いてすぐ辞めてしまい、どんどんニートが増えてくる。

自由、なんて魅惑的な響きなんだろう。当社では、プレゼン前、スタッフにいつも「自由は、ないっ!その苦労の後に喜びが訪れる」と叱咤激励する。そりゃー、僕だって自由を手に入れたらどんなに素敵かと夢見るよ。多摩川の土手でギター片手に、鼻ほじりながら、一日中、ぼーっと青空を眺めて雲のかたちをいろいろ空想している、なんてね。

以前、箱根の森美術館でヘンリー・ムーアの彫刻を見た時、もしも、もしもだよ、「篠原さん、ここで自由に遊んじゃってください」って、なんセンチもの札束を積まれた時には、困っちゃうなー。いつもの口癖で現状の問題点は?ターゲットは?市場でのポジショニングは?あー、いやだ、いやだ。業界言葉が身についてしまって、なんとかならんもんかな。

こうでも言わないといきなり、銀河系宇宙のど真ん中に放り出されたような気になるんだよ。今度、あの信号で止まったら、勇気を出して突進してみよう。


信号でタイミングをつかめないバッドチューニング。



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投稿者 hidetoshi shinohara : 14:14

言葉に弱い、デザイナー

2006年8月

デザインを職業にしている人達で、ボキャブラリーが不足している人達がいる。なにも芥川賞作家を目指せと言っているのではない。最低限のコミュニケーション能力ということ。デザインという作業は、現状分析して、問題点を抽出して、それを解決していくにはどうしたら良いのかということを検証、実施を行っていかなければならない。

それなのに、感性という抽象的な言葉で人を煙に巻いてしまったりする。例えば、ディレクターがデザイナーのアイデアを検証する時、「う〜ん、もう少し、エモーショナルな感じでいきましょうか〜」と腕を組み、片手の人差し指と親指をVの字にしてあごに添えて、それっぽく言うあのポーズ。この瞬間、人々はマジックにかかってしまう。デザイナーは、蛇に睨まれた蛙のように体が硬直し、ディレクターに何も言えず心の中で『エモーショナルって?』そう、みなさん、エモーショナルってなんでしょう?

僕は、さっそく研究社新英和辞典で調べてみた。 emotional=1.感動に動かされやすい、感情的な、情にもろい、感激しやすい、2.感情に訴える、感動的な、3.感情の、情緒の….とある。そりゃ、その位のことは常識だって?僕もそう思う。だけど、デザイナーが提案してきたアイデアをコンセプトに基づいて、取捨選択して、そこから建設的に前に向かって指示を出すのがディレクターの仕事でしょう。

この場合、「エモーショナルな雰囲気を出した方が良いので、もっとボディーコピーの文字組をリズムカルに少し崩して行った方がいいかも」とか。「旅というテーマで表現しようとしているのだから、風を感じさせるように大胆な空間がほしい」とか。それでもうまく伝えられなかったら、写真、グラフィック、雑誌の切り抜きなどを見せて、「この中でどれが、エモーショナルだと思う?」と聞き出し、「では、この部分を参考に表現していこう」と言う風に具体例を出せばいい。

もっと、頻繁に使われる言葉はインパクト。「もっとインパクトがほしい」「インパクトがないんだよね」「インパクト表現でいこうか」インパクトも色なのか、モデルの大胆なポーズなのか、ピカソみたいな表現なのか、サプライズなのか、メディア戦略なのか、幅があるじゃないですか〜!馬鹿のひとつ覚えみたいにインパクトしか言えないのもどうかと思う。

本当に困った、業界言葉のバッドチューニング。



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投稿者 hidetoshi shinohara : 00:54

そらみみの「ソ」

2006年8月

ある日、撮影打ち合わせのために当社でオールスタッフミーティングを開いた。クライアントの担当者の上司が急遽、海外出張とかで、オーディション、ロケ地、コスチュームがまだ決まらず焦っていた。もうこの日には見切り発車しなければ、本番で間に合わなくなる。

そこで、みんなが集まる前にお弁当を買って、昼食を食べながら打ち合わせしようということになり、スタッフと一緒に近くのおばちゃんがやっているお弁当屋へ買い出しに行った。「え〜とっ、鯖の味噌煮弁当と幕の内弁当と.....(最後に)スタジオザップで領収書ください。」おばちゃん、「えっ!キタジマサブロー?」僕は普段しゃべりがあまり得意ではないのと、モゴモゴしゃべる癖があるので再度、口を大きく開け、「ス・タ・ジ・オ・ザ・ッ・プッ」と唾を飛ばしながらはっきりと言った!はず#なのに?そのおばちゃんは、また「キタジマサブロー?」と聞き返した。

僕は心の中で「もういいっ!」と叫び、カタカナで書かれた(株)キタジマサブローの領収書をもらってポケットにくしゃくしゃに丸めて、事務所に戻ってから後でゴミ箱に捨てた。ねえ、みんな〜!どこが、キタジマサブローだと思う?どこもかすっていないよね。

また、カフェで、イタリアンレストランで、ファミレスのレジでコピーライターと打ち合わせが終わり、さっと伝票を握りしめ、「まあまあまあ、ここはわたくしがっ!」みたいな、なんとか大人っぽくダンディに決めたい時がある。そして、スマートに手の平を上に向けて出口にむかって、『まあまあまあ、お先にどうぞ』と無言でよくある光景をやるじゃないですか?

それなのにレジで「スタジオザップで領収書ください」と言うと、若造とか、若ねーちゃんったら、「スタジオジャップ」とか、「スタジオジップ」とか、「スタジオザット」とか、「スタジオゲット」とか、終いには「スタジオ雑布」とか...その都度、僕は客席のみんなが振り向く位の大きな声で、「ザッ、プーッ」と叫ばなければならない。若い子って、カタカナの「ザ」と「プ」が書けないんだよね。昔の電報みたいに、「すいかのス」「たんぼのタ」「じかんのジ」「おばあちゃんのオ」と言わなければならないのか?レジは、ダンディに決める絶好の場なんだよ。


領収書をもらう時は、なかなかチューニングが合わない。



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投稿者 hidetoshi shinohara : 01:21 | コメント (8)

先生って、なんですか?

2006年8月

10年も前のこと、ある仕事で広告のポスターをプレゼンテーションしている時、僕のことを先生と呼ぶ人がいた。「デザイナーの先生、ここのところはひとつ宜しくお願いします」という風に… 僕の一方的な完璧で理路整然としたプレゼンにつけいる暇がなかったのだろう。その時は戸惑いつつ、不覚にも受け入れてしまった。何日か経って、その「先生」という言葉がエコーして頭から離れなかった。

政治家じゃないんだからさーと思っていると、過去のことがフラッシュバックで蘇ってきた。子供のころ、よく先生に叱られて廊下に立たされ、往復ビンタをくらい、大人の手形がつき頬が真っ赤に腫れた。授業中にはチョークが飛んで来たりもした。なにをしたか覚えていないが、親父に厳寒の雪の中(当時は札幌の真冬)に放り出されて玄関の鍵をかけられたこともあった。あの時は、凍死するかと思った。(僕たちの頃は、学校でも家庭でも、まだ体罰があった。お尻ペンペンもされた。

泣くものかと歯を食いしばったけど、あまりの痛さにジワーと涙がこぼれ落ちた)親に隠れて、弟を蹴飛ばしたこともあった。隣の直子ちゃんも泣かせた。小学校の時、道端で拾った100円硬貨を「ラッキー!」と叫び、まわりをキョロキョロして、誰もいないことを確認して交番には届けなかった。ルパンの続きを読みたくて、おばあちゃんの貯金箱からお金を拝借した。(りっぱな大人になって恩返しします)友達とカエルに爆竹を…ああっ、公共のインターネットでは、そんなこと言えない。神様、ごめんなさい。

その頃は、まだ、生命の尊さということが分かっていなかったから。もっともっと、小ちゃい悪いことを沢山した。大小の問題ではないのだ。悪いことは悪い。塵もつもれば山となる。懺悔するのに何年かかるだろう。だから、僕は、先生などと呼ばれる資格などない。

あのプレゼンから10数年が経った今年、また「先生」と言われた。3回目までは、違和感を覚えつつ、打ち合わせをしていたのだが、とうとう良心が咎め、「大変、申し訳ありませんが、その〜、先生というのは止めていただけないでしょうか?」と相手を傷つけないように丁重にお断りした。ところが、「いやー、先生は先生ですわー」と言い、その後も「先生、先生…」と連呼するのであった。

僕は気になって後程、広辞苑で「先生」という単語を調べた。1.シーサン【先生】=(上海語) 中国で、男性を呼ぶ時の敬称。2.せんじょう【先生】=師匠。師と仰ぐ人。また、人の敬称。3.わせんじょう【我先生】=(二人称)相手を親しみ、または軽んじて呼ぶ語。おまえ。4.せんせい【先生】=先に生まれた人。学徳のすぐれた人。自分が師事する人。また、その人に対する敬称。学校の教師。医師・弁護士など、指導的立場にある人に対する敬称。他人を、親しみまたはからかって呼ぶ称。ざっと、こんなところ。

う〜む、もしかして軽んじてからかわれていたのかもしれない。
それにしても、プレゼンは完璧よりも、ちょっと崩して和むくらいの方が、相手も安心するかもしれない。


それが、プレゼンのバッドチューニング。



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投稿者 hidetoshi shinohara : 10:21

本当に大変な時

2006年8月

あるプロダクトデザイナーが、ブログで「とにかく忙しすぎる。」と言っていた。それをいっちゃぁ〜おしまいだよ。つい、口が滑ってしまう気持ちも分かるけどさあ。忙しくないデザイナーなんて、デザイナーでないでしょう。じゃあ、暇になってごらんなさいよー。僕だって、いつも仕事しながら、「おれの青春が台無しだ。」とふっと脳裏をよぎることがあるよ。

今は、それほどでもないけれど、独立して3年は一度も休まなかったし、平均睡眠時間は3時間で『欲しがりません!勝つまでは!』だった。しかも、バブルが崩壊した直後にみんなから「今、辞めるの、止めろ!」という反対を押し切って、バブルがなんだかも分からず、1993年に独立した。

当時は、いつもどこかに、なんとかならないわけがないという、何の根拠もない自信があった。その後、10数年のうちにもう駄目だと思うことも何度かあったけれど。実際に独立してみたら、デザイン会社がどんどん店仕舞いをしているという。

そんな世の中の状況も知らなかった世間知らずの僕は、この地球のどこかで同じ苦労を分かち合いたくて、兄貴分だった先輩にいつも深夜3時位になると別に用もないのに電話した。(なぜかその人も仕事しているんだよね)アシスタントが電話に出て、「今、立て込んでいて電話に出られないみたいっす。用件、なんっすか?」と言われたので「あっ、いや、確認の電話です。」と言ってその時は、寂しい気持ちになって慌てて受話器を降ろしたものだ。

この兄貴とは、大晦日に自主制作の打ち合わせをして、翌日、元日の早朝から秩父の山奥に撮影に行ったんだよね。その兄貴に行きの車の中で「もう、大変っすよ〜」なんて言ったら、急に真面目な顔をして、「シノハラ君、それはね、俺たちみたいに独立してやっている人間が本当に大変な時なのは、まったく仕事がなくなったときなんだよ。」と言われた。はっ、確かにっ!僕は、その瞬間、自分がなんて幸せなんだろう、仕事を発注してくれた人達に感謝をしなくては、と本気で思った。

そして、その人達の期待以上の仕事をきっちりとしようと。それでもバッターボックスに立って、ホームランを打ってやろうと思っても三振することもあった。それ以来、僕は「大変だ」とか、「忙しすぎる」という言葉は自分の意識の中から、排除した。三振したときは、天を仰ぎ「かたじけないっ!」とつぶやいて潔く引き下がった。これから独立開業を目指す諸君、「忙しくて、大変だ!」なんて言ったら、罰があたるよ。


それは、本当にずれてるバッドチューニング。



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投稿者 hidetoshi shinohara : 02:27

デザイナーの肩書き

2006年8月

デザインの世界の肩書きって、いろいろあるんだよね。僕達のグラフィックデザイン業界は、名刺に「デザイナー」って書いてあるのが多い。だって、「デザイナー」と言えば、グラフィックとは限らないじゃないですか。

ざっと並べただけでも、ファッションデザイナー、アパレルデザイナー、テキスタイルデザイナー、ニットデザイナー、刺繍デザイナー、毛皮デザイナー、Tシャツデザイナー、ネイルデザイナー、ヘアデザイナー、バッグデザイナー、シューズデザイナー、アイウェアデザイナー、ウォッチデザイナー、ジュエリーデザイナー、アクセサリーデザイナー、グラスデザイナー、食器デザイナー、家具デザイナー、チェアデザイナー、照明デザイナー、ランプデザイナー、カーデザイナー、ホイールデザイナー、タイヤデザイナー、スペースデザイナー、建築デザイナー、ライフデザイナー、ロボットデザイナー、近未来デザイナー、ランドスケープデザイナー、環境デザイナー、アーバンデザイナー、グラフィックデザイナー、パッケージデザイナー、ボトルデザイナー、ロゴデザイナー、キャラクターデザイナー、ファンシーデザイナー、POPデザイナー、タイプフェイスデザイナー、エディトリアルデザイナー、ブックデザイナー、プリンティングデザイナー、DTPデザイナー、コーポレートデザイナー、WEBデザイナー、CGデザイナー、オーサリングデザイナー、情報デザイナー、フラワーデザイナー、キャンドルデザイナー、玩具デザイナー、ゲームデザイナー、GUIデザイナー、システムデザイナー、サウンドデザイナー、ユニバーサルデザイナー、ケーキデザイナー、ウェディングデザイナー、コスチュームデザイナー、舞台デザイナー、クラフトデザイナー、チーフデザイナー、アシスタントデザイナー、土産デザイナー(今すぐ、思いつかないのでもっと、あったら教えてください。ここに追加していきます。)....

当社、スタジオザップではコンセプトワークを最初に行い、ブランディング、トータルプロデュース、C.I.、V.I.などへ発展していくケースが多くなってきたので、クライアントやスタッフのミーティングでデザイナーと言われると、どのデザイナーのことを言われているのか非常に戸惑うことがある。雰囲気で分かるけどね。日本人同士のミーティングでそこの誰かのことを指して、「そこの日本人....」と言われているようなものだ。デザイナーの中にもそれぞれ、アイデンティティーがあると思う。


この業界の本当にずれている、バッドチューニング。



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投稿者 hidetoshi shinohara : 01:49

バッドチューニング

2006年8月

世界のみなさん、こんにちは。ブログ始めました。
初回は、このブログタイトルのバッドチューニングについて。
70年代の最後の年、僕が北海道から上京してまだ20才になるかならないかという時、中野のボロアパートでデザインの勉強をしていたら、ラジオのFM東京から糸井重里さんの番組が流れてきた。

当時、糸井さんはコピーライターという職業をそれまでのクリエーターぶった偉そうなスペシャリストではなく、大衆の視線で物事を語るというところが新しかった。日常のくだらない出来事を独自の視点で、真剣に語るということを公共の電波を利用しておもしろおかしく語っていた。

ある日曜日の昼下がり、その番組でRCサクセションをゲストにローリング・ストーンズのことを語っていた。忌野清志郎さんが、糸井さんの作詞で当時大ヒットしていた「恋のバッドチューニング」について話題を振った。二人は、ストーンズのギタリスト、キース・リチャーズのことを語り始めた。

キースは、ライブ直前に楽屋裏でクルー達がばっちしチューニングを合わせたギターを無造作に鷲つかみして、壁にギターをゴ〜ンとぶつけるのだそうだ。清志郎さんは、「その微妙に狂ったバッドチューニングが、不協和音を出して荒々しいロックの歪みサウンドを生み出すんだよね〜」と語ると糸井さんは、「そうそう、結局、魅力的なものは完璧というよりもちょっとチューニングが狂っている位がかっこいいのよ。恋も完璧な人よりもちょっと駄目な人間に惹かれるということがあるじゃない」ということを言っていたと思う。

僕は、その話を聞いて自分がこだわってきた、デッサン力がどうだとか、黄金分割がどうだとか、ミリ単位でデザインするということが一体なんだったんだろうと思った。実は、そのころ、密かにギタリストになる夢も捨てきれず、貧乏学生の身分だったけど3度の食事よりもレコードにお金を注ぎ込んでいた。プロになるには、ありとあらゆる音楽を吸収したいと様々なジャンルの音楽を聞いていた。最初は、ロックやブルースが好きだったが、いつの間にかテクニック重視のジャズ、クロスオーバー、フュージョンという音楽を好きになることが大人だと思い込んでいたのだ。

ところが、そのFM番組を聞いて以来、僕の全ての価値基準が木っ端微塵に吹き飛び、自分が直感的に良いと思ったものを信じても良いのだということを知った。その後、何年も後にベーシックなことがしっかりと身に付いてからのバッドチューニングだということを思い知らされる。


そんな僕自身も良くも悪くもバットチューニングなのだと思うことにしよう。



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投稿者 hidetoshi shinohara : 13:43